結婚式当日に新郎が控室から出てこなかった理由
「ねえ見て、このティアラ」
早紀はスマホの画面を正雄に見せながら言った。
「ウェディングドレスのデザインに合ってないと思わない? ティアラだけもう一回試着しに行こうかな」
ため息をつくような仕草とは裏腹に、早紀の声は弾んでいる。
「いや、似合うと思うけどな」
「なによその投げやりな言い方」
「ごめんごめん。早紀が納得するまで試着すればいいよ。明日は雨みたいだから気をつけて行ってきてね」
「行ってきてね?」
早紀は正雄をにらんだ。
「他人事みたいに言わないでよ。あなたも一緒に行くの。試着した姿を見てもらわなきゃ意味ないじゃない」
おいおい勘弁してくれよ。
正雄は心の中でつぶやいた。
ティアラの試着だけでもう二回も式場へ足を運んでいるのだ。この様子だとドレスも一から選び直すとか言い出しかねない。
それだけじゃない。
オープニング演出はどうするのか、BGMの選曲は、ウェルカムボードは……。まだ決まっていないことが多すぎた。考えただけでうんざりする。
忙しい仕事の合間を縫って、早紀のご機嫌を取り、なんとか準備を進めてきた。
正雄は心身共に疲れ切っていた。
結婚式当日。
新郎新婦入場の時刻になっても、新郎の正雄が教会に現れない。
参列者達がざわつき始めた。
心配した式場スタッフが控室に様子を見に走った。
スタッフは戻って来て、参列者に伝えた。
「新郎は心労のためダウンしました」