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バナナはなくなるタイミングを見越して買うといいのです

「――その八十年の間に『天塚神社』が建立され、山には慰霊塔が建てられた。祟りが土地の外に流れ出るのを防ぐ祠、祟りの力を抑える塚なんかもこの地の至る所に置かれた」

「うん」

「長い年月の中で流行り病の被害も緩和されて行った……まあ、今度の領主がマトモな予防を手厚くやってたってのもあるが。そして八十年経ったある日、天塚家がこの地に来てから四代目にあたる巫女が人々に告げた」


 今後こんこんさまがこの地の疫病に祟る事はない。

 こんこんさまは変わられ、これからは皆を病から護るものとなる。


「それからは、こんこんさまがついた人は具合が良くなる様になったんでしょ?」

「そこなんだけど……『それから』ってのは、微妙なんだよな」

 私は知っていた事を確認するつもりで聞いたんだけど、予想外の答えが返って来た。

「微妙? 違うの?」

「その日を境に突然、祟りが護りに逆転したって訳じゃない。ご先祖はそれまで見て来た上で『もう大丈夫』と判断して宣言したんだ」

「つまり、その前からこんこんさまは変わって来ていたって事?」

「ああ。そんで……ご先祖はその辺の事もきちんと記録残してたんだけどさ、こいつがかなり痛んじまっててな」

「えー」


 父がクリックして呼び出した画像は、ぼろきれの様な紙片だった。崩し字とかいう以前のレベルで読めない。

 私が部屋を掃除しててこんなものが出て来たら、間違いなく問答無用で可燃ごみ行きとなるだろう。


「特にこの、四代目の巫女――三代目神主の娘だそうだが――この時の記録が殆ど読めなくなってる」

「つまり、祟りが治まって行った一番大事な時期が分かんないって事?」

 父は頷きもせず、眼鏡を外し目頭を揉んだ。


「復元や解読が出来ないか、色々つては当たってみるよ。それと、この時期の史料が他にもないか……事と次第ではお寺にも聞いてみようと思う」

 ああ、神主じゃなくてただの公務員だと、こういう時便利かな。

 この前、神主とお坊さんと神父様が並んで収束の合同祈願やったなんてニュースあったけど、こっちでも『宗教の枠超え』やればいいんじゃないか。


「ここにないのはお寺にあったって、結構よくある話だからな。向こうは向こうなりに疫病や祟りの記録持ってるだろうし」

「向こうは向こうで、『こんこんさまは我々が供養した』とか言ってたりしないの?」

 そういうのも結構よくある話じゃないかなと。

 だが、父はかぶりを振って即答した。

「ああ、そういうのはない。今まで揉めた事もなかったし。その理由もここに書いてあった」

 そう言いながらモニターを指差す。

「この土地にあった仏寺は、疫病のさなかに一度全滅しているんだ。人柱に加担した領主御贔屓の神社諸共……『こんこんさまの祟りで』とかは書かれてないけどな」


 うわあ。文字通りで『神も仏もない』話だな。

 相当凄惨な話の筈なのにどこか笑えて来るのは、あまりにも凄惨過ぎて感情が処理出来ないからだろうか。

 それとも――()()()()()なら滅んでしまってもいいと思ったからだろうか。


「今あるお寺は皆、領主が変わった後に外から来たものだ。祟りの事は天塚にお任せって感じだったらしい」

「そういうお寺が役立つ様な史料なんて持ってるかな」

「だから、ひょっとしたらって期待する程度さ」


「あのさ、お父さん……」

「ん?」

「そうやって回りくどく調べるよりさ、直接こんこんさまに聞いたらいいんじゃないの?」

「駄目だ」

 父が調べると言い出した時から内心で思っていた疑問。

 だが、即答で却下された。


「お前もこんこんさまに余計な話を聞かせるなよ。たとえ昔の話だって、思い出させたりする事でどんな影響があるか分からないんだ」

 うーん……

 私自身、薄々ながらそういう事も考えてた。

 だから、こんこんさまにあまり踏み込んだ事は聞けなかったし、話せなかった。


 ……あのマスク返しや人外たちの助け合いとやらも、本当は近付けるべきじゃないのかな。

 父に午前中あった事を話す気にはなれなかった。確実にダメ出し出そうだったし、私だって不安しか感じない。

 でも、そういうのって最後はこんこんさま自身が決める事だよね。


 『あの子たちと付き合っちゃいけません』とか普通の人間の子供にだって言う事じゃない。ましてこんこんさま相手にそれは、畏れ多いにも程があるんじゃないか。




 風呂から上がって部屋に戻ると、こんこんさまは部屋の隅にちょこんと座っていた。

 近付いてみたら何と、座りながら寝てる。

 昨夜はこんこんさまが眠る所を見ていない。私が寝るまでずっと窓際に座って外を眺めていた。

 こんこんさまも眠るのかと思いつつ、そんな所に寝かせたまま放置するのも気が引けた。


 私はこんこんさまをそっと抱き上げるとベッドまで運び、その上に横たえる。

 重みは感じたけど、あまり重くない。このサイズの子供にしては軽すぎる位だ。

 こんこんさまを横にすると、ベッドの端に腰掛けてスマホのLINEを開く。


「おは夜」

『おは夜』

 仲いい方なクラスメートがログインしてたので、捕まえて挨拶する。


「ちょっと頼まれごとOK?」

『なにさ』

「外出理由案件。『私のクッソカワイイマスクの作り方、君は言葉でも動画でも分からなかったので、私は君んちへ教えに行く』で、わがまま(my mom)対応pls 」

『いつりん不良だから』

「誰がだ。てか、ここにまでいつりんかよ」

『ピアス三つも入れてるし。で、本用は?』

「髪は黒でしょ。んーちょっとややこしいんでパス」

『修羅場? 陰から見守ったろか』

「見えるもんなら見てみやがれ。見えるで思い出したけど、君あれ見てないんだっけ」

『あれ?』

「こんこんさま」

『あー昨日盛り上がってたね。あのさ』


 ん?

『私、二三回見た事あるって言ったら、信じる?』

 まじか。


 そう言えば、この子昨日のチャットであまり喋ってなかったよな。私が聞いた時にも答えなかったし。


「黄色っぽい着物でおかっぱ」

『そう。咳してる人の後ろで一緒に咳してて、顔も同じ。小学生の頃だけど』

『それで、何日か前にも見たんだ。咳してる人いないのに一人でとぼとぼ歩いてんの』

 間違いない。それなら本物だ。

「私の外出理由、明日教えるよ。ややこしくなりそうだけど、そのこんこんさま関連なんだな」


 『えええええええ』とか連呼して驚きを表現し、色々聞きたげになってたそいつの話を切り上げ、LINEを閉じて布団に潜り込む。


 いつもより狭いが、こんこんさまを押しのけない様注意しながら横になる。

 その時、こんこんさまが薄く目を開いた。

「あ、ごめん。起こした?」

 こんこんさまは私の顔をぼんやりと見ながら呟いた。


「ねえさま」


 ――姉様?


 少し考えて、人間だった頃の家族だろうかと思う。

 そう言えば、こんこんさまには家族もいて……人間としての名前もあった筈なんだよな。

 答える代わりに、私はゆっくりとその頭を撫でてやった。こんこんさまは再び目を閉じている。




 昨日決めてあった待ち合わせ場所に、マスク返しは先に来ていた。

「やあ……って、あれ?」

 彼は振りかけた手を止め、私に視線を移す。

「君も来たの?」

「天塚家の意向を伝えに来ました」

 文句あるかこの野郎って感じの顔で、訝し気な顔の妖怪を見返す。


「『こんこんさまに変な話を吹き込むな』ということです」

 マスク返しは肩をすくめる。

「変な話と言われてもね……漠然過ぎて分かんないよ」

「過去の事とか力の事とか。聞いただけで影響与えそうな話全部」

「思い出話もするなって? 旧交暖め合うのも駄目なの」

「場合によっては。というか、あなたは覚えてないんじゃなかったですか?」

「僕もあれから所々思い出しかけてるよ。会話の影響ってそういうのもあるけど、それも駄目?」

「何が駄目か分からないなら、いっそ完全に黙っていてほしい位です」


「……君が何を心配してるかは分かるけどね」

 マスク返しは腕を組みながらため息をつく。その間も私を見据えたままだ。

「僕が会ったのは、病を癒す様になってからの彼女なんだよ」

「嘘」

「どうしてそう決めつけるの?」

「あなたのその記憶だって完璧じゃないんですよね? それなのに断言する辺りが怪しいです。それと……何となくです」


 私の断言に、マスク返しは両手でお手上げのポーズを取る。

「やれやれ、相当信用されてないね。つまり、昔話しなけりゃいいのかな?」

「ええ、とりあえずは――」

 ヴヴヴヴヴヴヴヴヴ


 聞き覚えのある振動音が聞こえた。

「……取っていいですよ」

 私が言うと、マスク返しはスマホを出して顔に近付ける。


『もしもし、私メリーさん……』

 彼が応答する前に電話の向こうの声が響いた。私も思わず言葉の続きに注意を向ける。

 いきなり背後に来られてたら心臓に悪そうだ。相手が相手なだけにそういう可能性も――

『今、私の部屋にいるの』

 それだけ言って電話は切れた。


 自分がぽかんとした顔になってる自覚はある。マスクって口開けてるの見えないから本当便利だよね。

 マスク返しはスマホを同じ位置で持ち続けている。

 スマホは間髪入れずに再び震えた。


『もしもし、私メリーさん。今も私の部屋にいるの』

 また切れる。そしてすぐに着信。


『もしもし、私メリーさん。今も私の部屋にいるの』

 ぴっ――ヴヴヴヴヴヴ


『私メリーさん。やっぱり今も私の部屋にいるの』

 ぴっ――ヴヴヴヴヴヴ


『私メリーさん。ずっと私の部屋にいるの』

 ぴっ――ヴヴヴヴヴヴ


『私メリーさん。今朝から私の部屋にいるの』

 ぴっ――ヴヴヴヴヴヴ


『昨日も私の部屋にいたの……一昨日も、その前も、先週もずっとなの』

 ぴっ――ヴヴヴヴヴヴ


『明日も明後日も……きっと……私の部屋にいるの』

 ぴっ――ヴヴヴヴヴヴ


『――――一体いっつまでいればいいのよおおっ!』


 一際大きな絶叫がスマホから上がった所で、マスク返しは淡々とした声で答えた。

「……買い物ぐらいは行ってもいいんじゃないですか?」

『いやよ。何、『私メリーさん、今近所のイオンにいるの』とか言うわけ? 『今果物売り場にいるの。またバナナが売り切れてるわ』とか? 『お米は今日揃ってるわ。ゆめぴりかの無洗米が安いの』とか? 『納豆がまたなくなりかけてるわ』とか? そんな電話何になるってのよ!?』

「作者は結構喜ぶと思いますよ、それ」

『知らないわよ! てめえで見て来いや!』


 随分とストレスフルなメリーさんだな。

 あと作者はそろそろイオンの品揃えの周期覚えた方がいいと思う。


『そんな事より! マー君ちょっといい?』

 マー君?

 ついマスク返しの顔をまじまじ見てしまう。

 彼の目元は無表情っぽかったが、何となく苦々しげにも見える。


 ああ、そうか。

 マスク返しでも枕返しでも『マー君』なら通用するな。

 そんな事をふと思った。

最近、買い足そうと思ったら棚から消えてたって本当によくあるんですよね。バナナと納豆。


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[良い点] タイムリーなストーリーでした。
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