夏場のマスクは人のない場所で時々外すのです
「メリーさん、納得行かないの」
先日の成果について、当のメリーさんは機嫌がよろしくない。
今度は彼女の方から私の地元までやって来た。
駅前のカフェ。テーブル向かいの彼女はマスクにサングラス、頭にスカーフまでかぶってるという重装備っぷりだ。
メリーさんとマー君、私とこんこんさまで前回の配信の反省会みたいなものをやっている。店内の小さいテーブルは二人用だけなので長いテーブルを四人で挟んでたが、座席間の距離も結構あった。
今のここは会合に向いてない気がする。そもそも直接会う必要もなかったのではとも思うのだが、メリーさんの強い希望でこうなっている。
「最初失敗したのは仕方ないと思うよ。初めてなんだから。あれでも上手く巻き返せた方じゃない? その後もいい感じに進めたと思うし」
「そういう事じゃないの。何なのこの再生数」
私が入れたフォローにもメリーさんはかぶりを振ると、スマホで配信サイトのマイページを私たちに見せる。
あの配信は録画してあり、放送終了後も動画として公開されていた。
マイページの画面には動画の各種情報、再生数や評価ポイントの合計なんかが表示されている。
『動画の再生数:1274 評価ポイント:48』
これが彼女の動画の数値だった。
「うーん……確かに少ないけど、素人配信の録画、それも一回目にしては多い方だよ」
「これを見るの」
次に彼女が出したのは動画検索のページ。『メリーさん』のタグで検索したらしいその検索結果には、怪談・都市伝説関連の人気動画が並んでいた。
『恐怖の都市伝説 メリーさんがあなたの後ろに』再生数:350万
『メリーさん 呪いの電話は少しずつ近付いて』再生数:240万
『予告編 メリーさんの電話』再生数:60万
「これはメリーさんを題材にした映画の予告編やアマチュア映画。こっちはメリーさんの話を朗読してるだけの動画。本家であるこの私の動画が、こんなもんの数百分の一……千分の一以下の再生数ってどういう事なのよ!?」
そう言われてもな。
メリーさん、あまり本物と認識されてなかった訳だし。大半の人にとって『メリーさんになり切ってるどこかの誰か』でしかないからね。
目の前でぷんぷんしている彼女にそれは言いたくないけど。
あの配信をリアルタイムで見てた人から、それなりに口コミで評判は広まっているらしい。だけど、その母数自体が少ないのだ。
「もうやめますか? 最近は外出してる人も増えましたからね。とりあえず普通の活動に戻っても大丈夫なんでは?」
そんな事を言ってるマー君は何気に調子が良さげだった。
何でもマスクをして歩いてる人間が倍近くまで増えたので、裏返し放題なのだと。
ただ、もしこの状態が進めば次はマスクの人が減るんだが。そこは分かってるんだろうか。
皆の危機感が薄れてきたのに加え、暑くなって来てマスク着用が今まで以上に辛くなるなんて事も気にされ始めてる。
その一方で、外出の自粛はまだ続いている。第二波が来るなんて話題も盛んだしね。
最近は本当に、どう転ぶか分からないって要素が多い。
「ふん、折角始めたんだから、たとえ部屋から出たって続けるの」
「ひょっとして、誰かのとこへ行くのを実況しちゃったりするとか?」
私の口にした予想にメリーさんは大きく頷いて見せる。
その時のマー君の表情で、彼が本気で『やめても大丈夫』と考えたのでなく単にもう続けたくなかっただけなのも十分伝わった。
諦めろ。それも自分で始めた『助け合い』の一環だろ。
「配信の人気を上げるには、まず続けることだって誰かのブログにも書いてあったの。偽物呼ばわりしてる奴も残ってるのに一発では終われないの」
あ、さすがにその辺は心得てるのか。
有名人でない限り、視聴数や再生数を増やして自分をよりアピールしようと思ったら、まずは続けるしかないのだ。続けたから人気が上がるなんて保証は全くないが、続けなかったら絶対にそれは叶わない。
メリーさんはある意味超有名人かもしれないが、現状『それを信じさせる』という所に分厚い壁がある。
「メリーさんの自宅待機実況、明日も第二弾やるの。準備いいわね? マー君」
「……はい」
目に見えてげんなりしているマー君にメリーさんは張り切った声で告げる。
マー君の返事を聞いてから彼女は店内を見回す。
「やっぱりカフェのこの空気はいいわ。メリーさんの近所じゃまだ持ち帰りしか出来ないの。ここまで足を運んでよかった」
「カフェなんて行くんですか」
「そうね。勿論お忍びでよ。メリーさんであることは隠してるの」
「忍ばなくても、わざわざ名乗らなければいいだけじゃない?」
「わ、分かってるわよ!」
「……でも、これからはそうじゃないかもしれないですね」
ムキになってたメリーさんにマー君がぼそっと言った。
「そ、そうね」
「本物のメリーさんの生放送なんてものが人間達に認知されたら、自粛がなくなっても顔を隠さなくちゃならなくなるかもしれませんよ。元々『メリーさん』自体は下手な芸能人よりも知名度あるんですから」
「そんな事は覚悟の上よ。メリーさんも、これを機に生まれ変わるんだから。声を掛けられたらサインの一つ二つ三つ書いてあげるの」
「……でも、あまり親しみは持たれ過ぎない方が良いんじゃないですかね」
強気な姿勢を見せる彼女へ、マー君は釘刺す様にそう忠告する。
「ところで、私、来週から授業再開なんだよね」
駅でメリーさんを見送った後、私はマー君に言った。
「ああ、そう。それじゃ――」
「そっ。メリーさんの手伝いもいいけど、こっちもちゃんとやってほしい訳」
「元々そのつもりだからご心配なく」
彼は膝を曲げ、目線の高さをこんこんさまに合わせる。
「僕たち、ベストパートナーだからね」
「……大丈夫?」
私も膝を曲げてこんこんさまの顔を窺う。マー君のこういう所は見習うべきだろう。
いまいち信用できない所は変わらないけど。
こんこんさまは相変わらずきょとんとした顔のまま、私と彼を交互に見てた。
マスクをしている人は増えても、咳を繰り返してる人はそれほど増えていない。マー君によると、こんこんさまの活動場所は相変わらず病院周辺だという。
「前よりも頼りにしてもらえてるみたいだね」
「完全に信用したわけじゃないけど、悪い事考えてるわけでもなさそうだから」
「ハハハッ、僕が悪い事なんか考える訳ないでしょ」
「そういうとこだぞ」
目元だけでも十分胡散臭い笑みの妖怪マスク返し。
大体、マスク返しなんて名称の時点で信頼感の欠片もないでしょ、普通に考えたら。
こんこんさまに向き合ってる姿なんて、見える人が見たら何か危ない感じが漂ってるよ。
二人連れ立って歩いてたら、歩行者専用道路の標識なみにヤバいよきっと。
ただでさえ誘拐犯ルックスなんだから。
「―――いつりん! いつりんだよね!?」
背後からの大声に全身がびくっと震える。
聞き覚えのある声。振り返ると、数メートル先にやたら派手目な一団。
全員揃って、ウェーブの掛かったグラデーションカラーの髪に盛ったメイク。
その一人がクラスメートの風見紗綾だった。
「何やってんの、こんな時に出歩いていつりんも不良してんじゃん」
お前が言うなと言いたくなるセリフと共に彼女は近付いて来る。
休校前はあまり話す事もなかった子の筈だが、ラインでの絡みが増えてたせいか以前から仲良かったみたいな気安さだ。
「てか彼付きだし。デートかよ」
「……は?」
「何そのお兄さん。何気にカッコいいし髪もすげえアッシュだし超連れ去られそうなオーラぱねえし。もう何色のワンルームだっての」
「そういうんじゃないって」
とんでもない勘違いだ。まさに心外だ。
そう憤慨しつつも、こんこんさまが見えてない人にどう見えるかは考えてなかった事を今更思い知る。
ちなみに私の家はワンルームじゃないし部屋の色はアイボリーだ。
私が抗弁しても、けらけら笑う彼女は誤解を訂正する意思など毛頭なさそうだった。マー君に『自分いつりんの友達のさや言います』などとやけに礼儀正しく自己紹介してやがる。
私の最近ついたあだ名に、マー君の目じりが意地悪気に下がったのを見逃さなかった。
やべえ、『マー君』の仕返しする気満々だぞこれ。
「うん、前から思ってたよ。いつりんは一見真面目っぽいけど裏で色々やってるキャラだよねって」
「裏って何。どこ引っくり返しても私は真面目だよ」
「自粛もぶっちぎって男連れてんのに? 髪黒いけどピアス三つも入れてるしむしろガチっしょ」
彼女の後ろに来ていたギャル仲間から『あんたが言うなよ』『おめーなんかいつも遊んでんじゃん』と突っ込まれている。
ふくれっ面で連れを睨み返した彼女だが、向き直るとふんすと鼻息荒く言い放った。
「アタシはいいんだよ。だってアタシこんこんさまだもん」
「……はい?」
何言ってんのこの子。思わず素で聞き返してしまったじゃないか。
ドヤ顔で自分の服を手で示す彼女。そっちに目を向けると、いかにも彼女らしい肩の空いたトップスは黄色だった。
後ろのギャルたちも『バカだこいつ』とか言いながら爆笑してる。
「マジだって。こんこんしてる奴見たらついてくもん」
「やめろよな。アタシらが恥ずいから」
「マスクだって、ほら見ろよ」
小さくて気付かなかったけど、彼女のマスクの隅にも手描きっぽいこんこんさまのイラストプリントがあった。
見て描いたのかと思うくらい本物そっくりだ。彼女にこんな特技があったのかと意外に思う。
「こう見えて地元愛溢れてんしアタシ。このこんこんさまモードで皆を癒しちまうから。そして、アマビエを超えてやるし」
「でも風見さん、『こんこんさまは祟る』派じゃなかった?」
「さやでいいって。つうかさやね。あれから皆に散々叩かれて、説得されて、考え直したんだってば。それで心機一転、こんこんさま激推しで燃える事にしたわけ」
『地元愛ってより目立ちたいのと金だよな』『どこかにアイデア売り込む気だし』『アマビエ超えるって辺りに本音が……』
仲間にまでそんな指摘されてるが、完全に無視しながら彼女は言う。
「そうそう、いつりん家って昔こんこんさまの神社だったんだよね? 何かもらえたりしねえ? お墨付きみたいなモンさあ?」
聞いた事ないし、あってもあまりあげたくないんだけどな。
彼女に見えていない当の本物は、何か彼女の周りぐるぐる回りながら興味深げにじっと見ている。
どう見ても未知の珍獣への反応だ。彼女の姿が自分を模したものだと夢にも思ってないぞこれ。
つうか彼女にまで家の事バレてんのか……この分じゃクラス中にも……
近付いている登校日を思ってちょっと気が重い。
「いつりんの友達って愉快な人だね」
うるせえよマスク妖怪。
あくまでも予想ですが、学校ルートが当初予定してたより増えて行くかもしれません。
『どう転ぶか分からない』って、まさしくこの小説そのものの事でもあったり。
copyright ゆらぎからすin 小説家になろう
https://ncode.syosetu.com/n6392gd/11/
禁止私自转载、加工
禁止私自轉載、加工
無断複写・転載を禁止します。




