狭間の教会 前編
珍しく、教師が現れる。
前職は4区の研究員らしい、条グループの男。
条グループはあの一条博士の一族で、4区を支配している研究者集団だ。
今となってはほとんど解体されている。
今日は課外授業の説明に来たらしい。
「プロの魔術師も人手不足でね。入学して早速だけど、狭間の教会の場所特定について皆さんにも協力いただきたいんです。」
狭間の教会というのは、魔物達が棲む魔界と繋がってしまった危険な場所。
少し魔法をかじっただけの学生が行くには危険だと思うものの、それほどまで人手不足ということか。
「4人チームを組んで各教会を探索、もし痕跡が見つかったら学園にサインを送ること。どんな小さな魔物でも決して戦おうとはしないでください。自分たちの命が最優先ですから。」
話によると、実際は現役の魔術師に捜査されている場所の再確認らしい。
やることはあくまで経過観察だとか。
今日の出席人数では、4人チームとなると2人欠けか。
「黒江さん、宮川さん。申し訳ないですが、出席人数の関係で…成績上位のお2人には、弓咲教会の探索をお願いします。お2人なら問題ないと思いますが…」
代わりにもう1人を見る。
オレは戦う気がないし、許可するのは宮川桜の役割だろう。
「はい。仕方ないと思います。お任せください!」
宮川桜は、堂々と頷く。
どうやら2人きりと喜んでいるらしい。
優しい先生は、気遣うようにオレ達を見る。
「いいかい。君達は下手なプロより強い魔術師かもしれない。それでも、少しでもおかしいと思ったら戦わずに逃げて欲しい。これは先生との約束だよ。」
それに頷いて、席に戻る。
と言っても準備する事もないが。
「宮川さん、行けそう?理事長のワープ出てるけど。それから…」
「黒様は戦わないんですよね!承知しております!桜にどーんとお任せを!」
魔物は減らしたところで、魔界と繋がっている以上、ほとんど無限湧き。
処理しても仕方ないものに、力を使う気にはなれない。
宮川桜は、実質1人で働けと言っているのに、不満どころか自信満々だ。
言っても仕方のないことだが、こんな扱いを受け入れるなんて、彼女の周りは疑問を持たないのだろうか。
それとも、元からそういう気質なのだろうか。
見返りの無い努力なんて、成果や結果ありきで動く自分には到底理解できないことだった。
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運の悪さを実感することは、ままある。
例えば今がそうだった。
廃墟と化した弓咲の古教会に踏み入れる。
ただそれだけのことで、気分は最悪だ。
「結界、ハズレを引いたね。いや、ある意味当たりかな」
閉じ込められた。
よりによって、ここが狭間の教会と繋がっているらしい。
現役が調べているはずだが、場所ではなく特定条件で起動するトラップのようなものだろうか。
「ここが狭間の教会の入り口でしたの!?」
宮川桜は、驚愕する。
無理もない。運の悪さにため息しか出ない。
ひとまず、学園にサインを送るが、通じている気がしない。
ジャミングと言うよりは、携帯が圏外みたいな、そんな雰囲気だ。
この結界は中々抜けられそうにない。
「結界っていうよりも異界そのものだな」
元来た道はとうにない。
前に広がる長い廊下が、いかにも真っすぐ進めと存在感をアピールしている。
どう見ても罠だ。
あまり気は乗らないが、オレも魔法を使うことになるかもしれない。
魔力の高いオレ達に寄せられて、これから次々に魔物が来るだろうことは明白だ。
無限湧き相手では、さすがの宮川桜でもジリ貧になるだろう。
下手すると1日交替で戦うくらいの耐久戦になりそうで、既に眩暈がする。
「ひとまず…移動する他ありませんね」
罠にかかるようなものだが、それしかない。
一か所にいれば全てがここにきてしまう。
「…早速向かってきてる。すぐに離れよう」
桜は生成した斧を持つ。
自己強化の魔法は、魔法の拡大解釈により自身の肉体だけではなく、自分用の武器を生成できるらしい。
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廊下の先で、散らかった教会に辿り着く。
この部屋も何かしらのギミックがあるらしく、来た道もそれ以外も扉に鍵がかかっている。
万物干渉を掛けると扉に干渉はできる。
しかし、干渉した先に敵が詰まっていて、開けるのが憚られた。
ここが狭間の教会の最深部なのだろうか。
「狭間の教会は魔の領域と人の領域を隔てる狭間だそうですが…教会の先は魔の世界なのでしょうか。」
話によればそうだが、そもそも神話によれば、魔の世界なんて無いはずだ。
この世界は唯一神アリアが管理を任せられた、人の世界。
この教会も魔の領域も、人の世界の一部のはずだ。
もちろん神話が必ず正しいとも言えないが、魔術師は誰しも唯一神アリアの存在を目で知っている。
魔術師に魔法を与えているのが、唯一神だからだ。
「僕に聞かれてもわからないけど…この教会自体が、理解の範疇を超えてる。まるで世界のバグみたいだ。」
この会話をするうちにも、桜は100体以上を片付けていく。
見慣れてしまったが、とんでもない魔力の高さだ。
スペルの強さではなく魔力量なら、オレよりも上かもしれない。
「黒様は、どんな女性がお好きなのですか」
「は?」
余裕すぎるのか、雑談を始めている。
あまりの呑気さに、変な声になってしまった。
案外オレの出る幕は無いかもしれない。
スルーしようと思ったが、存外にしつこい。
「そ、その。…その分働くので、お答えいただけませんか?」
どうでもいい…。
だがしつこく聞かれるくらいなら、答えてしまったほうが早いのも事実だ。
「さあ。人間好きじゃないし。無いよ」
率直に答えると、脱力したような動きをする。
そんなにがっかりしなくても。
答えにはなっていないが、嘘ではない。
「そ、そうですか…そうですか……少しくらい理想に近付ければと…」
これ以上は放っておこう。
「聞くまでもないことでしょ」
冷たく返すと、さらに肩を落とす。
しかしその間に、またウヨウヨと魔物が湧いていく。
彼女も諦めたのか、悲しみを戦いにぶつけて黙々と作業している。
…好み、ねえ。