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宣言解除は『収束』ではないのです。ないのです。

 部屋のドアの前でこんこんさまが声を掛けて来た。

「いつき、行ってくるのです」

「ああうん、気を付けてね」

 私は顔を向けてそう返す。

 こんこんさまが何に気を付けるのかと思いたい所だが、割と色々あった。


 特に、今回はマー君と二人だけでの行動だ。さすがにマジで私の外出も限界っぽい。

 今日のマー君には、メリーさんの要望でライブ配信に必要な機材を買い揃え、更にそれを彼女の部屋でセッティングするという予定もあった。

 当然それにもこんこんさまは付き合わされる事になる。

 配信に出演するのはメリーさん自身だけで、自分が出る事もこんこんさまを出させる事もしないとマー君は言ってたが、ああいうのってその場の流れでどうなるか分からないノリもあるからな。

 メリーさんはまだWEBカメラも買ってないのに、昨夜から自分の生配信をあちこちに宣伝してる。今日揃えた機材をセットして、今夜そのまま配信を始める気でいるらしい。マー君の顔が昨日午後いっぱい引きつってたのは言うまでもない。

 『本物のあのメリーさんの生配信』

 勿論、誰もがそれを真に受けてる訳ではなかったが、それなりの話題は集めてる様だった。


「さあて、やるか」

 こんこんさまの姿がドアの向こうに消えると、私は伸びをしながら口に出す。

 通常より長い春休みと言ったな? あれは嘘だ。

 そんな勢いで積み上げられてる課題を、そろそろ消化しないといけない。

 机の上にスマホをセットして、郵送されて来たテキストを古い順に並べる。

 アプリを立ち上げながらふと窓を覗くと、ちょうどこんこんさまが家の前に出て来たとこだった。


「……あれ?」

 道をとっとことーって感じで駆けてったこんこんさまは、少し進んだ所でその姿が描き消えてしまった。

 正確には、『消えた』という意識すらないまま、そこからいなくなっていた。


 え、瞬間移動ってやつ?

 それとも、そういうのとも違う何かだろうか。


 見える人限定でも普通そうなんだろうけど、こんこんさまが消える所なんて今まで見た事がなかった。

 まして現れる所はまだ見ていない。

 私はスマホ(勉強)の手を止めて、こんこんさまの消えた辺りをしばらく見つめていた。




 さーて取りかかろうかと言った所でスマホが震え、着信が表示される。昨日外出の口裏合わせ頼んだ子からだ。

 こんな事してるから課題が溜まったのだとは、自分でも分かっている。


『いつりん今勉強中?』

 分かっているのにかけて来やがったか。そういう奴だよ。

『ちょうど良かった! 今どうしても分かんない所あってさ』

 彼女の聞いて来た箇所は私がとっくに済ませてた課題の設問だった。こいつの進行状況が窺えるってものだ。

 解き方を教えながら紙のテキストに目を通していると、彼女がふと言った。


『ひょっとしたら授業始まんの早いからさ、課題もうちょっと仕上げとかないとヤバいかも』

「あんたはそうだろうけど、私は大丈夫だって」

『またまた。いつりんの進み具合だってヤバいでしょ。まったく、こんな時でも外出しまくってる不良だし』

「私が不良ならあんたもでしょ」

『えー? 私は真面目な子だもん。髪も黒いしピアスも入れてないし、ちゃんと家にいるしねえ』

「家にいたって勉強してないよね。学校にいた分の時間、全部インスタや動画投稿に費やしてるよな」

 彼女は『むう』と唸って黙り込んだが、少し経って新たな話題を振って来る。


『で、昨日何だったの? こんこんさま、どっかにいたの?』

「いたって言うより、『いる』のかな。私んちに」

『…………はい?』

 絶対聞かれると思ってたので、私はストレートに即答する。予想通りのリアクションが返って来た。


 私は彼女に、一昨日からの出来事を大まかに話す。父の話してた神社の前史とかは伏せておいた。

 『外に人がいないせいでこんこん出来ずにポツンとしてた』と言ったら大ウケだった。

 結構迷ったけど、マー君とメリーさんの事も話してみた。

『へ、マスク返し……? メリーさん生主になるって……ね、いつりん、悪いけどそのギャグは滑ってるよ?』

「うん、ごめんね」

 冗談だと思ってくれたのはむしろ都合が良かったかもしれない。私も冗談だと思いたいくらいだけど。


『だけど……そうだね。人のいない東京なんて、あれ本当に妖怪とか住みやすそうな感じだもんね』

 そこには同意するんだ。

 でも正直言って、私はあまりそう思えなかったかな。

 あの光景はむしろ『終末後の世界』みたいに見えて、そういう『完全に人間が消えた』所には『ああいうもの』はいられないんじゃないかなと。

 終末は大げさだとしても――あのビルのどこかに彼らがいたとして、街から去った人間はそれを気に留めるんだろうか。


「人が全くいないと逆に住めないんじゃないかな」

『ああ、それも分かる。それこそ樹季の話のこんこんさまみたいに』

 この子には私のその感じも理解してもらえた。話せる相手に彼女を選んだのはやっぱり正解だったと思う。

 しかし、私がそう感じたのはやはりこんこんさまに関わったせいなのかな。

 神様や妖怪は完全な人間社会の一員にはなれないが、人間社会から離れて、人の心に関わらずに存在する事も出来ない。そんな事、今の彼らに出会うまでは考えもしてなかった。


『でも、もうすぐ宣言解除されるでしょ。これからは外も人増えて来るからさ、またこんこん出来るよね……ってあれ?』

 言いかけた彼女は何に気付いたのか、疑問符と共に口を閉ざす。

「どうしたの?」

『その時こんこんさまがいるって……それ、『まだ終わってない』って事じゃない?』

「んー、そうだね」

 彼女の『発見』にどうでも良さげに相槌を打ったが、内心では少しざわつきを覚えてた。

「まあ……その時にこんこんさまがいると決まった訳じゃないし。お帰りになるかもでしょ。どこへ帰るのかは私も知らないけど」

『でもさ、もしそうなってたら結構怖いかも。ニュースでは『収束ムード』とか『生活は元通り』とか言ってるのに、こっちではこんこんさまがまだこんこんしてるんだよ?』


 この話がこんなにざわつくのは、私のこんこんさまへの不安と繋がってるからだろうか。

 本当は薄々感じていた。この今は『あの昔』に色々なとこが似過ぎていると。

 この子は大昔の話なんて知らない筈なのに。

 だけどまあ、別に昔なんか知らなくたって普通に思い付く事かもね。

 こんこんさまがいなくたって、高熱が続いているのに検査も受けられない人は未だに山ほどいる。

 病院の現場から挙がる反応が出た人の数と発表された感染者数とが、全然合ってないなんて話もある。


「そこはポジティヴに考えるんだよ。ほら、こんこんさまがこんこんしてるのを見れば、まだまだ用心しなくちゃいけないってのが分かるでしょ。私らにとっては良い事じゃん」

『そっか。言われてみればそうだよ。さすがいつりん、こんこんさま家に泊めてる『こんこんさま番』なだけはある』

「誰がこんこんさま番だ。人に勝手に役職付けんな」

『でもいつりん家って、昔は本当にこんこんさま祀ってる神社だったんでしょ? お祖父ちゃん言ってたし』

 うわ。学校では完全に黙ってたのに。

 確かに地元のお年寄りには知ってた人もいるだろうな。

 ともあれ、この話は上手くお茶を濁して着地させられた様だ。


『――いつりんがそう言うなら、それがFAってことでいいのかな』

「ん? FAって?」

『こないだの話だよ。こんこんさまは病気を悪くするのか良くするのかって。どっちでもなく『注意喚起してくれる』が正解なんだよね?』

「…………」



 昼過ぎ、適当な時にクラスのLINEにも入ってみた。

 やっぱり授業再開が近そうだって話題で盛り上がっている。

 だが、元通りとはきっとならないだろう。進級やクラス替えがどうなるかってのもそうだが、今月になってから一度も現れてないクラスメートも二、三名いた。

 親が失業して授業料どころじゃなくなり退学したのだ。


『収束してお母さんの仕事が見つかったらどこかに入り直すって言ってたけど……元気でやってるといいな』

 彼の事を思い出した子がそんな話をしている。

 退学はしていないけど進学を諦めたという子もいるし、今現在進行形で『食べるものがなくて弟と妹がマジで飢えそうだ』と愚痴ってる子もいる。


『高校は義務教育じゃないとか、増税に文句言ってるくせにこんな時ばかり国を頼ろうとするなとか、ドヤ顔で言ってるジジババ目の前にいたら全力で殴りてえ』

『お前の金はいらねえから殺させろって(#^ω^)』

 当たり前だろうけど、その話題になると殺伐な流れになるのは不可避だった。


 自分自身や家族が感染したって子は今のところ、私の知る範囲ではいなかった。

 だけど、近所で感染を知られた人が凄まじい嫌がらせされてるのを見たなんて話は何人かの子から出てる。

 郵便や宅配便や密林とか、配送やってる家族や親せきがあちこちで受けている嫌がらせの話をする子もいた。

 幸いにして、うちのクラスにはそういう嫌がらせに加わってるって子や、そういうのを正しいと思ってる子はいない様だった。

 ――いや、空気を読んで黙ってるだけかもしれないが。


『あー知ってる! 凄い本物っぽくて面白そうだなって思った』

 空気を少しでも変えられればと、メリーさんのライブ配信について話を振ってみたら、何人かの子が知ってて食いついてきた。

『なりきりにしても結構本格的みたいだって話だよね』

 ああ、そういう認識か。

 そりゃ、実際に電話された人を除けば『本物のメリーさんがいる』なんてそのまま受け入れる人の方が稀だろう。

『でも、メリーさんの生配信なんてどんな感じなんだろう。誰かに近付きながら実況するのかな』

『でもこのご時世だよ。『今あなたの家の前にいるの』なんてやったら怖がられる前に怒られそうじゃない?』

 ご名答。だからこそ生主になるとか言い出してる訳で。

 どんな内容の配信やるのかなんて、こっちが知りたいくらいだが。

 前評判としては上々なんじゃないかと思った。彼女はこれでも不満爆発かもしれないけど。




「ただいまです」

 こんこんさまはメリーさんのライブ配信が始まる前に帰って来た。

 玄関を入って来た音はしなかったのに、部屋の入口にすっと現れて。

 しかし、よく考えたらこんこんさまは私の家に帰ってくる必要もない筈だよね。当たり前みたいに帰って来たけど。

 ひょっとして、私のせいで本格的に居ついちゃってるんだろうか……?

 こんこんさまが居つくなんて話も、私の知識の中にはない。

「おかえり。今日はたくさんこんこんできた?」

「はいです」

 色々思う所はあったが、それをおくびには出さず声を掛けた。

 こんこんさまは机まで寄ってくると、私を見上げて訴える様な顔をする。

「めりいのらいぶ、見るのです」

「その為に早く帰って来たの? 準備してたんでしょ? 向こうで見ても良かったのに」

 実際、番組が終わるまでは帰って来ないだろうと思っていた。

 だがこんこんさまはふるふると首を横に振って言う。

「いつきとぱそこんで見るのです。枕返しもそれがいいと言ったのです」

「マー君が?」

 ちょっと意外だった。こういう時引き止めそうなイメージだったが。

 視聴者目線で見ろって事かもしれない。あるいは、私にも見させる為か。




『私メリーsっ……』


 予定通りの時刻、メリーさんのライブ配信はしょっぱなから画面が止まり、次の瞬間暗転した。

 二分経ってもエラー表示の消えない真っ黒な画面で、音声だけがけたたましく響いている。

『何よこれ? どうなってんのよ!? ちょっとおっ、マー君っ!』

 うんうん。普通に考えてそうだね。

 初心者が機材買ったその日に練習もせず配信始めて、無事に進む方が珍しいよね。

 私は黒い画面とサウンドオンリーのドタバタを生温い目で見守るのみだった。

 こんこんさまは未だ期待に満ちた目で画面を見つめている。

作中の時間は四日しか経ってないのに、彼らを取り巻く『今』の状況は二か月分くらい進んでいるという時空の歪みが生じています。

バグではなく、そういうもの――仕様だと思って下さい。


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