ep.38
王太子殿下と伯爵さまがお帰りになったところで、わたしはエリクに詰め寄った。
「なんてことをしたのよ!」
「なんの話?」
表情ひとつ変えずにそう宣うエリクに青筋が立つのを感じる。
とぼけたって誤魔化されてあげないんだから!
「さっきの話よ! わたしたちで犯人を見つけるとか、証拠を揃えるとか……! そんな大それたこと本当にできるの?」
「……あのね、リディ。これはきみのためでもあるんだよ」
「わたしのため?」
首を傾げたわたしに、エリクは深いため息をついた。
そんなエリクの様子にムッとする。そんな態度取らなくてもいいのに。
「現在、きみはあの倒れた令嬢に毒を入れたのではないかと疑われている。それはわかる?」
「そ、それくらいわかっているわよ……」
わかってはいるけれど、改めて言われるとやっぱりショックだ。
「だから、ぼくたちは国へ帰れない。きっと疑いが晴れるまでは帰してもらえないだろうね。それに容疑者であるきみやぼくは城の外へは出してもらえないだう。仮に許可が降りたとしても、たくさんの監視役に囲まれることになる。そんなのごめんだろう?」
「そうね……」
たくさんの人に監視されるのは落ち着かない。
疑われているのなら、なおのこと落ち着かないだろう。悪いことなんてなにもしていないのに、なにか悪いことをした気分になって挙動不審になってしまうかもしれない。そうなったら、余計に疑われることになる。
「だから、自分たちで疑いを晴らすんだよ。あちらに任せていたらいつまで拘束されるかわかったものじゃない。待っているだけでいるのは、リディも性分じゃないだろ?」
「もちろんよ!」
「なら、ぼくたちが取るべき行動は一つだ。自ら潔白を示し、犯人を捕まえる。幸いなことに、ぼくたちにはその手について詳しい協力者がいるからね」
そう言ってエリクはちらりとユーグを見る。
ユーグはそれに微妙な顔をしつつも頷いた。
「詳しいかどうかはさておき、こんなところにいつまでもいるのはボクとしても困るから、王子サマやリディに協力はするよ」
「当てにしてるよ、ユーグ」
にこりと笑ったエリクはぼそりと呟く。
「……いつまでもこんな格好しているのも、愛想良くするのも疲れるし」
それがエリクの本音だろう。
じろりとエリクを見ても、知らん顔された。
わたしのために犯人探ししてくれるのかと思ったのに、本当に台無しだ。エリクはいつも一言多いんだから!
「それで? まずはなにをするの?」
気を取り直してエリクに聞くと、素っ気ない態度で「特になにも」と答えた。
「犯人を見つけるって王太子さまに宣言したのになにもしないの?」
「今は、ね。まだぼくたちが動くときじゃない。しばらくはユーグに任せる」
「ユーグに?」
「ユーグは情報収集が得意みたいだから、その特技を如何なく活用してもらう」
「……ボクを扱き使う気満々だねぇ……」
引きつった表情を浮かべたユーグに、エリクは綺麗な笑みを浮かべた。
「『当てにしている』って言っただろう?」
「……」
確かに言ってたけどさぁ、とユーグはブツブツ文句を言ったのち、盛大なため息を吐いた。
「……わかったよ。彼女が飲んだ毒、その入手経路をボクなりに探ってみる。でも、あんまり期待しないでよね。ココはボクの管轄外の場所だし、ろくな情報は手に入らないと思うよ?」
「それでもないよりはいい。どんな些細なことであっても、知っているのと知らないのでは大きく違うからね」
「ホント……イイ性格してるよね」
「褒め言葉だと受け取っておく」
褒めてないんですけど、とユーグは半目でエリクを見たあと、わたしの方を見た。
不思議に思って首を傾げると、ユーグがなぜか近寄ってくる。
「ど、どうしたの、ユーグ……?」
「あのね、さっきの会話通り、ボクはしばらく情報収集をしなきゃならない。だから、リディは王子サマの傍に大人しくいるんだよ? 間違っても一人で行動しちゃだめだからね」
「う、うん……わかったわ」
「それから身なりにはきちんと気をつけること。いつもボクが手入れをしている通りにやってね。あと、お菓子の食べ過ぎにも気をつけて」
「……」
まるで母親のようにあれこれ指示をし、それでも心配そうにわたしを見るユーグに表情が引き攣る。
わたしってそんなに信用ないの?
「リディは身なりへの気遣いを手抜きすることが多いから、心配だなあ……王子サマ、ちゃんとチェックしてあげてよ」
「……わかった」
エリクもうんざりしたように頷き、早く行けと言うように手を振った。
それにユーグは不服そうな顔をしながらも、「じゃあ」と言って一瞬で消えた。
それに驚いて口をあんぐりと開けてしまう。
え? 手品? ……じゃないよね……ユーグの超人ぶりにちょっと引いてしまった……。
「面白い顔してもぼくしか見てないよ、リディ」
近くに置いてあった本を開きながら言ったエリクに、わたしはムッとする。
「誰かに見せようとなんて思っていないわ!」
「ふうん、そうなの? まあ、どうでもいいけど」
どうでもいいなら言わないでほしい。
エリクはなぜこんなに意地悪なのだろう。
「……暇だろうけど、しばらくは部屋で大人しくしていよう。きっとユーグがなんとかしてくれる」
「うん……わかったわ」
待つことしかできないなんて歯がゆい。
けれど、わたしにできることなんて現状、なにもないのだから仕方ない。大人しく部屋にいることが、早く帰ることに繋がるんだと信じよう。
「ねえ、エリク。わたしでも読めそうな本貸して?」
とりあえず、暇潰しにエリクの本を読む。
エリクは黙って立ち上がり、普段エリクが読んでいるのよりも薄い本をわたしに手渡した。
どんな本だろうかと開くと──。
「……エリク、どうしてこれを?」
「ぼくの本を渡そうとしたけど、ユーグからの置き手紙でリディにはこれを渡すように書いてあったから」
エリクから渡された本のタイトルは『美しさとは』という、美容に関わることが図解つきで書かれた本だった。
……ユーグがどれほどわたしを信用していないかわかった。ご丁寧に、見て欲しいところには栞が挟まれていて、小さい紙に『これは絶対読むこと!』と書かれていた。
腹立たしく思いながらも、やることのないわたしは仕方なく本を読むことにしたのだった。




