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「裏返して使う」はマスク長持ちのコツではありません

「そこまで」


 その一言と同時に視界を遮った背中。


「――で、いいんじゃないですか?」

 私と男の間に割り込んだ誰かは、男へ尋ねた。

 うわ、この人、髪が真っ白だ。若そうなのに。

 染めてるのかな。


「な、何アンタ……その子らの家族か何か……ですか?」

「いいえ。あなたは彼女たちとはお知り合いですか?」

 彼に相対した男の言葉遣いが敬語に変わっていた。彼も敬語で男に聞き返す。


 私は少し横に回って、彼の姿をもっと見ようとする。

 背丈は普通くらいだけど私と男よりは高い。

 顔はマスクであまり見えなかったけど、目元がきりっとしてて睫も長くイケメンぽかった。

 マンガに出てた、家出中学生と暮らしてる誘拐犯の人に似てたかも。

 いや、だけど、この人のマスク……


「違いますよ。何、知り合いでなかったら、悪い事してるの注意しちゃダメなの?」

「僕が? そんなこと言いませんよ」

 突っかかる様な男の問いに、彼は目を細めて笑顔を浮かべる。

「僕は、あなたに『そこまででいいのでは?』と言っているんですから」

「はあ?」


 男は彼の言葉を呑み込めていない様子。私にもちょっと分かり辛かった。

 一呼吸おいて彼は言い直す。

「やり過ぎじゃないですか? やり過ぎに見えますよ――と、 見ず知らずのあなたに注意しているんです、僕も」

「あっそう……大きなお世話ですよ」

「あなたもね」

「なんだと!?」


 男はまたキレた。

「横からしゃしゃり出てどういう態度だよ! 何も分からんくせに」

「分かりますよ。『不快になる人や怖がる人もいるから気を付けてね』で十分でしたよね? これって」

「それだけで済む訳ないだろ!? 馬鹿かお前は?」

「何が足りないんですか?」

「やっぱり分かってねえじゃねえか! そんなもんで……」

 彼は首を傾げながら男に尋ねた。

 怒鳴りかけた男だが、彼に真顔で見据えられうくっと声を詰まらせる。

「あなたは、それで何が満足じゃないんですか?」


 男は黙ったままだ。必要さではなく『満足度』を問われている所からも、男の真意が見透かされているのは明らかだった。

 しばらく続いた沈黙の後、男はようやく言葉を発した。

「ま……満足とか、そういう話してんじゃないだろうが。こういうガキに大人が厳しい事言わないと……調子に乗るだけだって」

「自己満足ですよね。『厳しいこと言ってやったぞ』っていう」

「生意気言ってんじゃねえ! お前だって調子こいたクソガキじゃねえか」


 マスク越しにでも、彼が溜息をついたのが分かった。

「口が達者なら何でも通ると思ったら大間違いなんだ。大人の世界は厳しいんだぞ」

 男が上着のポケットをごそごそと漁り始める。すぐにポケットから取り出し、私達の前に掲げたのはスマホだった。

「その生意気な白髪面、ツイッターとかで晒してやるからな」

 そう言いながらスマホのレンズをこちらに向ける。


 うわあ……おとなのせかいがきびしいですね(白目)


「しょうぞうけんのしんがいです」

 男のスマホを見上げてこんこんさまがコメントする。

 こっちの方が『大人の世界』の言葉に聞こえるのは、気のせいかな。


 あまりにも幼稚な顛末に私が呆れ返ってると、白髪の彼はふいに横を向いた。

 何かを凝視する様に目を細め、緊張した気配を漂わせる。

「……あ?」

 男もその空気を感じ、彼の視線の先へ顔を向ける。

 私も同じ方向を見たが、そこには何の変哲もない景色があるだけだった。

 しかし、その瞬間に彼は動いた。一瞬で男との距離を詰める。


 男の持つスマホの上部を指で持ち、そのままくるりと裏返してしまった。

 同時に、今シャッターボタンを押そうとしてた男の指と同じタイミングで、自分の側にある画面をタップする。


 カシャッ


 シャッター音が響いて男が顔を戻した時には、彼は男から離れて元の位置に戻っていた。

「ふんっ……え、ええ?」

 鼻笑いしつつどや顔で手元のスマホを見た男が固まった。

「逆ですね」

 何事も無かった様な素振りで、彼が他人事みたいに言った。

「あ……い、いやいや、んな筈は……」

 画面に写し出された自分の顔と目の前の彼を、男は引きつった表情で何度も見比べる。

「裏表を間違えて、自分を撮ってしまったみたいですね?」

 彼はわざとらしく懇切丁寧に男の行動を解説し、何故かそれを私に振って来た。

「え、あ、そうですねっ。よく撮れてましたね」

 焦った私がそう返すと、背後から少なくない笑い声が聞こえて来た。

 気付いてなかったけど、私達のやり取りはさっきから周囲の注目を集めていたらしい。

「自撮りです」

 こんこんさまの言葉に、今度は二、三人位が吹き出す。


 今噴いた人以外には男と彼と私しか見えてないだろうから、話は分かってないのかもしれないし、最初は男が一人で怒鳴ってる様に見えてたのかもしれないが。

 男の顔はもうすっかり真っ赤だった。

 赤ら顔のまま男は数秒ほどぷるぷる震えていたが、乱暴にスマホをポケットに突っ込むと早足で去ってしまった。




「あ、ありがとうございましたっ」

 男の姿が見えなくなってから、私は彼に深く頭を下げた。

 彼は胸の前で手を振りながら、にっこりと笑い答える。

「礼言う必要はないよ。僕は元々君たちに用があったんだ。だから早く気付けて声かけられた様なものだから」

「用……? あ、そうそう!」

 用とは何だろう。それを聞こうと彼の顔を見た時、さっき気付いた事を思い出す。

 また言いそびれる前にと、私は先にそっちを言う事にした。

「マスク、裏返ってますよっ」


 彼の着けていたマスクは裏と表が逆になっていた。

 マスクの裏表って、メーカーや種類によっても違うから見分けるの難しいんだよね。

 でも、彼のマスクのプリーツは上を向いてたし、ノーズフィッターは外に出てたし、ひもの取り付けも内側にあった。

 明らかに外側が裏だ。

 彼は指摘されると、きょとんとした目で私を見る。

 ああ、やっぱり。たまたま今日間違えたんじゃなく、今までこれが正しい着け方だと思い込んでたんだろうな。

 私だって実は中学卒業寸前まで間違えてて――


「ああ、これはリバーシブルにしてるんだ」

「へ? リバー……シブル?」

 自分のマスクを指差して再びにこっと答えた彼に、思わず聞き返してしまう。

 彼は頷いて言った。

「今、マスクって無いからね。もう、みんな少ししか持ってないでしょ?」

「はい。そう言えば、うちでももう紙マスクはなくなってます」

 私は自分の顔の手製マスクを指差す。


「でも使わない訳にも行かない。となると、一枚一枚を出来るだけ長く使って行きたい」

「だから……長く使うために……裏返してリバーシブルなんですか?」

「そう。まず表を使って次は裏を使えば、二倍の長さで使い続けられるんだ」


 再び微笑んだまま頷いた彼に、私は少し躊躇ったが意を決して言う。


「あのっ、それ、長持ちの方法にしても特にダメなやつです」

「……え?」

「まずマスクの使い方として凄く間違ってます。裏を外にしちゃったら、上向きのプリーツにゴミ溜まっちゃうんですよ。それに、菌や埃沢山くっ付けた外側なんか次に口に当ててどうすんですか」


 私の話が分かったのか分からないのか、彼は瞬きしながらこちらを凝視している。

「おまえは今でもずれているのです」

 横にいたこんこんさまが突然言った。

「え? こんこんさま、この人知り合い?」

 私だけでなく彼もこんこんさまへ目を向ける。

「いや、僕と彼女が会ったのは今が初めてのはずだけど」

 彼にとっても、こんこんさまからそう言われたのは意外だったらしい。

 というか……こんこんさまが知ってるって事は、この人、まさか人間じゃない……?

「我位に小さき昔ゆえ覚えておらぬのでしょう。随分と大きくなったのです――『枕返し』」


 へ? 枕返し?

 枕返しって、あの――

 寝てる間に枕をひっくり返して、足のとこまで持ってっちゃうっていう――妖怪?


 じゃあ、さっきのスマホを引っくり返したのも、凄く器用だとかじゃなくて『枕返し』の能力みたいなもの?


「それなんだけどね……僕は今、ジョブチェンジしようと考えてるんだ」

 彼――枕返しらしい何かは、こんこんさまへそう答える。

「枕ではなくもっと今に合った、もっと自分の存在を示せるものに。そして新しい技能も習得した。それが――」

 言葉が終わる前に枕返しの両手が、次に全身の姿がぶれる。

 それも一瞬の事で、彼は両手を胸の前まで上げて同じ場所にいた。

 左手だけを下ろし、右手で私を――私の顔を指差す。

「……?」

 私は自分の顔に触れてみる。さっきの彼が男に迫った時の動きを思い出しつつ。

 指に触れたのは私のマスク。ふと気付いて、それを前へと引っ張ってみた。

 視界に入ったマスクは、いつの間にか裏返っていた。


「この、気付かれずにマスクを裏返す技。僕はこれから、枕返し改め『マスク返し』としてやって行くつもりなんだ」

 


マスクの表裏を間違えて使ってる人は現実で何人か目にしましたけど、さすがにリバーシブルのつもりで使ってる人は一人も見てないです。

紐が付いてる面が表か裏かは、難しい所です。

よくネットでは表が正解の様に書いてるのを見ますし、職場にあったマスクはその通りだったんですが、自分の持ってる市販のマスクだと裏でした。

マスクのパッケージがあるなら、そこにある着けた状態の写真やイラストを参考にすると良いかと思います。




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