学院外学習(side レティ)
ドレスのことを指摘されて、どきりとした。
(お出かけだからってはしゃぎすぎたかしら? それとも、日に日に靴のかかとを高くしていることに気づかれたかしら……)
ドレスにぴったりなハイヒールを履いての街歩きに、浮かれていた気持ちがしゅんとしぼむ。
けれどアーユは、すぐに「似合っています」と言ってくれた。
とたんに、ドレス姿で剣を背負っていることが気になりだす。
(学院の課題でお出かけだからといって、大剣を背負ってくるのじゃなかったわ。せめて、細剣にしておけば……)
今更思ってもしようのないこととわかっていながら、思ってしまうのをやめられない。
だから、アーユに剣を預けることを決めた。
彼はためらっていたけれど。でも、剣が騎士の大切なものだとわかっている彼になら、預けられるから。
文官のアーユにはきっと重たいだろうけれど、そんなそぶりを見せずに剣を受け取った彼は、ドレスのことをもう一度ほめてくれた。
いつも丁寧なことばづかいを崩さない彼が「お似合いです」と言ったあとに「すごく」と付け加えた子どものような物言いに、うれしさが湧き上がる。
(飾り気のないことばは、そのぶん気持ちも隠しにくいもの。本当にそう思って言ってくれたのだったら、わたくしもうれしい……すごく)
浮かれた気持ちと、軽くなった背中で足取りが弾んでしまいそうなのをこらえて、歩き出す。すかさずわたくしの左側に並んだアーユは、わたくしが剣を抜きやすいようにと配慮してくれているのだろう。本当に、良いバディだわ。
「レティさま。それで、どこへ向かっているのでしょう」
しみじみと思っていたら問いかけられて、彼を見上げる。
(そうだわ、バディなのに今日の課題のことを話し合っていなかったわ)
待ち合わせの場所と時間だけしか伝えていなかったことを忘れていたのね。やっぱりすこし、浮かれすぎていたみたい。
「ごめんなさい、説明していなかったわね」
「いえ、謝るようなことでは」
しゅんとしたわたくしに、アーユはいつになく素早く答えた。まるでわたくしが落ち込む隙を無くすように、なんて思うのは、自意識過剰かしら。
「ここまで真っ直ぐに歩いて来られましたが、課題をクリアするための事象に思い当たるものがおありなのですか?」
「いいえ、町で起きている軽微な事件については把握していないわ」
そう、課題。騎士も文官も町のためにあるべき、という理念のもと出された「町民の困りごとに手を貸し、その活動を記録し提出せよ」という課題のために、わたくしたちは学院外で並んで歩いているのよね。
決して、いつもと違う服装で浮かれて町を歩いているだけではないのだわ。アーユはいつもどおりの制服だけれど。
「でしたら、どちらに向かっているのでしょうか……?」
問いとともに上から落ちてくる視線に、わたくしの視線を絡める。
ついほほが緩むのを止める気も起らなくて、にこりと微笑んだ。
「わかりません」
そう答えた瞬間のアーユの表情は、明らかに作り笑顔の仮面が外れていた。
驚愕して、耳を疑う顔。
バディを組んで三か月。とうとう見られた彼の素の表情をうれしく思うのは、意地悪かしら。
けれど彼はすぐに表情を立て直し、呆れと疲労をにじませながらも落ち着いた声を出す。本当に、よく教育されているわ。学院の貴族の子息たちより、よっぽど感情の制御がじょうずね。
「そう……でしたか。迷いなく歩かれるから、他の騎士科の方々のように課題をこなすためのあてがおありなのかと思っていましたが」
ことばを濁すように途切れさせたアーユが言いたいことはわかる。
手ごろな事件を財力で用意して、町のひとの困りごとを解決に導いたとレポートにまとめて出すのだ、という同級生たちの声はレティにも聞こえていた。ひどい者だと、事件の解決までの道筋を書かせて、その通りに演じさせた内容をまとめる者まで雇うのだとか……。
学院における「皆平等」の精神が形骸化しているのと同様に、創立当初からあるというこの課題も実態は金銭で単位を買うものへと成り下がっているのだと知って、落胆した記憶はまだ新しい。
「課題は己の力でこなすべきだわ。わたくしの主義に付き合っていられないと思うのでしたら、先に帰っていて結構よ!」
つい、むっとした気持ちで言ってしまってから後悔した。
こんなにきつい言い方をしなくても良かったのに。
アーユの顔を見られなくて、うつむいたまま足早に進む。こんなヒールの高い靴を履いて、荒事に向かないドレスなんて着てきたくせに、自分から台無しにするなんて、本当に馬鹿だわ。
「レティさま」
落ち込むわたくしのうえから、やわらかい声が降る。
驚いて振り向けば、大剣を胸に抱えたアーユが息を弾ませながら追いついて、目の前で脚を止めた。
「申し訳ございません」
深く下げられた頭に驚いて、悲しい気持ちは吹き飛んだ。
いつも見上げる位置にあるアーユの頭がわたくしの目線よりしたにあるのが不思議でならない。
つい呆然と彼の後頭部を見つめてしまったけれど、はっと我に返った。
「……あなたは、何について謝罪をしているの?」
やめて、顔をあげて、と言えない自分が憎い。
けれどわけもわからないのに謝罪を受け入れることはできない。騎士としてありたいわたくしの心が、それを許さない。
「あなたさまの騎士としての在りようを貶めるような物言いをしたことについて、です」
頭を下げたままのアーユが真摯な声で告げたことばに、ぐっと胸がつまる。
すぐに顔をあげるよう言えなかったのは、うれしさで泣きそうな顔を立てなおす時間が必要だったから。わたくしこそ、感情を制御する訓練が足りていないわ。
「顔を、あげてちょうだい」
声が震えそうになるのを必死にこらえて、それだけ言った。
ゆっくりと顔をあげてくれたアーユは、わたくしと目があうとすこしだけ目を見開いて、困ったように笑う。
やさしい笑顔は、彼の人となりを表しているようで。
「わたくしこそ、ごめんなさい。きつい言い方をしてしまって……」
どうにか押し出した謝罪は、くちにこもってはっきりせず、きっとひどく聞き取りづらかった。お父さまがここに居たのなら活を入れられるほどにひどい。
こんなしおれた騎士は、国じゅう探したっていないに違いない。
だというのに、アーユはわたくしを笑うことなく、温かな笑顔を浮かべてくれた。
「では、あなたさまのバディとして、私をお役に立たせてください。町民の困りごとにはそこそこ詳しい自負があります。私は平民ですから」