ep.3
メラメラと燃え上がる闘志とは正反対に、わたしの理想の王子さま探しはまったく順調ではなかった。
何人かとお話をしたけれど、これといった印象はなかった。きっと相手も同じだろう。
そんなわたしとは対照的に、エリクはご令嬢方にきゃあきゃあと囲まれ、いつもの無愛想さが嘘のように笑顔を振りまいている。
……なんなの、あれ。わたし、エリクにあんな笑顔を向けられたこと、一度もないんですけれど。いや、だからといって別になにか問題があるわけではないのだけれど、なんかこう……すっきりしない。
いろいろな意味で疲れてしまったわたしは、外の空気を吸おうと中庭へ出た。
人気のない庭をゆっくりと歩いているうちに、段々と気が滅入ってきてしまう。
もしかしたら、エリクの言う通り、理想の王子さまなんていないのかもしれない……そんな弱気な考えが浮かび、わたしは頭を軽く振る。
いいえ! 理想の王子さまはぜったいにいるわ。諦めたら、だめ!
そう自分に言い聞かせ、再度気合いを入れて会場へ戻ろうとしたとき、なにやら言い争う声がした。
痴話喧嘩かな、と思いつつも気にせずに会場への道を戻って行くと、段々と声が大きくなっていった。
その時点でとても嫌な予感がしたけれど、会場へはこの道を通らなければ戻れない。
もしかしたら迂回する道があるのかもしれないけれど、わたしはその道を知らず、下手な道を通れば迷子になる可能性が高い。ここの庭はとても広いのだ。知らない屋敷の庭で迷子になるのなんてごめんだった。
どうかこの声の主たちに会いませんように……と祈りながら進んで行ったけれど、その願いは残念ながら神様には届かなかったようだ。
わたしは運悪く、一人の男性と二人の女性がなにやら揉めている場面に遭遇してしまった。
「婚約破棄よ! 浮気をするなんて、最低……!」
「違う、誤解なんだ!」
「浮気をした人はみんなそう言うのよ。もう信じられない……!」
「エリーナ、俺の話を聞いてくれ」
「触らないで!」
エリーナと呼ばれた女性が男性の手を思い切り叩き、彼の手を払いのける。
二人の間にいた女性がおろおろとして「カレヴィさま……」と男性に近づき、その手を取ろうとするのを、男性が拒否した。
「……俺に触れないでくれないか、ロズリーヌ嬢」
「そんな……どうしてですか? あんなにあたしに優しくしてくださったのに……」
「君に優しくした覚えはない。俺にまとわりつくのをやめてもらえないか」
「酷い……!」
ロズリーヌと呼ばれた彼女は、カレヴィと呼ばれた男性の言葉に顔を歪めた。
ロズリーヌはとても可愛らしい顔をした人だ。男性から見れば庇護欲をそそるような、そんな容姿をしている。
だけど……なんとなく、彼女には違和感がある。しかしその理由がわからなくて、すごくもやもやする。
もんもんとわたしが悩んでいる間にも言い争いは続き、エリーナはそんな二人の様子を冷めた目で見て「バカバカしい」と冷たく吐き捨てた。
「そんな茶番をわざわざ演じなくても結構よ。お二人は愛しあっているのでしょう。わたくしのような可愛げのない婚約者など、さっさと捨ててしまえばいいのだわ」
「だから誤解だと言っているだろう! 彼女とはなんの関係もない。むしろつきまとわれて困っていたくらいなんだ」
「どうだか……。そんなこと言っておきながら、内心では喜んでいたのではなくて? 彼女、とても男性ウケの良い方ですから。言うだけならなんとでも言えますものね?」
「違うと言っているだろう!? どうすれば君は俺の言うことを信じてくれるんだ?」
「だから、信じられないと言っているでしょう。いい加減わかっていただけないかしら」
うわあ……すごく修羅場。ここを通らないといけないなんて、なんて不運なんだろう、わたし。
どうしたものかとしばらく様子を伺ってみたものの、三人の話は平行線で、一向に話が進む気配がない。
……仕方ない。ここはわたしが気配を消して三人に気付かれないように通ろう。それしか方法もなさそうだし、女は度胸だって本にも書いてあった。
わたしは覚悟を決め、抜け足差し足で音を立てないように、気付かれないように慎重に進む。
三人の意識は完全に互いに向けられていて、周りの様子を伺う余裕はなさそうだから、きっと大丈夫。バレないはず。
あともう少しで三人の横を通り過ぎるとほっとしたとき、エリーナとばっちり目が合ってしまった。
げ……! いやぁな予感が……。
「そこのあなた」
「は、はい!」
呼び止められて条件反射のように返事をしてしまい、激しく後悔した。
ああ、なんで返事をしちゃったんだろう、わたし……いや、返事をしなくても結果は変わらなかったと思うけど。
「あなた、わたくしたちの話を聞いていて?」
「え……えーっと……」
どうしよう、なんて答えればいい?
ここは素直に頷くべき? それとも誤魔化すべき?
どうすればいいのか判断ができなくて、誰かに縋りたくなる。その誰か、にまっさきに思い浮かんだのが、あの嫌味な幼馴染みの顔だというのが実に腹立たしいけど。
なかなか答えないわたしにエリーナは「まあ、いいわ」と軽く言う。
解放してくれるのかとほっとしたのも束の間、彼女はわたしの近くにやってきて、「よく聞いてちょうだい」とわたしにこの状況説明をしだす。
……どうしてこうなったの。なぜわたしはこうなった経緯を説明されているの。
困惑しながらも彼女の話を簡潔にまとめると、エリーナとカレヴィは家同士で決められた婚約者で(このあたりはすぐに想像できた)、幼い頃から付き合いがあるのだという(つまり幼馴染みってことね)。
それなりに仲良くやっていた二人だけど、数か月前からカレヴィの様子がどうもおかしい(浮気?)。
怪しんだエリーナがカレヴィのことを周りにさりげなく聞くと、彼はエリーナ以外の女性とよく一緒にいるという噂を耳にし(浮気調査ってやつね!)、その現状をこの夜会でしかと目にした(浮気現場取り押さえなのね!)。
なので、婚約破棄を願い出たら断られ、今に至る、と……。
なるほどなるほど。状況はよくわかった。
わかったのはいいけど、それとわたしになんの関係が? わたし、この三人に会ったのは今日が初めてなんですけどね?
……あれ。ちょっと待って。この話、どこかで聞いたことがあるような……?
でも、どこで? うーん……思い出せない……。
わたしが一人で記憶を一生懸命手繰っていると、エリーナが話しかけてきた。
「──というわけなの。あなたはどう思いまして?」
「……へ?」
記憶を手繰るのに夢中だったわたしは間抜けた返事をしてしまった。
いけない……こんな顔、淑女失格だわ……! なんとか誤魔化さなくては!
わたしはすぐに控えめな微笑みを作り、答えた。
「あなたのお話を伺う限り、彼が悪いように思います」
そう答えたわたしに、エリーナは満足そうに頷く。
よし、これでわたしの淑女らしからぬ顔を誤魔化せたに違いない。さすがわたし。やればできる子!
……そうやって自分で自分を褒めるのは、想像以上にむなしかった。
「そうでしょう? ほら、誰が聞いてもあなたが悪いと言うのだから、悪かったと認めてはいかが?」
「くっ……俺は本当に浮気なんてしていないんだ!」
エリーナは「往生際の悪いひとね」と冷めた目でカレヴィを見つめた。それにカレヴィは悔しそうに顔を歪める。
……うーん……本当に彼、浮気していないような気がする……これは彼の話を聞くべきか?
わたしが悩んでいる間にも、二人の平行線の会話は続いている。
「俺が愛しているのはエリーナだけだ!」
「そうやって、そこの彼女にもおっしゃっていたのでしょう。……もう、あなたとの会話はうんざりよ。わたくしは帰ります。帰ってお父様にこのことはお話しておくわ」
「ま、待ってくれ、エリーナ!!」
そう言って歩き出したエリーナの腕をカレヴィは掴み、それを思い切りエリーナは振りほどいた。
「彼女に触れた手でわたくしに触らないで!」
そう叫んだエリーナの瞳は潤んでいた。
──彼女はカレヴィのことが本当に好きなんだ。
そう、誰にでもわかるような目をエリーナはしていた。
これが本当に誤解なら、きっと二人とも後悔をする。なんとかしないと──とわたしが口を開きかけたとき、「──話は聞かせてもらったよ」と、聞き覚えのありすぎる、わたしにとっては今一番聞きたくない声が背後から聞こえた。




