好奇心は後味苦く
「黒江、桜を見てないか?」
クラスメイトの白銀龍だ。
「いや、見てない」
よく昼に話しかけてくるが、今日は見なかった。
珍しいこともあるものだ。
購買のパンを買って戻る間に、教室から去っていたらしい。
もちろん魔法を使って調べることはできるが、それほどオレは協力的ではない。
「そうか、どこにも居ねえんだよな。昼飯忘れてどこ行ったんだか」
不用心にも机に置かれた宮川桜の弁当には、まだ手を付けられていない。
このぐらいの時間では、普通はすでに食べ終わっている頃合い。
なんせあと少しで昼休みが終わる。
「何かあったんじゃない」
パンの袋や包みをゴミ箱に投げる。
魔法で入れているだけで、適当に投げているわけでもないけど。
見るからに顔つきの悪くなる白銀。
白銀と宮川桜は幼馴染らしく、兄妹のように仲が良い。
魔法を使うのは嫌だけれど、これ以上会話を続けるのも非効率的だ。
溜息を吐いて、万物干渉の第1魔法で気配を辿る。
校舎全体に干渉して、誰がどこに居るかを探していく。
見慣れた彼女の気配なら、すぐ見つかるだろう。
「新校舎の2階階段裏にいる。…3対1か。穏やかじゃない呼び出しだね」
「…!さんきゅー。礼はそのうち。」
早口で礼を言うと、白銀は全力で走り去る。
廊下を見れば、既に姿はなかった。
随分とまあ、仲の良いことだ。
礼のための後日ある会話を思うと、今からげんなりしてくる。
次の時間、2人は来なかった。
今頃昼ごはんでも食べているのだろう。
Sクラスには厳密な授業時間は無いし、不在自体は何も珍しいことはない。
実際、今日もこの時間の出席はまばらだ。
「やっぱあの2人ってできてんの?黒江くん」
にやにやと話しかけてくる男を無視する。
十六夜とかいう名前だったか。
どうやら宮川桜が好きらしく、ちょくちょくオレに突っかかってくる。
けれどオレからすれば、交流など全く求めていない。
「ちぇ、無視かよ。なあキーノ、ノート見してくれ~」
しばらく反応しなかったことで、興味を失ったらしい。
日頃宮川桜を完全に拒絶しないメリットは、あいつのような奴が話しかけて来ないことだ。
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放課後になると、いつの間にか戻っていた宮川桜がこちらに来る。
「黒様、あの。お昼はありがとうございます。手伝ってくれたそうで」
礼を言われる筋合いはない。
言うにしても、白銀に言えばいい。
「別に。うるさかっただけ。…そもそも魔法使えば逃げれたでしょ」
言葉に詰まった彼女は、それ以上は何も言わず、礼儀正しく帰っていった。
何か気にでも触ったのか、よくわからない。
気にしても仕方のないことだ。
「あれぇ?噂の会長様!」
生徒会長として完璧を追求しても、面倒な輩は消えない。
ここが国のトップである弓咲学園というのが、悲しいところだ。
「やあ、どうかしたのかな」
努めて明るく接する。
ここは旧校舎ではないから、魔法を知らない奴らの学び舎だ。
Sクラスとして、頂点らしい振る舞いを徹底する必要がある。
「やあって!会長様の話し方ってぇ〜独特ですよね?」
わざとらしく、仲間内で笑い合う奴ら。
この時間も勉強できるのに、なぜこんな奴らに時間を使わなければならないのだろうか。
職員室だとか購買だとか、校舎を行き来しなければならないのが面倒だ。
魔法で校舎全体の認識阻害でもしたいところだが、そのためには監視カメラの位置を確認して改ざんして、外からガラス越しの視線も気にして、と存外めんどくさい。
「そうかな?ところで何の用かな。実は急いでいるんだ。」
持っている荷物で強調する。
けれど3人の男達は、群れて気が大きくなっているらしい。
こちらの進行方向を塞いでくる。
(…ああ、こいつらか。桜に絡んでいたのは。)
昨日気配を辿ったときと同じ、魔力の無い性根の腐った3人組。
読まなくても思考が流れてくる。
Sクラスへの強烈な嫉妬、金持ちや優等生への加虐願望。
「まあそう言わずに。仲良くしてくださいよ~。」
次に言うのは、物陰までついてこい、かな。
どうせ会話をするのだから、聞いてみるか。
「君達、昨日は宮川さんに絡んだでしょう?どんな会話をしたの?」
左側の男が、顔を青くする。
白銀にトラウマを植え付けられたのだろう。
彼の見た目は完全に不良だし、魔法なんか無くても凄んだら厳ついだろうし。
それなのに懲りないのは何なのだろうか。
「なんでそれを…やっぱりあんたら付き合ってるのか?大人しそうに見えてやるねぇ~逆玉の輿?」
動揺を誤魔化すためか、話を逸らされた。
まともに対話できると踏んだオレが馬鹿だった。
「…時間が勿体無いな。」
肩を竦める。
それに、彼らの激昂はない。
代わりに、オレの魔法が誰にも気づかれずに霧散する。
オレの第1魔法は、万物干渉。
人や物に干渉し、操る。
手を上げるだけが暴力じゃない。
ただ彼らの脳内に刻み込めばいい。
『廊下で偶然、"尊敬している"会長とすれ違った。』と。
「あれ?俺?…え、会長!?会長とお会いできるなんて!」
「やあ、こんにちは。じゃあまた。」
3人組を通り過ぎる。
何事も、なかったように。
監視カメラの映像には、あいさつの後すれ違っただけの映像が映る。
こちらを視界に入れていた全ての人から、会話内容の記憶をカットした。
ただの改ざんですら、ここまでしなければいけないのが面倒だ。
しかし、全くもって非人道的な魔法だ。
我ながら、自身の在り方を軽蔑する。
ついでに興味本位で抜き取った記憶は、見たことを後悔する代物だった。
柄にもないことをして、痛い目を見たらしい。
『会長を馬鹿にしないでください!会長は本当はすごく優しくて、いつも勉強してるくらい努力家で、すごい人なんです!』
1人の人間の人生が狂っている。
何故そのような呪いを受けてしまったのか。
自分はどれだけ罪を犯せば気が済むのか。
誰に聞こえるでもない、深い溜め息が出た。