プロローグ 3
歪んだ世界には俺とナーシャの二人しかいなかった。世界が歪んでしまったときに、クラスメイトたちは全員いなくなってしまったのだろうか。ナーシャは俺だけに会いに来てくれた、つまりはそういうわけなのだろうか。普通の高校生でしかない俺に舞い降りた天使、俺だけの妹ナーシャなのだろうか。俺は選ばれたということなのだろうか。
「こんなことになっておいて冷静なところは嫌いじゃない。でもね、語彙力も表現力も足りなすぎるわ。もしかしたら、動揺が感じられないのはそのせいなのかしら?」
俺の知っているナーシャは俺のことをおにいちゃんと呼んでくれる無邪気で甘えん坊な妹で、声も見た目も俺が想像していたままなのだけれど、彼女の言葉だけは想定と全く違うものだ。どうしてこんなに可愛いのに。
「可愛いじゃなくて、どう可愛いのか少しは言えないの? あなたが想像していたままって、あなたがどんな想像をしていたのか誰がわかるというのよ」
白く透き通る肌。緩やかなカーブを描き腰まで垂れる金色の髪。髪と同じく淡い金色で、長い睫毛に縁取られた大きな眼は、薄い青色の瞳の奥に氷のように冷たい水色を隠していた。高音で甘くとろけるような声色は、猫のように無垢で作為的な響きだった。背は低く俺の胸ほどの高さ、百五十センチメートルはないくらいだろう。服装は水色ベースのワンピース、所謂ロリータファッションというものがこういったものだろうか、スカートは大きく広がっている。背中に大きなリボンが付き、レースに覆われたスカートには『不思議の国のアリス』を連想させる少女のシルエットやトランプ、ティーセットの柄が描かれていた。純白の袖には白い花の刺繍が施されているようで、光が当たると輝きを放っているように見えた。
「文章は率直すぎる気がするけれど、まあかろうじて合格というところかしら。最初からその程度の描写はしてもらいたいものね」
混乱の中でも気付くべきことだったのだろうし、今更ではあるのだけれど、ナーシャはずっと俺の心の中を読んでいる。俺は一言も喋っていない!
「細かいことは気にしなくていいの。そんなことよりも、大好きな異世界、連れて行ってあげるわよ。おにいちゃんのために、ね」
わざわざナーシャは俺を揶揄おうとして、あるいは俺を馬鹿にしようとしてそう言っているのだとはわかるけれど、おにいちゃんのためにと言われると鼻の下が伸びてしまう。これでナーシャが素直な幼女でさえあれば、夢想してきた世界が現実になるところだったのに、どうせ美少女が現れて異世界に連れていかれるのだったら、最後まで希望を叶えてくれたらいいものを。