ep.4
驚いたエリーナを庇うようにカレヴィは動く。それも意図して動いたのではなく、自然とそうしたとわかる動きだった。以前にも似たようなことがあったのかもしれない。
警戒心を露わにするカレヴィに、その声の主はいつもと変わらない調子で喋り出す。
「驚かせたかな。ぼくとしてはそんなつもりはこれっぽっちもなかったんだけど。別に気配を殺して近づいたわけでもないし」
「エ、エリク殿下……!?」
カレヴィは驚いた顔をしている。その背後にいるエリーナも、若干存在を忘れられているロズリーヌも同様の表情をした。
わたしは──悲しいことに──声でわかってしまったのだけど。
「エリク殿下がどうしてここに……」
「ちょっと外の空気が吸いたくなって、庭を散歩していたのさ。そこのご令嬢と同じようにね」
そう言ってわたしを見てニヤリとエリクは笑う。わたしは笑顔が引き攣りそうになるのを必死に堪えて、淑女の微笑みを保つ。
……エリクにはなにもかもバレている気がする……わたしが嫌になって庭に出たことも、少し落ち込んでいたことも。
──もしかして、いつまでも戻らないわたしのことを心配して来てくれたとか?
……いや、エリクに限ってそれはないか。
「それで、話は聞かせてもらったけど、きみたちはすれ違ってしまっているようだね」
さらりと自然にそう言ってのけたエリクにわたしは盛大につっこみたい。
話は聞かせてもらったって言うことは、盗み聞きしていたってこと? いつから? そもそも王子さまが盗み聞きなんてしていいの? というか、聞いていたのならもう少し早く出てきてわたしを助けてよ!
「……殿下には関係のないことでは?」
ぐっと堪えるようにそう言ったカレヴィに、その通りだと盛大に頷きたい。
きっと本音では関係のない人がしゃしゃり出てくるなと言いたいのだろうけど、さすがに王子さま相手にそれは言えない。権力ってこわい。
……ちょっと待って。わたしも関係ないよね? なのになんで巻き込まれているの? なんでわたし追い返されないの? わたし、この中で身分は下の方なはずなんだけど……。
「きみの言う通り。ぼくにはまったくもって関係のないことだし、普段であれば聞かなかったことにして素通りをするところだ」
「え? そんなこと言っちゃうの?」
思わず口に出てしまい、わたしはしまったと口を両手で塞ぐがもう出てしまったあと。時すでに遅し。というか、そんなことしたら今呟いたのわたしだってまるわかりでは? 素知らぬ顔をしていれば誤魔化せたんじゃ……? もう! わたしのバカ! 気づくのが遅すぎる!
内心大慌てのわたしを置いて、エリクはわたしのつっこみなど聞こえなかったかのように続きを話す。
「──だけど、そこの彼女が巻き込まれているようだから、放って置けなくてね」
そう言ってエリクが意味深に見たのはわたしだった。
エリクはわたしを助けるために出てきてくれたの? 優しいところもあるじゃない!
感動に打ち震えていると、カレヴィが不思議そうに尋ねた。
「そこのご令嬢と殿下はどのようなご関係なのですか?」
「彼女とぼくの関係か。一言で言い表すのは難しいな……」
うーん、と真剣に悩み込んだエリク。
いや、一言で言えるでしょ。わたしたち、幼馴染みでしょうが!
「もしかして、彼女は殿下の……」
思いついた、というように意味深で台詞を止めるエリーナ。
そのあと台詞は想い人とか恋人とか、そんな言葉が続くのだろうという予測は簡単にできる。いや違うからね! わたしとエリクはただの幼馴染み!
「ああ、きみたちが思っているような関係じゃないよ。強いて言うなら、彼女はぼくの──」
エリクは言葉を切り、わたしを見てニヤァと笑った。
……なにか、すごく嫌な予感がするのだけど……わたしの気のせいでありますように……!
「──彼女はぼくの〝おもちゃ〟かな」
気のせいじゃなかったー!!!
しかもおもちゃって! なにそれ! わたしはいつからエリクのおもちゃに!? 人ですらないの!?
そして感動したわたしのこの気持ちを返して!
「は、はあ……そうですか」
「そう。だから、ぼく以外の人が遊んでいるのを見ると気分が悪い。ぼくはこう見えて心が狭くてね」
こう見えてって……どう見たって心狭そうだけど、というつっこみはあとで本人にしてやろうと思う。
「だから、早く彼女を解放してほしくてぼくが出て来たというわけ。それで、ぼくの見解を述べさせてもらうと、エリーナ嬢は彼の話をきちんと聞くべきだし、カレヴィは彼女……ええっとなんと言ったかな……ああ、そうそう。ロズリーヌ嬢に期待させるような態度を取るのをやめるべきだ。カレヴィとエリーナ嬢は両想い。婚約破棄なんてする必要はない。もっと話し合おう。はい、以上」
──え、ええ!? それだけ!? それだけなの、エリク!?
しかも両想いって暴露しちゃっているし! 情緒のかけらもない!
ぽかんとしてエリクを見ていたのはわたしだけじゃないようで、カレヴィもエリーナも同じように見ていた。
……仲間がいた。よかった……!
「きみたち二人よりもぼくが興味あるのはきみの方だよ、ねえ? ロズリーヌ嬢?」
「……は、はいっ?」
思いっきり存在感がなかったロズリーヌにエリクが不意に話しかけたため、彼女は目をまんまるくしている。
だけど……わたしの気のせいかな。彼女はなにか焦っているような感じがする……。
「きみはなにを待っているの? さっきからずっとそわそわしていたよね? 計画外のことが起きたから焦っているのかな?」
「な、なんのことだか、あたしにはさっぱり……」
「ふぅん、惚けるんだ? まあ、いいけど。どうせきみの〝仲間〟から詳しいことは聞き出せるし」
「え……」
ロズリーヌはエリクの〝仲間〟という単語に反応し、顔を青ざめた。
でも、どうして? エリクがロズリーヌの〝仲間〟から詳しいことを聞くと、なにか彼女にとってよくないことがあるの?
「ここ最近、婚約破棄騒動が増えている。その騒動に紛れてこっそりと金目の物を盗み出す輩もいるようだし?」
「────ッ!」
婚約破棄騒動に金目の物を盗む輩……? あれ、それって前にエリクが新聞で読んでいた窃盗団のことじゃない?
──あ、そっか! カレヴィとエリーナの話を聞いたとき、どこかで聞き覚えがあるなあと思ったけど、ミシェルが言っていた話だ。ミシェルが言っていたのは、これのことだったんだ。
エリクに話しかけられてロズリーヌの顔はみるみると青くなっていく。
そんな彼女を不思議に思い、じっと観察をして気づいた。最初、彼女を見たときに違和感を覚えた理由に。
「あなた……もしかして、男……?」
「!!」
わたしの問いかけにびくりと反応するロズリーヌ。
これで確定だ。彼女──いや、彼は男だ。それもとびっきり可愛い。
なんかおかしいと思ったんだよねー。いや、見た目は完全に女の子だし、声だって女の子の声だった。だけど、なんていうのかな……女の子特有のふわってした感じがなかった、というか……。女の子にしてはかくかくしているっていうか……。
「おや。リディもわかっちゃった?」
「……それどういう意味?」
わたしをバカにしているの? そういうこと?
「……ふ……ふふふ……」
「ロ、ロズリーヌさま……?」
突然笑い出した彼にわたしは戸惑った。
男だとバレておかしくなっちゃったの?
「あははははは? まさか、王子さまがでしゃばってくるとはねぇ……! それもあのエリク王子だし、ボクの正体がバレてしまうのも仕方ないかな?」
「……きみ、正体がバレて気がおかしくなっちゃった?」
ちょっと引き気味に言ったエリクに彼は可愛らしい顔をにんまりとさせた。
それにエリクが警戒をした次の瞬間に、彼は重たいドレスをものともせずに軽やかに動き、あっという間にわたしの背後に回り込んだ。そして、いつの間にか手に持っていたナイフをわたしの首のすぐ近くに当てた。
「──動かないでね。動いたら彼女の首がスパーンって飛んでいくよ? ボクはそれでも一向に構わないけどさ」
すぐ近くできらりと輝くナイフにわたしは恐怖で震えた。
まったくもってどうしてこうなったのか理解できないけれど、わたしが人質になってしまったことだけは、あまり回転の良くないこの頭でも理解できた。
少しでも動けば、わたしの命はない。
こういう命のやり取りとは無縁の世界で生きてきたわたしは、ただ恐怖で震え、誰かに縋ることしか考えられない。
──こわい、こわい、こわい……! 誰か……助けて……助けてエリク!!
悔しいことに、涙が勝手にあふれ出て、わたしの視界が歪んでいく。
そんな視界の中で、カレヴィは歯がゆそうに顔を顰め、エリーナは顔を青ざめているのがわかった。
そして、エリクは──。
「…………だな」
「なにか言った?」
「バカだな、って言ったんだよ。聞こえなかった? きみの耳は飾りかな?」
「……なんだって?」
ムッとしたように言った彼は、すぐにひゅっと息を飲んだ。
それはきっと、恐怖からだ。
──だって、エリクの顔は今まで見たことがないくらい、冷たくて怖い顔をしているから。
「本当にバカだよ、きみは。──彼女に手を出さなければ、痛い目に遭わずに済んだのに」
「な……なに言──」
彼がなにかを言う前に、エリクが視界から消え、次の瞬間には彼に強烈な蹴りを食らわせてわたしと引き離した。
一瞬のできごとで、わたしにはなにがなんだかさっぱりわからなかった。
カレヴィが彼の様子を確かめに近づくと、彼は気を失っているようだった。
とりあえず、わたしは解放されたらしい、ということだけ理解はできた。
「リディ、大丈夫?」
いつになく優しい声でわたしに問いかけるエリクの声を聞いて、わたしは助かったんだと、ようやく実感できた。
それと同時にわたしの涙腺が決壊した。
「エリク……エリク……! すごくこわかった……!」
「うん、そうだね」
「しんじゃうかとおもった……!」
「……うん。大丈夫。ぼくが絶対にリディを死なせないから。なにがあってもぼくがリディを助けるよ」
「う、うわあああん!」
大声をあげて泣くわたしに、エリクは呆れることなく優しく背中をさすってくれた。
わたしはそんなスーパーレアな優しいエリクに縋りついて、気が済むまで泣いた。




