家に石投げるのも『出て行け』と貼紙するのも通報でアウトです
「あの、もう大丈夫ですよ」
「……はあ」
「表で変な事してた人たち、いなくなりましたから」
「あ、はい……そうですか……」
インターフォンからの女性の声――あいつらの言ってた学生の母親だろうか――にはまるで抑揚がなかった。
安堵あるいは不安と言った感情も見えず、外で何が起きてるのかもあまり把握してないのではとも見えてしまう。
だけどまあ、そんなもんだろう。
家の中からだと私とあいつらの区別もつかないのかもしれない。
だとしたら、まだ警戒してもいるだろうし、今それを確かめにわざわざ外へ出るのも危ないと考えるのは自然だと思う。
「警察には電話しましたか?」
「え、はい?」
「警察です。まだ通報してませんか?」
私からの問いに少し驚いたっぽい反応が返って来る。
家の外にいる不審者の方から警察への通報を持ちかけられ、意表を突かれたというのもあるだろう。
だがそもそも、そういう対応自体を考えてもなかったみたいだ。
予想通りだったけど。
「え、通報しないといけない……ですか?」
「うーん、ていうか、した方が良いですよ?」
「警察って言っても、ただの……」
「“ちょっといたずらされただけ”じゃないですから。市のHPにもこういうのは『すぐ通報して下さい』って書いてありますし――私からも電話しときますけど、当事者が訴えないとあまり動かないですからね」
本当にうちの市でそんなアナウンスしてたか覚えてないが。
どこかの市町村では書いてた筈。嫌がらせとか県外ナンバー狩りとかがかなり深刻化したとかで。
多くの人が警察沙汰にしようとしないから、ああいう奴が付け上がるって面は確かにあると思う。
声かけついでにその辺も忠告しとくのがベストだろう。
このままあいつらの仲間と思われたままってのも癪だったし。
「はあ……」
「壁とかも結構傷ついてますしね、警察に捕まえてもらってがっつり弁償させましょう」
「は、はい……ありがとうございます」
ようやく返って来たお礼の言葉。
別に欲しかった訳でもないが、こちらの立ち位置を分かってもらえた様で何よりだ。
私は多少すっきりした気分でインターフォンを離れると、背後の人外二名に向き直った。
軽く睨みつけながら尋ねる。
「で、二人だけなんですか?」
「うんまあ……ちょっと、イレギュラーな事があってね」
マー君は質問の意味を察したらしく曖昧に答えて来た。
「イレギュラーとか言われても、あなた達の存在自体がそうだと思いますけど」
「それは人間主体の視野でしかないんじゃないかな。僕は自分たちの存在をレギュラーと認識しているよ」
「そうですか。妖怪の自己認識とかどうでもいいですが」
「……新たな仲間が増えるかもしれないんだ」
「ふうん、でもそれも私たちには関係ない事ですよね?」
マー君は目元を悲しげにするが、こちらとしてもここで甘くする訳には行かない。
彼らがどんな集まり持とうと勝手だけど、変な連帯感で絡め取りに来られても困る。
現に、その『新しい仲間』とやらが現れたら、何でこんこんさまの姿がここにないのか。
「で、まさか……今、その新入りさんと二人きりなんですか? こんこんさま」
「……」
マー君は作った悲しみ顔を引っ込めて、気まずそうに眼を泳がせる。
メリーさんはさっきからずっとそっぽ向いてる。こっちの態度はある意味潔い。
「……とても話好きな方でね……聞き役に最適だったんだ」
「グーで殴っていいですか?」
「避けてもいいなら」
「ああ却下です。拳を逸らすのもやめて下さいね」
言いながら早速半歩前に踏み込んで構え、拳で顎を狙う。
「しょうがないでしょ? 私じゃブチ切れちゃいそうだったし、マー君だって基本人の話聞かないし」
いつの間にか真横に立ってたメリーさんが私の拳の甲を掌で押さえてた。
パッと見分かりにくそうだがかなりの力で、こっちが軸足を踏みしめてもびくともしない。
今になって気付いたけど今日の彼女はジャージだ。
「やっぱり、例の粘着コメ入れてた奴だったんですか。その新人って」
「まあね」
マー君殴るのは断念し、とりあえず彼女から話を聞くことにした。
やはりと言うか、最近彼女の番組に粘着コメしまくっていた奴は人間でなく、彼女達の同胞だったらしい。
メリーさんの生配信を通して彼らの活動に興味を持ったのか、やたらとオフでのアポイントを希望していた。それでマー君たちが彼と会って来たのだ。
今日のこんこん分を補充し終えたこんこんさまも一緒に。
「あの子を置いて来たのは良くなかったって、それは分かってるのよ。私もマー君も」
「じゃあ、何で置いて来るんですか?」
「…………」
私の質問には沈黙が返って来たが、二人の様子がその答えを雄弁に語っていた。
――そいつの相手をし続けるのがそれ程ものすごく嫌だったって事だろう。
「……それでも聞き役を残す必要あったんですか?」
「いやー、私も放置でいいじゃないって思ったんだけどね。あんな仲間は要らないし」
「ふーん、じゃあマスク返しさんの意思って事ですか」
「う、うん……僕らと違い、彼女も特に嫌がっている様には見えなかったし」
「見えなくたって、どう思ってるかは分かりませんよね?」
彼のその言い訳が結構ムカついたので、ツッコミもそれなりに尖ってしまう。
「嫌だと言わなかったから、嫌がってる様に見えなかったから、そんな理由付けて黙ってる子に何でも押し付ければいいって考えの人がいるから、みんな何言われてもNOって拒否らなくちゃならなくなるんですよ。最近の子達が昔より我儘になったんじゃないんですよ、分かります?」
「あ……うん」
「あなたもこんこんさまの古い知り合いなら、彼女がどうして生まれたのか、そういう奴らがどうなったのか、良く分かってる筈ですけどね」
――ちりんっ
言い終えたのと同じタイミングで耳に飛び込んで来た、聞き覚えある音。
マー君がビクッと肩を震わせた。
「……うん、その辺は重々分かっているよ。ごめんね」
珍しい位殊勝な感じでマー君は謝って来たが、彼の反応は私の言葉というよりは今の音からのものに見える。
これ、さっき拾った鈴なんだろうか?
しかし、あの鈴はリュックの中で更に袋入りになってる。
こんなにはっきりした音の筈がない。
「あんた……」
「はい?」
「いや、何でもない……」
見ればメリーさんも身構えてこちらを凝視している。
一体何だろう。あの鈴自体、結構不思議な拾い方したけど、こういう連中に効くアイテムか何かだったのかな。
「謝罪の言葉も大事ですけど、この先どうするかも考えてほしいです」
「うん……取りあえず、迎えに行った方がいいよね」
マー君はそう言いながら手を顎に当ててこちらを見ている。
やがてその手を下ろして、私に尋ねて来た。
「君も来るかい?」
「お断り――と言いたい所ですけど、ちょっとあなた達が信用出来ないんで、そうさせて貰います」
「うん、そう言うんじゃないかなと思ってたんだ」
「――? どうしてですか?」
「まあ、何となくだねえ」
また彼は答えをぼやかす。
気にはなったけどこっちの追及は後回しって事にして、もう少し優先度の高い質問に変える。
「それで、その新人さんはどういう人外なんですか?」
「そうだねえ、色々と濃……個性的な人だね。人じゃないけど」
今『濃い』と言おうとした。
濃くない人外など私は見た事ないんだけど、こいつが『濃い』とか言うってどんだけ濃いんだよ。
早速不安がゲリラ豪雨の雲ばりに覆い始めてるんだけど。
「そういう種族だからというのもあるけど、踊るのが好きで話の途中でも良く踊っているよ」
「おど……?」
ああ、そりゃ濃いですね。
踊るのが好きな妖怪って、どんなのがいたっけかな。
さほど豊富ではない知識の中から、踊る妖怪に当てはまるものを思い出そうとしてみる。
そう言えばさっき――
「さっき、話好きとも言ってましたね」
「うん。色々な話を聞かせてくれる。話題も豊富だよ。人間社会の知識もかなりあるし、色々と……意識の高い所があるかな」
マー君がそう言うと、何故かメリーさんが『あ゛あ゛!?』としゃがれた声で聞き返した。どうしたんだろう。
「ただ、私はあまり長話したい気分じゃないんですけど」
「そこはうまくやるしかないかな……彼は確かに話好きなんだけど、会話はちょっと」
「ああ」
二人の逃げて来た状況ってものがさっきより分かり易くなったかも。
要するに、その場には――他人の話を聞ける奴が一人もいねえ。こんこんさまを除いて。
私はこいつらよりマシだとは思うが、そもそも妖怪の粘着トークなんか初めから聞く気がない。
ただ、こいつらと違い『適当に相槌打ってやり過ごす』という人間の叡智がある。
そのトーク妖怪にハイハイ言って、こんこんさまを連れ出せば任務完了という事か。
これで大体の流れを把握できた。
そう思ってた私に、マー君が突然思い出した様に声掛けて来た。
「ああ、あと、普通の人間が彼の踊りを直視すると精神汚染されるから気をつけてね」
「…………、………………はい?」
いきなり聞こえた不穏な単語に理解が追いつかない。
「直視というかガン見しなければ、大体大丈夫だから。目線を二メートル先の地面に固定しとけばいいと思うよ」
「いやそういう問題じゃなくて……もう一度聞くけど、一体何なんですかその新人」
「うん、踊ってる時の状態から、人間たちには『くねくね』とか呼ばれてるよね」
「……はい、じゃあ私はこの辺で」
帰ろうとした私の両肩が、背後から物凄い力で固定される。
いや何、さっき手を掴まれた時はそう思わなかったけど、『あなたの後ろにいる』メリーさんがこちらを動けなくするって反則じゃねえ?
ついに一ヶ月以上空けてしまいましたが、書きかけていた内容が現状にそぐわなくならずにいるのがむしろ痛いです。
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