バディのその先(side アーユ & レティ、after that)
(sideアーユ)
真っ赤になった耳が丸見えなまま、背すじを伸ばすレティはかわいすぎた。
おかげで俺はヒビの入った蜂の巣を壊す作業が苦にならなかったし、照れたレティも剣を振るう手に力が入っていたように思う。
「すっきりしましたね」
「ええ」
今は巣をすっかり破壊し終えて、レティとふたり並んで崩壊した建物を見上げているわけだ。
あまりにも古い建物がなぜ一棟だけ残っていたかというと、蜂の巣で支えられていたらしい。
中の壁を壊すたびに亀裂が入る建物の壁に戦々恐々とする俺に「倒壊するときはわたくしが抱えて飛びますわ」とレティは言った。
幸い俺たちが退避を終えるまで建物は倒れずにいてくれたが。
(俺のバディが男前すぎる)
俺の心は完全にレティにやられて総崩れだ。
っていうか、そもそもここの駆除を彼女に持ちかけた段階でどうかしてる。
(庶民が貴族の、それも騎士団長の娘に交際を申し込むために魔物に手ぇ出すだなんて、どうかしてるとしか思えねぇがな)
しかも剣を振るったのはその娘であるところのレティだ。
自分に呆れながらも、すぐそばで剣を拭っているレティを見つめていれば彼女と目が合った。
「……その、蜂の幼虫をどうするのか聞いても?」
上目遣いがかわいいな、などと考えている俺に小首を傾げたレティはかわいすぎる。
思わず緩みそうになるほほを引き締めて、俺は足元に転がる殺人蜂の幼虫を袋に詰めた。
「売るのです」
「えっ」
驚くレティをよそに、俺は運び出した幼虫を袋に詰めていく。
「う、売れるのですか? この、白いブヨブヨした虫が」
「はい。滋養強壮に優れた薬として、または珍味として重宝されています」
レティは、子犬ほどの白い芋虫を抱えて呆然としている。
町の薬屋か、お高い飯屋の厨房に行けば見られると思うんだが、ご令嬢は知らないか。
「私が勝手に持ち出したものですから、お手を煩わせるわけには」
死んでいるとはいえ、慣れない者には嫌な作業だろう。そう思って彼女が持つ芋虫を引き取ろうと手を伸ばしたのだが。
「……殺人蜂は、森にもよくいるのよね」
きゅ、と芋虫を抱きしめたレティがつぶやくように言った。芋虫うらやましいな、おい。
「ええ、そうですね。学院の資料によればだいたいどの森にも最低ひとつ以上の巣があり、群れているとか」
「……アーユ、これを一匹わたくしに譲ってくださる?」
「へ?」
思いもよらないお願いに、作業の手が止まる。
しゃがんだまま見上げたレティは、なにやら決意を込めた表情で芋虫を見つめていた。
「騎士として遠征した際にもしも食糧難になったなら、生きるために食べられるものを知っておく必要があるでしょう」
「ええ、そうですね。知識は大切です」
嫌な予感がする。
「わたくしも、この虫をた、食べ……食べ……」
涙目で声を震わせるレティがかわいいとか寝ぼけたことは頭のすみに追いやって、ついでに彼女の抱える芋虫も掴み取って袋のなかに追いやる。
レティの肩に伸ばしかけた手を止めて、制服のスラックスでぬぐってからもう一度伸ばす。
「食べなくて構いません。あなたが森で迷うなら、そのときは私が隣にいる。私の持てる限りの知識でもって、レティさまが食べられるものを示してみせます」
つかんだ肩が思っていた以上に華奢で、驚いた。
こんなに細い身体なのに、彼女は強い。
強くあろうとする彼女は美しくて、たぶん、壊れやすい。
今のままじゃ張り詰めた弓が折れるように、いつかダメになっちまうかもしれない。
だったらそれを支える奴がいればいい。
そして、できたらその支えるやつに、俺がなりたい。
(卒業資格だけもらってどっかの商家で働きたいってのはどーしたよ)
自分で自分に呆れちまうけど、もう心が決めちまったもんは仕方ねえ。
この課題を足掛かりに交際を申し込むだなんて小せえこと言ってないで、俺は生涯をレティのとなりで過ごしたい。
「アーユ、その、あなたがわたくしの隣に……んんっ。き、騎士団の従者になってくれるのならば、わたくしとしてはそんなにうれしいことは無いけれど」
赤面したままことばをつむぐレティは、男に慣れてないのだろうか。くそ、かわいいな。
かわいいくちが聞かせてくれることばを全部聞いていたいけど、今は俺に余裕がない。
「いいえ。俺は騎士団の従者ではなく、あなたの、レティさまの従者になりたいのです」
(そこで功績を挙げて、ゆくゆくはあなたの配偶者に名乗り出る!)
※※※※※
(sideレティ)
肩をつかむ手が熱い。そして、大きい。
(殿方の手とはこれほどに大きいのね。それともアーユは背が高いから、手のひらも特別に大きいのかしら)
心を鎮めようと意識をそらした先がまずかったのね。
あっという間に顔に熱がのぼるのを感じてどぎまぎする。
けれど、黙り込んでいてはアーユだって困ってしまうわ。なにか答えなければ。
「あなたが従者になってくれたなら、学院を卒業しても一緒にいられるのね」
言ってから、はたと自分がくちにした内容を振り返る。
(これではまるでアーユといられることを喜んでいるようではなくって!? いいえ、嬉しいけれど! でも、そんな、そんなことを急に言う女ははしたないと思われるのではないかしら)
ドキドキ、ソワソワ、オロオロ。
心がちっとも落ち着かない。
けれどくちにしたことばを打ち消すことなんてできないわ。したくない。
「……レティさまがお嫌でないのなら、俺は本気で目指しますよ」
「ええ、応援するわ」
アーユは気づいているかしら。先ほどから、一人称が『俺』になっていること。
ときおり、慌てたときなんかにほろりとこぼれるその人称が、素のあなたを目にできたようで、わたくしがうれしいと思っていること。
「では、これからも末永くよろしくお願いしますね」
うれしそうに目を細めたアーユに、わたくしまでうれしくなってしまう。
(長くともにいる間に、彼がわたくしのことを異性として意識してくれればいいのに)
願ったところでひとの心は変わらないと、わかっているけれど。
胸にちいさな希望の種を埋めてレティは廃墟街に背を向け、横を歩くアーユを見上げて、声をかけた。
「運ぶの手伝いましょうか?」
高い位置にある彼の肩には、殺人蜂の幼虫が詰まった袋がある。
大きく膨らんだ袋はずいぶん重いのだろうと察することができた。
「いいえ。レティさまは剣をお持ちなのですし、俺は大丈夫です。それに妹に遣いを頼んでおりますので……」
息を切らしながら言ってアーユは歩く。
荷物が重いせいだとわかってはいるけれど、ゆったりとした歩調で並んで歩くなんて、まるで婚約者同士の散策で気遣われているようで、すこしうれしい。
この時間が長く続けば良いのに、と思うときほど終わりがすぐに来てしまうのは、どうしてかしら。
「あら、あの馬車は……」
廃墟街を抜けて、アーユたちの暮らす通りを過ぎたその先の通りに停まる、一台の馬車が見えた。
家紋などは刻まれていないけれど、シンプルで仕立ての良いあの造りには見覚えがあるわ。
「ああ、私がお世話になっているかたに来ていただいたのです」
歩調をはやめたアーユについて近づいたところで、馬車の扉が開かれた。
そこから姿を見せたのは。
「お祖父さま!」
「ご隠居さま!」
それぞれにそのひとを呼んで、互いに顔を見合わせた。
「おじいさま、とは?」
「ご隠居さま、ってあなた……」
アーユがわたくしを見下ろし、わたくしがアーユを見上げていると、コツンとすぐそばで靴音が鳴る。
「ははは、アーユにレティ。本当に君たちがバディを組んでいるとはねえ」
「お祖父さま! 彼のことを知ってらしたの?」
お祖父さまに駆け寄るわたくしの横をするりと通り抜けたのは、お祖父さまの執事であり右腕でもあるセクレット卿だ。
「妹君から連絡をいただきましたよ。こちらが例の品ですね?」
「……はい。っていうか、執事さま。ご隠居さまがレティさまのお祖父さまというのは」
アーユから幼虫の入った袋を受け取りながら、セクレット卿がにこりと微笑む。その完璧な作り笑いを見て、アーユの教師はこのひとか、と気がついた。
「ですから、言ったでしょう。大物ばかりを釣り上げる、と」
「じゃあ、俺とレティさまがバディを組んだのも、俺を学院に入学させたのも偶然だと……? 俺がご隠居さまと出会ったのも……」
呆然とつぶやくアーユに、わたくしとの出会いが仕組まれたものだと疑われているとわかって、たまらなくなる。
「わたくしは、アーユとバディを組みたかったから声をかけたのよ!」
信じてほしくて叫んだわたくしに、アーユがセクレット卿を見る。
「はい、その点はお嬢さまを信じてください。学院に入学するよう仕向けたのは内部調査の意味もありましたが、ご隠居さまとの出会いも偶然です」
にこり、と悪びれない笑顔の卿に言われて、アーユがへなへなとしゃがみこんでしまった。
「レティさま……これからも、俺がバディでいいんですか?」
「ええ。わたくしのバディはあなただけよ、アーユ」
しゃがんだアーユの前に膝をついて、わたくしは彼の手を握りしめる。
(学院でのバディだけでなく、公私ともにバディになってほしいと、いつか言えるかしら)
(after that)
アーユから受け取った袋を馬車に仕舞ったセクレットが戻ってきて、手を取り合う若い男女を呆れた目で見る。
「どちらから押し倒させるのが効果的でしょうね」
じれったい、とすら言わずに行動に移そうとするセクレットに、レティの祖父が笑う。
「はは。いいじゃないかね。ふたりともまだ若いんだ。そのうち時が来れば、自分たちで動くだろうさ」
「気の長いことですね、前将軍閣下」
並んで立ったふたりの視線の先ではレティに手を借りたアーユが立ち上がっている。
「……彼ならば、私の養子に迎えても良いのですが」
向かい合ってほほを染める若人に目を細めながらセクレットが言うのに、レティの祖父は首を横に振った。
「思い上がっている貴族に喝を入れるためにも、彼には平民のまま這い上ってもらいたいんだ」
厳しいことで有名だった前将軍のことばに、セクレットは肩をすくめる。
「アーユとレティさまの未来に幸あれ」




