学院外学習(side アーユ)
俺の学院生活は、名家のお嬢さまをバディにするという波乱の幕開けをした。
ご隠居さまのとこの執事には「なぜあなたは大物ばかりを釣り上げるのか……!」とか言われたけど、俺のせいじゃないし。大物ばかりとか言われても、ご隠居さまがどれだけ大物なのか教えてもらってないし。
まあしかし、騎士団長を多く輩出した家の令嬢であり、現騎士団長の長子というのは、確かに大物だとは思う。
別に俺が意識してひっかけたわけじゃないんだが。
相手が大物で波乱の幕開けをした割に、平穏な日々を送っている。
なぜなら、当のお嬢さまがなんでも自分でこなしてしまうからだ。
今も、俺の前を行くお嬢さまは布に包まれた幅広で長い何か自分で背負っている。
学院の門で落ち合ったときからその大荷物で、街中を歩く現在もしっかり背負ったまま。でかいもの背負ってる割に、器用に人の波を縫ってるな。
(いや、っていうか)
彼女の背丈より長いそれは、どう見ても軽そうには見えない。
だから、颯爽と歩く背中に声をかける。
「レティさま、お荷物をあずかりましょう」
「いいえ、それには及びませんわ。騎士を目指す者として、己の力で運べるだけに荷を収めるのも大切なことですから」
ほら、これだ。
荷物ひとつとってもこの調子で、学院内でバディとの調べ物学習をするときにも「各自、必要と考える資料を取ってきましょう。それぞれに得意分野はちがうはずだもの」と自然に別行動をした。
合同の課題が出るたび「じゃあ、期限までにたのんだぞ」なんて言ってバディ(とは名ばかりで実質は文官科にねじこんだ従者)に任せきりのお坊っちゃんたちには、やっかいな存在だろう。
俺にとっちゃあ、休み時間のたびに騎士科に顔を出してお茶がいるか聞いたり翌日の授業で必要なものを手配する手間がなくって、大変ありがたいバディさまだ。
お嬢さま扱いを要求されなかった点も、とても助かっている。
周囲の文官科のやつらを参考に、いちおうお伺いは立ててはいるが、レティはいつも「いいえ、自分で」と言う。
そんなときは逆らわず、俺たちはバディとしてうまくやってきた、はずだ。
だが、いまはおとなしく引き下がるわけにいかない。
「せっかく美しいドレスをお召しなのです。荷物は私に任せてください」
そう、レティは今ドレスを着ているのだ。
そして俺はきれいなドレス姿の彼女と連れ立って、街中を歩いている。
光沢のある布を惜し気もなくたっぷりと使ったドレスは、優美でありながら彼女の動きを妨げないように作られているらしい。
生地の名前やらドレスの形状のちがいなんか俺にはわからないが、平民の目から見てもこれは良いものだと思う。
濃いめの色味といい、身体にぴったり沿った作りといい、芯が強くすらりとした彼女によく似合う。
雑踏に呑まれることもなく、背筋を伸ばして歩く後ろ姿はたいそう美しい。高く結い上げた髪が、歩くたびに揺れるのもとても良い。
が、その背の荷物は明らかに無粋だ。
(どう見てもオーダーメイドのお高いドレスなのに、背中にそんなでかい荷物を背負うのはおかしいだろ……)
俺の背丈ほどもある大荷物を背負っているというのによくもまあ、あんなかかとの高い靴を履いて歩けるもんだ。
(騎士団長の家のお嬢さまにとっちゃ、たいした重さじゃねえのかもしれないけど、見た目がなあ)
令嬢然とした彼女が大荷物を持つうしろを小ぶりな鞄ひとつ下げて着いて歩くのは、いくら俺が平民とはいえ居心地が悪い。
それをやんわりと伝えるために重ねて言えば、前を歩いていた彼女が立ち止まり、止まり損ねた長い髪がひらりと宙に舞う。
振り向いたレティと目があったのは一瞬。
大きな目を丸くした彼女は、すぐに往来の邪魔になると気が付いたのだろう。
きびきびとした動作で通りの端に寄った。俺はその背を追って、やや大股に歩み寄る。
今度こそ立ち止まり、体ごとこちらを向いた彼女が俺を見上げてくる。
(……くそ、かわいいな)
そう、バディとしては大変ありがたい彼女だが、なんでか知らん、日に日にかわいさを増しているのだ。
この感情は親愛の情から来るものか、と思っていたのだが、どうにもちがう。
いっしょに暮らす妹を眺めていても「こいつも大きくなったなあ」とは思っても「かわいいな」とは思わない。
学院で親しい相手でもいれば相談もできるのだけど、あいにく大部分の貴族さまには嫌われている平民なのだ。嫌われたところで、由緒ある学院から出て行ってやるつもりなんかまったくないけど。
(ご隠居さまに相談したらからかわれそうだし、執事は性格悪いからな……)
数少ない知り合いを挙げてみるけど、まともに答えてくれそうなひとが思い浮かばない。
どうしたものか、と考えていたら、目の前のお嬢さまが視線を泳がせて頬を染めている。なんだ、くそかわいいな。
「……やはり、学院外とはいえ授業の一環なのだから、制服を着てくるべきだったかしら」
困り顔も美しいってどういうことだ。
じゃなくて。
「いえ、私が制服を着ているのは、恥ずかしながらレティさまと釣り合う服をほかに持っていないためですから。それに……そのドレスもとても似合ってます」
(って、俺は何を言ってんだ)
ドレスに剣は似合わないと言おうと思ってたのに、くちから出たのは「ドレス似合ってる」だ。
(これじゃあまるで初デートに浮かれるガキじゃないか!)
急に恥ずかしさが襲ってきて、つい目をそらしてしまう。
だから、恥ずかし気な声を出したレティの顔を見そびれた。
「うれしい……でも、これはわたくしの剣なのです。己の武器くらいはやはり自分で持たなければ」
慌てて顔を向けたときには、もう彼女はきりりとした表情で騎士らしいことを言っていた。
(くそ、今の「うれしい」はどんな顔で言ったんだ! 見たかった!)
悔しい気持ちでいっぱいになりながら、俺はあくまでさわやかな作り笑顔を保つ。
「そうでしたか。ご自身の武器ならば、やはり預かるわけにはいきませんね……」
言われてみれば、彼女の背中にある包みの大きさに見覚えがあった。
学院で何度か見かけた、レティの愛用する大剣を布でくるめば、ちょうどこの大きさだろう。
(しかし、剣か。剣は騎士にとって大切なものだからなあ、無理に預かるわけにもいかないよなあ。でも、ドレスに剣かあ……)
悩ましい。
せっかくのドレス姿をきれいに見せるべきではという気持ちと、騎士にとっての剣の大切さを尊重する気持ちとがせめぎあう。
(いやまあ、ドレス姿をちゃんと見たいのは、俺なんだけどさ)
なんて考えていたら、レティが肩にかけていた剣帯に手をかけた。
「あの、お願いしてもいい、かしら?」
「えっ」
そっと差し出された大剣に驚いて声をあげれば、レティの手がそうっと引き下がろうとする。
慌ててその手ごと捕まえて、彼女の剣を引き取った。
(うっ、重!)
「ああ、やはりこのほうが、ドレスが良く見えて良いですね。レティさま、お似合いです、すごく」
重いと思ってることを感じさせないように、表情を取り繕っていてよかった。
そうでなかったらうっかり「めちゃめちゃかわいい」とか言ってた。あぶない。
「そんな……うれしいです」
ああ、ほらそうやってまたかわいい顔をしてみせる。
(いつもは凛々しい美少女が頬を染めて控えめに微笑んでるとか、かわいくないわけがないだろうっ)