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女王の庭  作者: 燐火
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狭間の教会 後編



教会から出る方法がないまま、敵が無限湧きしてくる。

当の本人も流石に少しばかり体力を消耗してきたらしい。

もちろんオレは手を貸してないし、疲れるも何もないが。


「破壊するべきでしょうか…」


確かに宮川桜の魔法であれば、教会ごと破壊できるだろう。

破壊以外の正攻法での突破法もおそらくあるが、一番手っ取り早い。

魔物といえど実体がある以上、埋めてしまえばすぐには出てこれない。


「その…ただ…破壊すると黒様が怪我されるかもしれません…」


「それくらいは魔法使うよ」


この古い教会と死ぬ気はない。

生きたいというわけでもないが。


「で、では」


少女の手元から強い光が溢れだす。

眩しさにすぐに視界の情報をカットし、彼女から離れておく。


「このくらい…ですかね!」


やがて光が収束し、大きな斧に変わる。

日頃使っているものとは何倍もサイズが違う代物。


「いきます!」


自分の体の何倍もあるそれを、軽々と振り上げ、勢いよく地面に叩きつける。

恐らくまともに聞けば鼓膜が破れる大きな音。

いや、空間を切り裂いたような音だ。

すぐに魔力により風化の如く教会の壁や床が吹き飛んでいくだろう。

宮川桜は間違いなく斬った。


だが。

こちらに来るはずの衝撃は、全く来なかった。


2人で辺りを見回す。

見えるはずの空もなく、あるのは暗闇。


闇の中みたいに、何もない黒。

テスクチャが剥がされた、出口のない亜空間。

だというのに、お互いはよく見える。

外の世界のルールから逸脱した異常な光景だった。


やがて暗闇から泥のようなものが現れ、形ができていく。

それは、ドラゴンだった。


『めざめ めざめた めざ めざめた』


ドラゴンの発声はノイズが酷い。

それも耳障りな機械音のような音だ。

しかし、まるでオレ達と同じ、倭国の言葉だった。


「黒様、ご無事ですか?このドラゴンは一体…」


「ああ…」


ドラゴンは壊れたような発声をするわりには、動かない。

まるで壊れたおもちゃだ。


「黒様、ここ、何か変です。空気が…」


不思議に思い彼女を見ると、呼吸が荒い。


これは、まずいかもしれない。

普段は耳の辺りだった桜のツインテールが、首の辺りまで伸びている。


第2魔法の先触れだ。

魔術師の防衛本能でもある。


「…っ、毒か!」


動かないのではなく、動く必要がないということか。

オレは第1魔法の関係で、毒や干渉は全く効かない。

その関係でどうしても、その手の攻撃に気づくのが遅れる。


大気中をイジろうにも、この暗闇のあらゆるところから魔力の毒が湧き続けている。

宮川桜の口元を覆う形で浄化のコーティングをする。

体内からも取り除く。

本来なら本人の肉体強化で済むことだが、気づくのが遅かったらしい。


「うっ…はあ、あ、ありがとうございます。良くなりました」


流石に、死なれても困る。


このドラゴンを倒せば、ここから抜けられるのだろうか。

けれどもドラゴン自体、形を持っていながら気配が大気と変わらない。

倒したところで元に戻りかねない。


この空間はまるで切り離された小さな世界だ。

元の世界と繋がるルートがない。

無い以上、いくら干渉しても、オレの魔法ではここから出る方法が見つからない。

こんなことなら、まだ干渉ができた時点で狭間の教会から戻るべきだったか。

いや、さっきの教会自体、目に見えていたのはまやかしで、実際はここだったのだろう。


どの道ここに来た時点で詰んでいた。

どうにかできるとすれば、理事長ワープくらいだ。


「幾ら強力なスペルがあっても、神の領域には無力だね」


外の世界と繋がっていないということは、ここは異界。

独立した世界は、神の領域だ。

魔術師と言えど人。

こうしたものに対抗できる魔法は、多くない。


理事長のワープは、理事長が知る場所であれば繋ぐことができる。

今いる場所がどこでも、向かう場所が知る場所ならば移動できる魔法だ。

つまり理事長がこの領域に来てくれれば、ワープは可能だ。

しかし、ここに呼ぶことが現実的でもない。


いや、方法ならあるか。


「…1つ方法がある。かなり無茶させるけど…」


「はい。もちろんですわ」


最後まで聞くこともなく、彼女は頷いた。


第2魔法。

魔術師は先天的に、憑依魔法または非憑依魔法のどちらかを必ず持つ。

宮川桜とオレは憑依魔法という、強力だが危険もある魔法だ。

非憑依魔法は安全だが、憑依魔法よりは弱いのが特徴だ。


宮川桜の第2魔法は、かつて弓咲女王と呼ばれたディアリアという強力な魔術師に憑依される魔法で、体の主導権を取られるものの、ディアリアの極力なスペルを使うことができる。

特にディアリアは、弓咲という地や縁ある人に絶対的な命令権を持つ。

 

「この空間を弓咲として上書きしたり、弓咲をこの領域と繋げられない?」


桜は少し考えたあと、首元の首輪のようなリミッターを外し始める。


「確かに、弓咲への命令権で、この領域まで弓咲を近づけられるかもしれません。」


リミッターは第2魔法を封じるもの。

首元が主流なのは、万が一封印を憑依体が無理に解いたとき、呪文を唱えられないようにするもの。

オレ達魔術師は呪文を唱えないが、実際には呼吸がその代わりになっている。

魔力により音も無く喉を動かしているようなものだ。

つまり首元の魔力をリミッターでコントロールすることで、魔法を封じることができる。


『あら、今日も雑用なの?冷たい人ね』


同一の声でありながら、明らかに別人の話し方。

ディアリアだ。


「ここから出られなくて困るのは、オレ達だけじゃないだろ。協力してくれ」


素直に言うと、妙なものを見るような顔をする。

第2魔法を使うところはあまり見たことはないが、弓咲女王といえば高笑いのイメージがある。

そんな表情をすることもあるのか。


『珍しく謙虚ね。いいわ。悪戯しようにも、ここからさっさと出ないといけないもの』


ディアリアは、今の言葉ではない、不思議な呪文を唱える。


これは古代の魔法だ。

自分の憑依魔法でもなければ、そうそう見れるものではない。

ディアリアは確か、3大神話における中編、創世神話の魔術師だ。

世界創世期に唯一神を悩ませた、ランダムに生まれてしまう強すぎる個体の1つ。


やがて、ディアリアは呪文を唱えるのをやめる。

見た目こそ変化していないが、確かにすぐそこに女王による加護を持つ土地があると感じる。

後は、宮川桜とオレの体に干渉し、その位置まで乗せるだけ。

それはオレの仕事ということらしい。


『礼なんか言われてはたまったものじゃないわ。後は任せたわよ』


言うだけ言うと、ディアリアはさっさと去っていく。

どうもオレの干渉魔法を受けるのが嫌らしい。

いかにも女王らしいプライドだ。







「あれ…ここは…」


「弓咲女王が繋いでくれて元の世界に戻ってきた。で、ここは病院」


大雑把な説明だが、理解したらしい。

宮川桜は、今の今まで気絶して横たわっていた。

第2魔法の影響だ。


いくら強力なスペルを使えても、彼ら古代魔術師の魔法は、現代人と魔力の消費感覚が違う。

第2魔法を使ったあとは恐ろしい疲労感や激痛に苛まれる。

諸刃の剣なのだ。

酷いと命を落としかねない。


あの後、教会の前でオレ達を捜索していた本職の魔術師達に保護され、念の為検査をされている。

話によると、他の誰もあの空間に入れなかったらしい。

一体条件は何だったのだろうか。


「黒様、随分お手を煩わせてしまいました…すみません」


アンデッドのような有様で、よく言う。

怪我は無いが、第2魔法の消耗で魔力がごっそり持って行かれているのがわかる。

逆にこちらといえば、全く疲弊していない。


オレなんか放っておいてもっと自分を大切にすればいいのに。

そういう風に言おうにも、そんなことを言う自分というのがどうにも想像できず、思わず口を噤む。


「…病人は大人しくしていればいい」


酷い言いようにも関わらず、彼女はありがとうございます、と微笑んだ。



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