ep.37 エリク
予想通りに王太子はぼくたちを疑っているようだ。
疑うのは当然だ。この国にもぼくの国にもない毒の解毒ができる侍女がいるなんて、まるで怪しめと言わんばかりだからね。
疑われることなど承知の上だ。
そのうえで、助けられるならあの倒れたご令嬢を助けるようにユーグに言ったのだし、むしろこの状況はぼくの望むところである。
……まあ、彼女を助けるように言ったのは、彼女が死んでしまったらリディが責任を感じてしまうのを危惧したからというのもあるけれど。
リディはああ見えて責任感が強いのだ。目の前で「たすけて」と言った人を救えなかったら自分を責めるだろう。
「その毒の知識はいったいどこで?」
にっこりと笑いながらユーグに問いかける王太子に対し、ユーグは困った顔をしてぼくを見る。
──王子サマ、なんとかしてよ。
そう目で訴えかけるユーグに、仕方ないなと思う。
ユーグならぼくなんかの力を借りなくてもなんとかなりそうだけど、彼の今の立場やこの状況、そして相手のことを考えればぼくが答えるのか一番いいだろう。
隣にいるリディがうずうずとし出していることだし、彼らには早めにお帰りいただこう。
「ユゲットの師匠にあたる方は様々な国を訪ね歩き、薬学について学んだことがあるそうですよ。その方から教わった中にたまたま今回と似たような解毒剤があったということです」
そうだろう、とユーグに問いかけると、ユーグは控えめに「はい、その通りでございます」と言う。
「へえ? それはぜひともその者に会い、薬の知識を深めたいものだ。そなたの師はどこに?」
「我が師はわたくしが幼い頃に亡くなりました。今回の解毒剤は、師が残した秘伝の書物の中に記されていたものです」
「……なるほど。では、いつかその書物を見せていただきたい」
「王太子殿下がお望みになるのであれば喜んで」
涼しい顔をしてそう言ったユーグに、王太子は面白そうな顔をしてみる。
……やっぱりぼくの助けなんていらなかったんじゃないか。
ぼくとしてもその秘伝の書物とやらが気になるところだけど、まあそれはいい。本当にあるものなのかどうかもわからないしね。
「これでぼくたちの疑いは晴れたでしょうか」
そう問うたぼくに王太子は冷静な目をして「いや」と答えた。
「殿下」
「いいんだ、ヴィリー。エリク相手に取り繕っても時間の無駄だ」
咎めるように呼んだ伯爵に王太子は首を振る。
どうやら王太子はぼくのことをそれなりに評価してくれているようだ。
「君の想像通り、君たち──いや、リディアーヌ嬢に毒殺の疑いが向けられているのは事実だ」
「なっ……!」
思わずと言うように声を出したリディを見ると、慌てて口を塞いだ。
……言ってからそれやってもまったく無意味だと、いつになったらリディは学ぶのだろう。
「君たちはかの令嬢が倒れたとき、一番近くにいた。彼女に毒を盛るタイミングがあったのも事実だろう」
「なるほど。では、ぼくたちは毒を盛った相手をわざわざ解毒した、ということになりますね。会場に危険を侵して毒を持ち込んで仕込み、毒が回ったのを確認して解毒する。なるほど、手の込んだ犯行だ」
フッとバカにしたように笑ってみせたが、王太子の表情は変わらない。
これくらいで心を乱すような人ではないとわかっていたけれど、面白くない。少しくらいリディのように動揺してくれたら可愛げがあるのに。
「解毒をすることで君たちの犯行ではないと思い込ませるのが策かもしれない」
「ぼくなら毒など使いませんね。それもあのような人目のある場所で、しかも自分の目の前で倒れるように使うことなどありえない。それに、王太子殿下の言うような策があっとして、あっさりと見破られているのだから、ずさんだとしか言いようがありませんし、それをすることになんの意味があるのでしょうか」
キッパリとそう言うと、王太子はニヤリと笑った。
「奇遇だな、エリク。私も君とまったく同意見だ。だが、そういう考えの者が一定数いることは確かなのだ。だから君たちを国へ帰すわけにはいかない」
「……ずいぶんとはっきりおっしゃるのですね」
「言っただろう。君相手に取り繕っても時間の無駄だと。今は一分一秒たりとも時間を無駄にしたくない。……ああ、そうだ。ちなみに、君たち以外のゲストの方々には『我が国の令嬢がエリク殿下方の前で倒れたため、騒動になった』と説明してある」
やはりそういう説明をしたか。
まあ、自国で起きた不祥事を他国の者に知られるのは避けたいと考えるのが一般的だ。
ぼくたち以外の他国から来た人たちはあの場にはいなかったし、きっとその説明で納得はするだろう。
「君たちには大人しくしてもらいたい。私は君たちが犯人ではないと信じているが、それを証明する材料を今は持ち合わせていない。質問することもあるかもしれないが、そのあたりは容赦願う」
「……エリク……」
王太子の言葉にリディが小さくぼくの名を呼ぶ。
本当に不安そうなリディに、大丈夫だと言う代わりにぼくは王太子に対して口を開く。
「嫌です」
はっきりと言ったぼくに、王太子と伯爵、リディが目を見開く。
そしてすぐにリディが慌てたように小声で「ちょっとエリク、なに言っているのよ」と窘めてきた。
「疑われたままただ待っているだけなど、性にあわない。ぼくたちが疑われているのなら、その疑いを晴らすために努力するのが当然でしょう。部屋に閉じこもって大人しくしているなんて、冗談じゃない」
そう言い放ったぼくに、王太子は面白そうな顔をする。
よく見るとユーグも似たような顔をしていた。きっと彼は本当に面白がっているのだろう。そういう性格だからね。
「……ほう。どうするつもりだ?」
「もちろん、ぼくたちで犯人を見つけるのです。ぐうの音も出ないほど、完璧な証拠を揃えてみせます」
「君たちを自由にさせるとでも?」
「もちろん、見張りの者は付けていただいて構いません。その方がそちらも安心でしょうし、なによりもぼくたちが潔白であることを証明することにも繋がるでしょう」
そう言ったぼくに、王太子はニヤリと笑う。
「面白い。言いだろう、犯人探しなりなんなり好きにすればいい」
──おまえたちだけで見つけられるものなら見つけてみろ。
そう言われている気がして嫌な気持ちなった。
もちろん、そんなこと態度には微塵も出さないけれど。
「エリク殿下のお手並み拝見といこうか」
不敵に笑う王太子に、本当に厄介な人物だと心から思う。敵に回すと面倒くさそうだ。
もっとも、そうなる予定は今のところないけれど。
「受けて立ちましょう」
そうはっきり宣言し、横にいるリディを見ると、顔を青くして口をパクパクしていた。




