罪の記憶
『弓咲の地』には、一条という天才がいた。
彼は研究所と工場が立ち並ぶ第4区という地の、中心人物だった。
多くの功績を遺した彼を、人々は最も偉大な博士だと褒め称える。
しかし。
こと魔術師だけは、彼を最も凶悪な博士だと後世に伝えている。
何故ならば、彼の遺したものは功績ばかりではなく。
それと同じかそれ以上の、負の遺産だらけだったからだ。
そんな彼は晩年、ただ1つの研究に人生を費やしたのだという。
その行方も秘密も、彼が死した今は誰にもわからない。
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今日も何事もなく、平穏な生活を送る。
成績はトップ。
生徒会長として全校生徒に崇められる日々。
そういった地位を、当たり前にキープすることが、黒江 暁としての責務だ。
「黒様。荷物をお持ちします!」
宮川 桜。
有名なお嬢様で、弓咲で暮らしていれば自然と聞く名字の1つでもある。
何故だかこいつはこちらに気があるというそぶりを見せる。
けれど、それが真実でないことを知っているオレにとって、彼女の態度は不愉快でしかない。
「どうも」
荷物を押し付けて、さっさと一人で移動する。
Sクラスでは、外のように取り繕う意味がない。
元より、オレは人間が嫌いだった。
この学園…弓咲学園には、2つの校舎がある。
1つは一般生が暮らす校舎。
もう1つは、魔術師達が暮らす、Sクラスと呼ばれるクラス。
表向きは、選ばれし優等生たちが学ぶ場とされている。
◇
教室には、見たことがある顔が席に座っていた。
「黒様、どうぞ!」
その中に既にいた宮川桜が、やたらと嬉しそうに荷物を渡してくる。
涼しい顔で、こちらよりも先に着いている。
それがこいつの持つ、第1魔法――自己強化だ。
「ありがとう。さあ、席に戻りなよ。」
やんわりと突き放すような言動で、離れさせる。
こんな扱い、正気なら嫌になるだろうに。
そう。理由はわからないが、今の彼女は正気ではない。
素直に去っていく、桜色のツインテールを盗み見る。
自分の第1魔法を使わなくてもわかる。
彼女には魔力の痕跡が、乱雑に絡まっている。
一体何に首を突っ込めば、それほど複雑な呪いに苛まれるのだろうか。
ましてや、その結果オレに好意を寄せることになるとは、呪われているとしか言いようがない。
人よりおかしな人生を送ってきた自覚がある。
例えば両親はオレが生まれた時からどんどんおかしくなり、最終的に我が家は崩壊した。
最後の夜。
いつもはヒステリックに叫ぶ母が、やけに優しかったのを覚えている。
まるで憑き物が落ちたかのように。
そして次の日、小学校低学年の俺を置いて、無理心中を成し遂げた。
散々な生活で麻痺していたオレは、あの惨状を見たとき、何も感じなかった。
葬式の時も、その後も。
あの時からずっと、両親に対する涙は流れて来ない。
…いや、それも嘘だ。
あの惨状を見た時、オレは思ってしまった。
――ああ、良かった。
これで怯え続ける生活は終わったんだ、と。
それが最初の罪だ。
消すことのできない業。
事件の後、オレは親戚をたらい回しにされた。
あんな両親の子どもだ。
親戚の誰もが、いつかはそういう人間になると感じたのだろう。
最終的に弓咲学園の理事長の援助で、一人暮らしを始めた。
本来一人暮らしなどできない年齢だろうが、魔法で揉み消し放題だ。
オレが良い成績をキープするのは、何も将来とか、そんなことじゃない。
オレはこの学校に来る前から、理事長に相当の借金をしている。
特待生として少しでも学費を浮かせなければ、一生借金奴隷コースということだ。
ジ…ジジ…と脳にノイズがかかる。
少し前のことを思い出そうとするとき、時折こうなる。
オレは入学2週間前のことを、一切覚えていない。
医者曰く、部分的な記憶喪失らしい。
何も思い出せない期間。
それもまた、何かの罪の結果なのだろうか。