十五話
GW、あっという間でした。いろいろありました。
世間は、大混乱した。
「大阪で武力衝突!?」
「人質宣言!?」
「“内乱”だって!?」
「あの“橘”が反社会組織…!?そして内乱の首謀!?」
あまりに突然な特大ニュースに、ただただ驚き、戸惑う人々もいれば、
「東京でも内乱が起きるぞ!」
「東京で怪しい男達を見た!」
「名古屋では既に戦いが始まってるぞ!」
「新幹線が止まっている!」
などと、口喧しく真偽とつかぬ情報をネットでバラまいている輩もいる。
「大阪、俺は避難してきたけど物騒な雰囲気だった」
と、避難した人の投稿もあり、とにかくネットも現実も大荒れだった。桜前線の話題も、三寒四温の天気予報も、就職の話題もすべて吹き飛ばすような荒れっぷりだった。
そこに「“橘”が人質を公表」と来たものだから、大阪はもとより、列島全体をパニックにさせた。
「えっ、これって…」
食事中に見ていた、TVの内容に目を疑った。思わず橋を落としそうになったが、そのまま落とした。
「人質として捕らわれているのは、“真桜学園”の生徒だということで、警察はその詳しい身分を調べるとともに、“橘”との交渉を進め、人質を返還するように求めるものと思われます」
「あらー、これは大変ね」
一人前に顔をしかめる母親は、それでもご飯を食べ続けている。ここ、香坂家の食事は一人娘である香坂美誠が受け持っている。
「そうね…」
控えめに相槌を打ちながら、美誠は頭の中で別のことを考えている。
「お母さん、明日お出かけしても良い?」
「いいわよぉ、でも明日は学校じゃないの?」
「明日、休みなのよ」
なんでもないことのように言うが、今日は桜もいい加減散る、4月中旬月曜日である。
「そうなのねー、いってらっしゃい」
「なるべく早めに帰ってくるけど、お父さんも家にいられるようなら頼んでおくね」
うんうん、と頷く母親。美誠は母親には反応せず、次なることを考えている。
(真桜学園の生徒…)
TVのその声が耳にこびりついて、美誠の思考の全てがそれに奪われている。
居ても立っても居られない。
「お母さん、ちょっと今からお出かけしてくる!お父さんにはよろしく言っておいて!」
「そう?わかったわ」
言うなり、美誠はあらゆる荷物を背負いこみ、いきなり東京へと出発した。朧月が道を照らしてはいるが、世間は暗い。
緊張から解放された怜於は、車の心地よい振動のダブルパンチで、尋常でない眠気に襲われるが、それでもまだ残る緊張と、義務感を原動力にして必死に起きていた。
「怜於!」
「はっ!!」
「眠いのは分かりますが、怜於さん、万が一のこともありますので起きておいた方が良いですよ」
“もっと苦しい思いをしているであろう先輩のことを考えても寝ることなんてできるんですか?”という鋭い言葉が来るかと身構えたが、案外当たり障りない言葉が来たことに少し安心する。
「…渋滞が酷いので、ここからは身一つで行きましょうか」
様々なニュースが飛び乱れる中、先んじて逃げようとする人も多いのか、今までの道は比較的空いていて、まぁまぁ快適に走ることは出来たが、進めば進むほど、道が混んでいっている。
「適当に車は降りて、目的地に向かいましょう」
「…どこですか、それは」
「寝てて聞いてなかったんだな」
「…既に特定を済ませた、寧音さんの監禁場所ですよ」
一瞬耳を疑い、その後すぐに「えっ」と声を漏らした。
「見つけたんですか…?」
「今向かってるところよ。かなり警備が固いみたいだけど、私には“秘策”がある」
「“秘策”…」
「ええ。…あ、そうそう」
水科先生は、殆ど声のトーンを変えずに言った。
「…今から私達が行く場所は、正直言って、今までの場所より、ずっと危険な場所よ。玲於、あなたがもし」
チクリ、と胸に刺さる物を感じた。
「命が惜しいのなら、私達と一緒に命を懸ける覚悟が無いのなら、あなたの意志を尊重します。…丁度」
心臓に重石が乗ったような感覚に襲われた。次いで、胸が締め付けられるような感覚にも。
「今私達が向かうルート上に駅があります。そこに止まれば、今日中には帰れるでしょう。勿論、交通費は、途中まで巻き込んでしまった慰謝料含めて払いますよ」
無理だ。そんなもの、今この場で決めることなど出来ない。
無論、寧音先輩も、廻も、先生も誰も死ななければ、玲於も勇んで行動を共にしただろう。が、今までよりずっと危険な場所、と言うからにはそんなイージーなものではないのだろう。
…別に、二人の博打にわざわざ巻き込まれ、自らの命を危険に晒す義理も無いのだ。自分一人、確実に助かる方法なら、ある。その道を辿ったとしても、廻と先生、そして先輩が揃って死ぬことが確定するわけではない。逆に、非力な玲於が義理を優先させ、命懸けの作戦に首を突っ込んだとて、成功率が跳ね上がることは無いだろう。
「め、廻は…?」
藁にも縋るような思いで、先程からずっと泰然としている廻に訊く。が、答えを聞く前から、何となく分かってはいた。
「とっくに、覚悟なら出来てる」
「せ、先生!」
もはや、玲於は自らの優柔さを繕う為に、誰かに背を押してもらわなければならなくなった。-もしも、もしも、誰かが「玲於が必要」と言ってくれたなら、意を決することができるのに。
「廻と先生に、“もう一人”必要ですか!」
声が裏返ったのにも気付かないほど、必死だった。ちょっと間を置いて、水科先生は玲於を振り向いた。決して冷たくない、真剣な眼差しが玲於を貫いた。
「…ええ、勿論」
玲於は思わず廻を見た。廻も、その意味を察してくれたのかどうか、頷いた。
「…先生、僕も行きます」
「…綱渡りですよ」
それでも良かった。必要とされ、命を懸けるというのが、これほど高揚するとは思ってもいなかった。
「分かってます」
ふっ、と笑うような気配があり、先生は「もうすぐ目的地です」と言った。
「その覚悟、“本番”まで保たせてくださいね」
当然、と玲於が意気揚々と言おうとした時、
キキキイィ-!
耳をつんざく音が響いたかと思うと、ドンっ、と低音と衝撃が一緒に来て、怜於の体は前に持っていかれそうになった。
「うっ!」
「すみません、怜於さん、ここで降ります」
えぇ⁉と驚く間もなく廻はすぐに車を降りたので、怜於も素早く降りた。
「さぁ、行きますよ」
後ろを振り向く間もなく、電灯一本無く、未だ点いている車の明かり一つだけしかない暗い道をひたすら走る二人に、全力でついていった。暗くなると、まだ体の芯まで冷えるほど、寒い。
北風響き、月光はひっそりと山の新緑を輝かせる。
「今日は満月で星も見えないね…」
「うん…」
詩的な感情など、今の怜於は感じている暇などなかった。こいつは人並みの恐怖心が無いのか、と廻を見遣る。
「しかし、全貌は見えますね。新月だったら、もっと難しかったかもしれません」
怜於は再び前に視線を投げる。
眼前に広がる、広大な平原。もしも、ここが月明りに照らされていなかったら、確かに詩の一つでも作れそうだ。
だがそこに広がるのは、長大な堀。藻が大量に浮いているのを見るに、かなり深いのだろう。
「泳げそうにないね」
「まぁ、そうだな」
幅が数十メートル単位なのだ。当然、見える範囲に橋もない。
「どう、するんですか?」
水科先生を一瞥する。
「…寧音さんは、情報によるとこのさらに奥にいるそうです」
「情報って…?」
「堀があるということは確認していましたが、まさかここまで大きなものだとは…これでは小細工で渡ることもできませんね」
「…じゃあ、どうするんですか…?」
全く解決の糸口の見えてこない怜於は、それでも顔色を変えず落ち着いている水科先生に視線を送る。
「…私も信じられないのですが、とある場所に“抜け道”があるそうです。人一人余裕で入ることが出来、しかも中央部-堀の内側に直通している」
「えっ、そんな虫のいい話があるんですか?」
そんなRPGも顔負けする程の虫のいい話があるのか。疑いの視線を向けるが、
「あるそうですよ」
と言われ、反論の余地は無くなった。だが、どうしても信じられない。廻は「疑わないの?」と言うと、
「まぁ、あると言うならあるんでしょ」
と話にならない。
こっちです、と先導する水科先生に、怜於は目をつぶりながら走るような、漠然とした不安を抱きながらもついて行くしかなかった。




