十八話
テスト終わったぁ…
当節、世界は相当揺らいでいる。
各種エネルギーを激しい速度で使い進めていく中で、流石に危機感が出てきたのかエネルギー価格が嘗ていないほど高騰し、それを受けて、腰が重い各国が省エネを少し強引に進め始めたことからエネルギー危機はようやく大きな問題となってきた。
新たな油田も見つかるが、到底エネルギー需要を満たせるほどのものではなく、同時に進む温暖化ももはや手を付けられるものにはなくなっていた。
そんな状況が暫く続いて、発電効率も一時期の二倍ほどになるなど、その方面の技術の進歩は世界的に著しく進んでいた。
―が、そんなその場しのぎはいつまでも続かない。新たな資源も、あらたな動力源も見つからないまま、世界は暗黒の時代を迎えた。
その暗黒の時代で、どこから広まったかは誰も知らないが、一つの学説が世界を仄かに照らすことになる。
―聖樹“救世主”の存在が囁かれたのである。
当時、よほど心の荒んでいた人々でさえ、その虫が良すぎる学説はとても信じられるものではなかった。
だがその時、とある出来事を境に、人々は恐怖に陥るとともに、聖樹救世主という崇高な存在を七割信じるようになった。
「そこで、所長が活躍したんですよね」
ほろ酔いで、嬉しそうに研究員が語る。何かと過激な性格の持ち主が多い“実行部”において、その気性の荒さを中和できないものかと投入された、温和な新参の才人である。
「朽木さん、ちょっと飲みすぎじゃないですか?」
「そうだぞ幸基、明日からもまた遠征なんだから…」
実行部長のリーも流石にその酒量を見て窘める。今日は珍しく、本拠地で実行部員が集まっている。
「あ、そうだ伝え忘れてました部長!」
「頼む英語で喋ってくれ」
「あぁ、伝え忘れてました部長!」
「なんだ」
「その話なんですが、アルバート所長から予定変更の可能性もあるって…」
「結構大事な話じゃないか!」
そんな感じで、久々の平和な日々を満喫する。ちなみに、実行部員は全部で七人である。が、日々世界を飛び回っているので、こうやって一堂に会することは一年に一度あるかどうかである。
「枝里さんは?」
「あぁ、あいつならまた研究って言って部屋に籠っちゃったよ。協調性の無さなら、アルバート所長顔負けだな」
「部長もじゃないですか?」
「むぅ…」
アルバートの人選が良かったのか、朽木幸基の存在によって尖った人材の集まりであった実行部はかなり落ち着くようになった。
「まぁ、所長の協調性のなさは裏を返せば唯一の天才性ってことですから…」
フランス人の屈強な実行部員、ウスマン・マユが朗らかに笑いながら喋る。「枝里さんも最近、聖樹の場所を絞り込んだらしいじゃないですか」
「そうそう。枝里さん、激務の実行部員をやりながら研究するって…凄いですよね~。所長だって、当時噂話、都市伝説に過ぎなかった聖樹の話を具体化させたのも凄い偉業ですけど」
「バカ言え、所長の方が凄いだろ。聖樹の存在を証明しても、国が付いてこなきゃどうにもならんとこを、あの人は全力を尽くして国からの、そして世論の理解を得たんだから…枝里はただの日本ヘイトだろ、“天才”と比べるべくもない」
ハハハ、と笑いながらリーが言った。先程朽木を窘めたのを忘れ去っているように、浴びるように酒を飲む。流石に、若干空気が冷えた。
「だろ?マユ」
「あ、えぇ、まぁ…」躊躇いがちにマユは答えた。
その時、
「…何か言ったか、部長」
賑やかな一座に、静かな声音が響いた。
「え、枝里…!」
「俺のことを何というのは勝手だが…な」
彼は感情の見えない顔に、“怒り”を一滴垂らした。
「それをきっかけに実行部《ここ》が、ひいては“S”までもが瓦解してしまうのは御免だ。それこそ、“天才”の築いた研究機関を最古参のお前が崩すのか?」
リーの表情から後ろめたさが吹き飛び、剣呑な気配のみが残った。
「ふん、枝里。お前だって分かってるだろ?この組織の成り立ちは-」
枝里の表情が凍りつく。直後、枝里はリーに飛びかかり、口を塞いだ。「なっ…!にしやがる!」
「…!」
枝里は我に返ったように立ち上がった。リーも立ち上がる。
「リー、お前」
「うるせぇ!」
リーは怒声を部屋に響かせた。その場にいる実行委員達は、オロオロするばかりで何も言えない。-屈強な男たちがオロオロするのは、かなり滑稽と言わざるをえなかった。
「…リー、別に俺はお前を救ったと思ってないさ。今のも忘れてやる。俺への悪口も聞き流してやる。だが、これだけは言っておこう」
リーももう、流石に激した感情を収めている。静かな声音で、諭すように枝里は話した。
「“S”を崩すなよ」
「…どうしよう」
ここ三十分ほど、ずっと美誠はその言葉をつぶやき続けている。焦燥しきっているのが周りからもあからさまに分かるのか、家を出てから二回も「大丈夫?」と声をかけられた。
「あ、大丈夫です」とだけ答えるが、その表情が明らかに異常なものだから、再び「本当?」と訊かれたが、「はい」と上ずった声を出すだけで、気を使ってくれた人も不完全燃焼にならざるを得ない。
『-次は、新大阪、新大阪-』
無機質なアナウンスと、静かな新幹線の音が美誠の不安を掻き立てる。真夜中に独りで新幹線に乗るなど、中学一年生の香坂美誠にとっては初めての経験であり、流石に好奇心より恐怖と不安の方が大きい。だが、
「怜於…」
暗闇が広がる窓の外を見て、溜息を一つ、ついた。
持ち金もそう多くはない。帰るためのお金を考えれば、一食二食食べるのが精一杯だろうか。
「大丈夫かな…」
再び暗闇に溜息をついた。
―再確認しておくが、彼女は「真桜学園の生徒が人質になった」という情報しか知らないのである。
「でも、幸運だったな」
美誠でもこう思わざるを得ない。なんて言ったって、今日本は大騒ぎなのである。不穏なニュースが世間を騒がせたと思ったら、詳細が分かる前に更なる大ニュース―反社会組織の宣戦布告―が世間を震わせた。そして今夜、美誠にとっての驚天動地のニュースが飛び込んできた。
「その中でも、こうやって移動できるのは感謝しないといけないのかもね」
ニュースでは、「反政府組織が交通網を攻撃」だなんて言っているが、今こうして新幹線に腰を下ろしている自分を見るに、「やっぱり腐っても日本だな」と思わざるを得ない。
時が経つとともに、だんだん落ち着いてきた。「…ふぅ」落ち着いて思考する余裕もできてきた。それと共に、一つの問題に気付いた。
「…あっ、大阪着いたらまずどうしよう」
それも考えずに家を飛び出した自分を殴ってやりたい!と思ったが、別に深刻には考えなかった。
彼女の目的は、“ただ一つ”なのだから。
「うーん…」
マップアプリを起動し、美誠は思案に暮れた。
「はい、はい…、分かりました」
その一本の電話で、彼女は恐怖のどん底に突き落とされた。
「れ、怜於…?」
自らの知らないうちに、息子が大阪に向かっている―。
しかもそれを警察から知らされたのが、息子の帰りが遅くて不安になり始めた頃だったから、とても平常心ではいられない。
怜於の母親は、別段心配性というわけではない。
だが流石に、子供からの連絡もなく、いつもより数時間遅れているというのは不安にならざるを得ないだろう。流石に夜十時を回ってからは不安に拍車がかかり、居ても立ってもいられなくなった。
とりあえず学校に連絡したが、『当校としましても、大変恐縮ではありますが、まだ聞いておりません。我々も状況の把握に人員を割きますので、どうかご容赦ください』という初老の先生の声に黙らざるを得なかった。
「真桜学園ともあろう学校が…」
子供のころからあこがれ続けてきた学校なだけに、失望を禁じ得なかった。仕方なく警察に通報してみたが、すぐには歯切れのいい返事は来ず、また落胆するしかなかった。
『人質として捕らわれているのは、“真桜学園”の生徒だということで、警察はその詳しい身分を調べるとともに、“橘”との交渉を進め、人質を返還するように求めるものと思われます』
そのニュースが、更に彼女を焦らせる。続いて流れる、普段ならとても信じられない不穏な映像も、ここ数時間ずっと流れている。
同じ国、同じ地面の続く先でこんな派手に爆発が続いているとは思えない。そして、不穏な妄想も頭を過るのだ。
-もし、玲於がこの事件に巻き込まれていたら。
そんなことは考えたくなかった。だからこそ-
「玲於君ですが、電波局などからの情報によると、最後に位置情報が更新されたのが大阪府周辺だそうで…今は位置情報は途絶えています」
卒倒するかと思った。
「お、大阪…?」
「ええ」
電話の相手の警察官は冷静に答えるが、母親として、彼女はさらに混乱した。
「い、いま大阪って、結構物騒な事件…」
「はい。…お母様の心中はお察ししますが、息子さんはかなり危険な場所にいるかと。…こちらからも捜索を手配してみますが、位置情報が途切れてしまっているのと、こちらの人員は殆ど大阪での緊急事態に出ていて…それとその種の通報もたくさんあるので、精力的に取り組むことも難しいかと」
「れ、怜於は無事なんでしょうか…!」
答えは決まりきっているではないか。
「…現時点では、何とも言えません。…ただ、万が一もあり得るということは予め言っておきます」
電話が、切られた。
今回は怜於達以外の場面を細かくやっていきました。
次回も若干そうなりますね。




