大好きなインターネットがあるのです
すぐに来いと電話一つで呼びつけられたマー君……マスク返しはメリーさんの住まいへと向かう。
こんこん分補給はその後にという事で、とりあえず私もこんこんさまも承諾して一緒に行くことにした。
メリーさんの住まいは私達の地元から電車でおよそ一時間、隣県の端の方にあった。
家賃とかどうしてるんだろう。そう言えば私達の電車代もマー君……マスク返しが出してくれてたな。
妖怪の収入源とか疑問ではあったが、何となく知らない方が良い事な気もする。
「先月の初め頃かな。大体、皆が自宅待機とかする様になった少し後だよ」
メリーさんが部屋から出なくなった経緯について、マー君……マスク返しは歩きがてらそう説明する。
「電話した先々で散々罵倒されて、ネットでも炎上したんだって」
「『不要不急の外出するな』とか?」
「そう」
何となく想像ついたのでマー君……マスク返しに聞いてみたら案の定だった。
全く妖怪にも世知辛いことで。
『捨てられた人形が、持ち主の少女を追って次第に近付きながら電話をかけて来る』――メリーさんとは元々、そんな基本形の都市伝説だった筈。
だけど、このメリーさんは無差別に電話していた様だ。
メリーさんの話にも今は様々なバージョンがあるので、誰にかけても構わなくなったのだろうが、それが今のこのご時世で仇になった。
恐怖や不気味さとかよりも、『こんな時に好き勝手出歩いてソーシャルディスタンスも無視しやがって』と、やっかみ半分の怒りの方が大きくなってしまったって事だろうか。
「電話の間は相手がずっと黙ってて、これはいけると思いながら真後ろに立って電話した時いきなり振り返られて『家に居やがれクソ野郎』と怒鳴られた事もあったってさ」
「あのおじいさんかな。言葉はアレだけど癒される感じして、私は好きなんだけど」
「……違うと思う」
マー君……マスク返しがすれ違いざまに佐川の兄ちゃんのマスクを裏返してる。
今日は昨日より心持ち人出が増えた様な気がする。
緊急事態宣言が解除された地元もそうだったけど、まだ解除されてない筈のこの辺りでもやはり増えてるっぽい。
今度はこんこんさまが前を歩く親子連れに駆け寄って、お母さんの方につき始める。
病院の近くでもないのに、咳をしながら歩いている人を見かける回数も増えた。
「そう言えば、今更だけどこんこんさま、地元から出て来てますよね……」
「本当に今更だね。僕にも良く分からないけど、多分君が一緒だからだよ」
ふと気付いて呟いた私へ、マー君……マスク返しが目に呆れを浮かべて言う。
「どういう事ですか?」
「だから知らないって。でも、彼女を土地に縛ってるのは天塚の力なんでしょ? その血を継ぐ君が近くにいるなら大丈夫とかなんじゃないの?」
そうだ、『塚や祠を置いた』とか言ってたな。
力を抑える為、そして力が外に出なくする為。そういうものの効果って今でもあるのだろうか。
「……我は縛られてなどいないのです」
「え?」
昨日の父の言葉を思い出してると、いつの間にか戻って来ていたこんこんさまが言った。
「我はどこへもゆけるのです」
「え……えーと?」
何だろう、私が知っていた話と違う。
こんこんさまはあの土地から離れない。だから、言い伝えも地元の中にしか――あれ?
『離れられない』とは言われてない?
「出たくはないのです。ほかにゆくところもないのです」
「つまり、家の中に入らないのと同じで、出来ない訳じゃないけど自分でやらないでいるだけ……って事?」
こんこんさまは私の問いにこくっと頷いた。
「あれ、そうだったかな……? あの時は確か……」
マー君……マスク返しは眉をひそめて何か考えている。
「……どっちにしろ、今の僕らにとっては好都合なのか」
「何か気になったんですか?」
呟くのをやめたマー君……マスク返しに尋ねると彼はかぶりを振る。
「いや、何でもないよ。ところで」
「はい」
「……地の文のそれ、もういい加減止めてくれないかな」
「えー何の事ですか?」
地の文とかメタなこと言われても、一登場人物に過ぎない私にはさっぱり分かりません。
マー君……マスク返しは前回のノリを引きずらないでほしいものです。
「ねえ、君がそれ言うの?」
「口に出してない事に言い返さないでもらえます? マー君に心を読む能力とか設定されてないんですから」
「今口にも出したよね? 訂正もやめたよね? あと設定って普通にメタだよね?」
「マー君、お前煩いから少し落ち着けです」
こんこんさまにまで漢字多めで一蹴され、彼はうなだれる。
「いや、呼び名なんて何だって良いんだけどさ……何で同意くらい取ろうとしないの……彼女も僕が名乗ったら即『マー君』呼びだったし……(ぶつぶつ)」
そんな事を言っているうちに私達は目的のアパートの前まで来ていた。
「本当に普通のアパートですね。それも結構きれいめな」
赤い煉瓦壁で5階まであるアパートで、建物も新しそうだった。
塀に取り付けられていた入居募集の看板から女性専用だと分かる。
「そんなに意外だったかな」
「だってメリーさんだから。もっと古くて蔦とか生えてておどろおどろしい感じの所に住んでそうじゃないですか」
「そんな物件、今時なかなか見つからないでしょ」
マー君がエントランスで部屋番号を入れ呼出ボタンを押すと、返事もなく扉の鍵が開いた。
「メリーさんにしてはそっけないですね。ここはこちらから『今アパートの前にいるの』とか言ってみるのはどうでしょう」
「やめた方が良いかな。それやると多分キレるから」
「へー、難しいですね」
自分のセリフというかアイデンティティをとるなって事か。
あと、やはり相当怒りっぽい性格の様だ。マー君にもそう思われてる位に。
部屋の玄関前で再び呼出ボタンを押すと、扉が中から開いた。
え………?
誰、この人?
扉の向こうから顔を覗かせている女性。
長く波打つ金髪に青い瞳。ビスクドールみたいに整った顔立ち。
だけど着ているのは赤いジャージ。その髪も無造作に後ろに束ねている。
さっき電話して来た筈なのに、今起きたばかりって感じのどんよりした顔。
メリーさんの要素が殆どないんだけど。
髪や目の色を考慮しても、ただの外人女性だよね。それも引きこもり生活真っ最中の。
徹夜でネットとかゲームとかしてそうな感じの。
「あー……入って」
無愛想な声で招き入れる。電話で聞いたよりも幾分低い声だった。
彼女が身を引くとマー君を先頭に私達は部屋に入る。
「で、その子たち何?」
ずるずると重い足取りでリビング奥へ進みながら、彼女が尋ねる。
「この前話したこんこんさまですよ。あとそのオプションみたいなの」
「ああ、食い放題の筈が外出規制でお預け食ったって、あの隣県の咳のやつ……何、やっぱり生き残り戦略とか興味あんの?」
彼女はどうでも良さげな顔でこんこんさまを一瞥した。
あらかじめ話してはいた様だが、彼女はマー君程こんこんさまのスカウトに乗り気では無さげだ。明らかな温度差を感じる。
それと、彼女の塩対応はともかくマー君のオプション呼びは忘れないからな。
洋室に入ると、壁一面に並んだ衣装が真っ先に目に入った。
バリエーションはあるがいずれも『これぞメリーさん』って感じの恰好ばかりだった。
やはりこの赤ジャージの彼女はメリーさんなのだろうか。オフの時はこんなだってだけで。
部屋の端にあるパソコンデスクの前に腰を下ろすと、推定メリーさんはマウスを手に何度もクリックをし始める。
マー君は慣れた様子で彼女の後ろに腰を下ろす。私とこんこんさまもそれにならって座る事にした。
「それで、今日はどうしたんですか?」
マー君が推定メリーさんの背中へそう尋ねる。
「マー君、私の心は今とてもボロボロなのよ。分かるでしょ?」
「ええ、まあ」
「『外を出歩くな、家にいろ』なんて、私の存在を全否定する様なものよ」
「うん、そうですねえ」
「それでどれだけ叩かれたか分かる? まとめブログで『こんな時でも出歩きまくって人の後ろに来るなんて、人外でもクソ野郎だろ』『メリーさんなんてもう終わコンだな』って笑われる気持ち分かる?」
「大変でしたね」
「だけどこんな状況でも、私は私であり続けなくちゃならないのよ」
「おっしゃる通りです」
「この状況にだって適応して、新しい『メリーさん』の存在を人間どもに示さなくちゃならない。私メリーさん、ただ落ち込んでた訳じゃないわ。その為の方法をずっと考えてたの」
「はい」
推定メリーさんはそこで振り返って、マー君を凝視した。
「マー君に手伝ってもらいたいのよ」
「何か、アイデアが浮かんだんですか?」
「ええ」
推定メリーさんが勢いよく首を縦に振り、パソコンのモニターをずびしと指差す。
そこにあったのは超有名動画サイトのページだった。
いや、動画サイトだけど通常のトップページではない。その中のある機能専用のページだ。
「そうよ。現代にはインターネットというものがあるのよ。人間たちにも……私たちにだって、その使い道は開かれてるものでしょう?」
再びこちらに顔を向けた推定メリーさんは、さっきまでのどんよりした顔ではない、決意を秘めた眼差しで宣言する。
「マー君! 私メリーさん、今から生主になるの!」
「それからそこのオプション。私メリーさん、推定じゃないの。地の文直しときなさいよ」
「だ が 断 わ る」
今回のタイトルはあの歌からです。
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