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十四話

一週間ぶり、ということになりますかね?

「怜於、逃げろ!」

 と廻は必死に叫ぶが、頭2つ大きな男に手首を捻られ、痛々しい声を発するだけだった。

「馬鹿なことしねぇで、無抵抗でいろ!手を上げて、そのままだ…」

 男の一人が発した声に、玲於は思わず竦み上がった。決して威厳ある声ではないし、脅迫もされていないのだが、場の雰囲気が雰囲気なものだから、思わず手を上げ、目を背けてしまう。だめだ。雰囲気に飲まれるな。勇気を振り絞って、何とか廻を助け出す。そうすればスタンガンでなんとか時間を稼げる。そもそも、ここで命拾いしたところで後で光明があるか?それならせめて抵抗するしか無いではないか-。

 一瞬で色々と思案を巡らせるが、現実的ではない。一歩踏み出す恐怖が足を地に縛り付ける。最終的には、男が一歩近付いてきた時点で両手を挙げていた。

「そうそう、それでいい…」

 三人の男が怜於に近づいてきて、挙げた両手首を掴まれる。抵抗する気力も起きないほど、強い力だった。

「玲於…」という廻の言葉には、「ごめん…」という小さな呟きで応えるしかなかった。




 “王”は、全身から冷汗が噴き出すほど焦っていた。

 なぜ、“本拠地”とも言える“ここ”がバレた?…いや、これは敵にバレた確証にはならない。不審人物というのは部外者二人、それも弱々しい中高生二人だ。この体格では、数人体制のガードから逃れることなど思いもよらない。つまり敵の手先というわけではなさそうだ。それは安全だが…

「これを糸口に計画が崩壊する」

ことを、入念な“王”は一番恐れていた。彼の敬愛する“方”も慎重かつ入念な性格だったし、“王”もその背中を必死に追いかけてきた。結果として、その生き方をした者だけが生き残る結果となった。

「そうすれば今までの積み重ねも無になる…念には念を、だ」

「…分かりました」

 念には念を、だけで意図を理解した“王”の部下は速やかに退室した。と、それとすれ違うように新しく人が飛び込んできた。

「口頭でお伝えします!淀川より南、九条周辺の爆破作戦完了、梅田周辺での部隊の蜂起に成功、順調に制圧を進めているとのことです。難波での作戦も順調ということ」

「…マスコミはどうだ?」

「速報として全国規模で放送されていますが…我々のことはまだ分かっていないかと」

「そうか。…我々の蜂起も近いか」

「はい。今蜂起し、北摂方面を抑えれば南部隊と連携することで淀川を確保でき、大阪での戦況は有利になるかと」

「分かった。まだ、告知は…」

「時期尚早でしょう」

 “王”は立ち上がった。戦いの火蓋は切って落とされたのだ。元々不利な戦に、“大将”がいつまでも後ろにいられるわけがない。




「…僕たち、どうなるのかな」

「黙れ!」

「…」

 二人は今、軟禁とも監禁ともはっきりしない監視体制で閉じ込められている。拘束はされているが、別に振りほどこうとすれば振りほどけるだろう。だが逃げようとすれば、同じ部屋に監視は数人いるし、外部への通信はスマホを取り上げられてできない。まだ取り乱すこともなく、自嘲の溜め息混じりに思う。

-寧音先輩を助けに大阪に来たはずなのに、間抜けなことに自分達が捕まってるよ…-

 寧音先輩と、なにより自分達を探しているであろう水科先生に合わせる顔がない。消え入りたい、一時間前からやり直したい、というやるせない思いが脳の中を支配するが、意味のないことを考える自分に、怜於は嫌気さえ差し始めていた。

 うっ!

 足元に強烈な痛みを感じた。見ると、右足を踏まれている。

「動くんじゃねぇ、ゴミが」

 およそ同じ人間とは思えないほど、冷淡で残酷な声音だった。人間の体を踏みにじるのに、憐れみの一片も感じられない。これから何をされるのか、ということに思考を向けると、薄暗い洞窟の奥深くに迷い込んでしまったかのような薄ら寒さが身を凍らせる。

「何とか言わねぇのか?小僧」

 再び右足に激痛が走る。うっ、という声にも、男は快楽すら感じているらしかった。口角が不気味に上がっている。恐怖は思考を奪った。

「なら仕方ねぇなぁ、厳罰を与えねぇと…」

 焼けたか、と思うほど、その言葉に強烈に背筋が凍りついた。いたぶるような視線を投げつつ、男は背中に回り込んだ。

「すみません…!」と声を出そうとしたその時。

 パシュッ

という音が鳴ったかと思えば、続いて人が倒れる音がした。

 玲於は目を瞑っていたが、ドアの方から聞こえる足音に目を開けた。

「すまんな、少年。ウチの“小物”が失礼した」

 片手に持つピストルをしまいながら、こちらに歩み寄る。そしてまだ息があるらしい男の前で止まった。

「お、“王”…?」

「散々言った筈だ。我々は“無法集団”になってはならないと。“徹底的な秩序”を保つ世界を作る為に今まで金を作ってきた。私欲の為に“規則”を破るのは“秩序”に反する…。重々承知している筈だが?」

「…もっ、もうしわけ…」

「まぁ、人間が人間である以上、秩序を蹴飛ばす真似をする馬鹿が一人二人現れるのは仕方無い。その時はその時で」

「お、、おう…!」

「厳正に対処するだけだ」

 再び、音がして小さな断末魔が部屋に響いた。

 “王”は去った。

 廻は始終、“王”を見上げているだけだった。その目に宿った感情までは、怜於には読み取ることが出来なかった。何が起きたのかを理解することが出来なかったし、未だに自らの心臓の鼓動に、身が裂けそうになるほどの不安を掻き立てられていた。


 自分がいまどんな状況にいるのかも理解できていない状況の中で、怜於は狂乱してしまいそうになる精神を宥めるので精一杯だった。が、さっき“理不尽”な暴力を“王”が取締り、他の男が玲於と廻にちょっかいを出さなくなったのを見て、多少心にゆとりが生まれた。

「…えー、はい、はい。了解しました」

 外の部屋から、電話を終えた一人の男が入ってきた。

「処理方法が確定した」

 玲於の体がビクッと反応した。気がした。廻は微動だにせず、男を睨みつけている。

「外部への通信履歴は確認できなかった。その点、お前らは無罪だが…“人質”になってもらうことにしよう」

「どういうことだよ!」

 間髪入れず怒鳴る廻に、男は平然と「お前らを“盾”にすんだよ」と答える。

 “たて”?三秒ほどかけて言葉の意味を理解した玲於の頭の中に、戦場に拘束された自分達が出され、「こいつを撃てるのか」と男が声を張り上げるのを聞いて躊躇してしまう味方-つまり官軍-の姿が咄嗟に浮かんだ。

 そうなってしまったら、自分達は足手まといでしかないではないか…。



 それから、黒い目隠しをされ、乗り物に乗ってどこかへ送られた。耳栓も手錠も付けられたので、完全に動きを封じられた形になった。そして今、玲於は椅子らしきものに座らされている。

 玲於、大丈夫か。

 隣からそういう声が聞こえた気がした。

 廻は喋れないはずだし、怜於の頭の中も不安と恐怖がかき混ぜられていて、拘束されている手足の感覚すら失いつつあったから、その声も幻聴だろうと聞き流した。

「怜於!」

 はっと我に返り、右を向く。確かにそこには、廻の姿があった。

「良かった、心配しました…」

 聞き覚えのある声にビクッと体を反応させ、怜於が振り向いた先にはスラリと背の高い女性がいた。

「玲於さん、どうしたんですか?早く立ちなさい」

 熱い頭が急に冷え、代わりに全身が火照った。

「先生!先生も捕まったんですか!?」

「玲於、静かに」

 やけに落ち着いている廻に言われ、慌てて口を抑えた。ようやく、周りを見る余裕が出来た。

「ここは…?」

 今度は小さな声で二人に訊く。段々状況が理解できてきた。-先生に、救出されたのか。

 どうやって?と訊くにはまだ冷静さを欠いていた。

「住吉大社の近く。暴動が起きているのは大阪北部、淀川周辺だから南はまだ安全。だけど、決してずっと安全というわけじゃないから油断はできませんね。取りあえず応急処置という形」

「寧音先輩は?」

 廻が水科先生に訊くと、「う…」と彼女はあからさまに顔を歪めた。「まだ、見つかってないそうです」

 暫くの沈黙が降りる。たが玲於は急に思い出して、

「あ、ありがとうございます!不手際で捕まってしまい、本当に申し訳…」

「それはいいですよ。情報網に抜けがあった“こちら”にも非はあるでしょうし…。なにより、寧音さんを見つけるまではゆっくりしていられません」

 ようやく冷静さとまともな感情を取り戻した玲於は、安堵で気が抜け、のどが詰まるように感じた。寧音先輩がまだ解放されていないので、安堵には気が早い、自己中な感情だぞ!と自らを叱咤するが、目のあたりを水が濡らすのは防げない。-“二度”も命の危機に遭ったんだぞ、俺は…!一体俺が何をしたんだ?-

「おい、なに泣いてるんだよ」

 廻が苦笑して玲於の肩を叩いた。恥ずかしい、と思いながらも、目元を袖で拭う。廻が怜於の心情を理解し、責めるでもなく苦笑しただけということに彼の優しさを感じた。それがまた、怜於の喉を詰まらせる。

「さぁ、まだまだですよ。寧音さんの居場所は今になっても全く特定できていません。しかし敵の居場所というのは大体把握できているので、まだ見つけることは出来るはずです」

「よし、すぐ出発だ!」

 廻の発破に、怜於も異存は無い。気分を入れ替え、「よし!」と気合を入れる。

 水科先生が端末を操作していると、「え⁉」と彼女の表情が豹変した。

「どうした⁉」

「…寧音さんの存在が、今さっき公表されたそうです…」

 二人は先生の画面に食らいつくようにして見た。人質の存在が公表されると、かなり不利になる。

 怜於はまだ未練がましく濡れている目元を、苛つきながら擦った。

「事態は、一刻を争います」

 廻も、険しい表情をして頷いた。


もう少し物語のテンポを上げたいですが、その方が良いか、今のままでいいのやら…

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