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ep.28 エリク


 馬車が停まって降りると、リディが「わあ……!」とはしゃいだ声をあげた。

 今にも走り出しそうなリディの手をしっかりと掴むと、不思議そうにぼくを見た。


「どうしたの?」

「きみが迷子にならないようにしているだけだよ」

「まあ! 失礼ね! 迷子になんてなりません!」


 はっきりとそう言ったあとで、小さく「……たぶん」と呟いたリディはある意味素直だ。

 ふっと笑うと、バカにされたと思ったのか、リディがギロリとぼくを睨む。


 そんなリディを無視し、掴んだ手をしっかりと絡める。いわゆる恋人繋ぎというやつをしてみた。リディの手は当たり前だけど、ぼくよりも小さくて柔らかい。手袋越しなのが少しだけ残念に思う。


 リディはぼくの行動に驚いたように目を見張ったあと、俯いた。たぶん、恥ずかしがっているのだろう。嫌がっているわけではないのだと思いたい。


「リディ、行かないの?」


 そう問いかけると、リディはぱっと顔をあげて、「行く!」と言って、ぼくの手をぎゅっと握り返して歩き出した。

 その顔は好奇心でいっぱいで、少しだけ頬を赤くさせながら、キラキラとした目で周りにある店を見る。


 この辺りは出店が多い通りのようだ。

 貴族たちが好むような、高級な物は置いていないけれど、リディは興味深そうに出店に置かれた商品を眺めている。


 さりげなく周囲を見回すと、フレンツェル伯爵が少し後ろを歩いており、ぼくたちを囲むように、しかし邪魔をしない程度に離れたところに騎士たちがいて、周囲を用心深く見ていた。


 一応、ぼくたちはこの国にとって貴賓になるから、当然の警備配置だろう。ぼくたちが煩わしく思わないように配慮もされているし、気を遣われているのがわかる。


「ね、エリク見て」


 リディに声をかけられて、彼女が指す物を見ると、不思議な色合いの石が使われた指輪があった。

 ガーネット、サファイア、アメジストと、ところどころにダイヤが用いられている可愛らしいデザインの指輪だ。


「それがどうしたの?」

「エリクの色にそっくりじゃない?」


 そう言ったリディに驚く。

 確かにガーネットはよく見かけるものに比べて色が薄く、赤紫色に見えて、それはぼくが隠している右目の色に似ているかもしれない。サファイアも濃いブルーではなく、淡い菫の花のような色合いで、ぼくの左目の色に見えなくもない。

 だが、それがどうしたというのだろう。


「自分の顔をよく見ないからわからない」

「じゃあ、エリクの顔をよく見るわたしがそっくりだと思うから、そっくりということするわ」

「……あっそ」


 じゃあ、聞かなければいいのに。

 リディはたまにこういう意味のない質問をする。リディの中ではもう決まっているのに、あえてぼくに問いかけて同意を得るための質問。ぼくが望まない答えをすると、リディは「そんなことない!」と言って、無理やり自分のほしい答えを言わせようとする。


 最初から決まっているのなら、わざわざ問いかける必要はあるのだろうかと思わなくもないが、付き合わないとリディがうるさいので、結局ぼくが折れて適当にリディの望む答えを口にすることが多い。


「お嬢さん、これが気に入ったのかい?」


 じっとリディが指輪を眺めていたからか、店の人がリディに声をかけてきた。


「ええ! とっても素敵な指輪だなと思って」


 にこにことして答えるリディに、店の人も笑みを深めた。


「そうかい。これは隣の国で仕入れた品でねえ。なんでも、旧王朝時代の品物なんだとか」

「まあ、そうなの? それにしては新しく見えるけれど……」

「うんと手入れをされていたのか、指輪部分を新しくしたのか、それともその話がデタラメなのかは知らんがね、元は旧王家が持っていたとかなんとか……胡散臭いが、いい物だと思って仕入れたのさ」


 店の人の話にリディが興味深そうに頷く。

 ぼくとしても、その話は興味深かった。改めてじっと見たところ、石はすべて本物だと思う。指輪部分も、白金を使われているようだ。


「そこの男前なあんちゃん、そこの可愛い恋人への贈り物にどうだい?」


 調子よく言っていた店の人に、リディは慌てたように「わ、わたしは恋人じゃ……」と否定しようとしたのを遮った。


「そうだね。せっかくだし、いただこうかな」

「えっ!?」

「おっ、気前がいいねぇ!」


 店の人はにこにこと笑い、リディは目をまん丸くしてぼくを見た。それに、にこりと笑みを返す。

 言い値の値段を支払い、指輪を受け取ってリディに向き合う。


「リディ、右手の手袋取って」

「え、でも……」

「いいから」


 リディは渋々といったふうに手袋を取る。

 そして、少し不安そうな目で「……これでいい?」と聞いてきた。

 それに頷き、リディの右手に触れて、そっとさっき買ったばかりの指輪をつける。

 指輪の大きさから、恐らく薬指くらいかなと当たりをつけて嵌めると、ぴったりだった。


「え……あの、エリク……」


 戸惑ってぼくと指輪を見比べるリディに、「気に入ったんでしょ」と素っ気なく答える。


「だから、リディにあげる」

「……いいの?」

「よくなかったらあげないよ」


 リディはまじまじと指輪を見て、右手を空に翳した。そして、ふわりと微笑む。


「ありがとう、エリク。大切にする!」


 指輪を頬につけて、嬉しそうに微笑んだリディに、頬が緩みそうになるのを堪える。

 締まりのない顔をリディに見せるのは不本意だし、リディのことだから「気持ち悪い」とかなんとか言って揶揄ってくるかもしれない。それは嫌だ。


 それからリディは手袋をつけ直し、ご機嫌そうにフラフラと店の品物を見て回った。

 リディに付き合いながら、先ほど購入してリディに渡した指輪について考える。


 あの指輪をどこかで見たことがある気がしてならない。まったく同じ物でないけれど、似たような物を。しかし、それがどこでだったのか思い出せずにもやもやする。


 考え事をしていたせいか、リディが手を離したのに気づくのが遅れた。

 そのわずかな時間でリディの姿を見失い、焦る。慌てて周囲を見回すと、ほんの少し先の道の端にリディが背を向けて立っているのを見つけて、ほっと胸を撫で下ろす。


「リディ、勝手にいなくならないでよ」


 リディの肩に手を置いて声をかけると、彼女はしゅんとした顔をしてぼくを見た。

 そして、その手になにか持っていることに気づく。


「ごめんなさい。女の子に手招きをされて……」

「女の子に? それに、その手に持っているのは……?」

「うん、さっきまでここにいた、花売りの女の子がくれたの。なんか、珍しい色の花よね……」


 リディが不思議そうに手に持っている一輪の花を見つめる。

 ぼくも見たことのない花だった。鈴蘭のような形状をした、鈴蘭とは似つかないくらいに濃いピンク色をしている。どこか禍々しく感じてしまうのは、いったいなぜなのだろう。甘い香りとその色のせいだろうか。


「なんの花なの?」

「さあ? あげるって言われて押し付けられて……返そうと思ったときにはもう女の子はいなかったわ」

「ふうん……」


 なんとなく、嫌な感じがする。

 じっとリディの手にある花を眺めていると、伯爵が近づいてきた。


「どうされました?」

「伯爵さま……いえ、女の子に花をもらっただけで、大したことは……」

「花を? 失礼ですが、見せていただけませんか?」

「はい、どうぞ」


 リディが伯爵に花を渡し、伯爵は花を見るなり顔を強ばらせた。


「リディアーヌ嬢、これをくれたという少女はどちらに?」

「え……その、道の先に……」

「その少女の特徴は?」

「えっと……茶色い髪を下で二つに束ねて緑色のスカートと、亜麻色のエプロンをしていました」


 戸惑いながら答えたリディが指さした方を伯爵は鋭く見据えて、周りにいた騎士に指示を出す。


「探せ」

「はっ」


 数人いた騎士のうちの二人が走っていく。

 それをリディは不安そうに見つめた。


「あ、あの……伯爵さま……」

「すみません、王都の案内は今日はこれくらいで。それと、この花は俺が預からせていただきます」

「その理由を伺っても?」


 すかさず質問したぼくを、伯爵は表情変えずに見つめて言う。


「この花は、我が国で最近見かけるようになった毒に使われている物です」

「毒……?」


 びっくりした顔をするリディに、伯爵は真顔で頷く。


「はい。なので、その花を回収し、破棄させてください」

「わかりました。お願いいたします」


 リディはすぐに頷くと、伯爵も小さく頷き、近くにいた騎士に花を渡し、袋に入れた。

 そして、馬車に戻るようにぼくたちを促す。


 ぼくは伯爵とリディに気づかれないように、小さく声をかける。


「……リディに花を渡した女の子を追いかけて」

「了解」


 短く返事があって、ぼくたちから離れる気配を感じる。

 ユーグはぼくたちを送り出すふりをして、後をつけている。こういうのはユーグに任せた方が確実だ。蛇の道は蛇、というやつだ。


 まさかこれほど早く接触してくるとは。

 予想外だったが、まあいい。


 この国に来た目的は二つ。

 一つはリディにぼくを意識させること。

 そしてもう一つは、この国にいる暁闇の連中に大打撃を与えること、だ。

 上手くいけばセルグスにも恩が売れる。うちの国とっても、悪いことではない。その代わり、失敗したときは取り返しがつかなくなるけれど。


 そして、ここでぼくが動けば、奴らも次の行動に移さざるを得ないだろう。奴らにとって、ぼくはなんとしてでも引き入れたい存在だろうから。

 奴らが動き出したときが、反撃のチャンスだ。必ず、奴らを叩き潰して、そして──。


「……エリク?」


 リディの声がして、意識をリディに向ける。

 どことなく不安そうな顔をしてるリディに、ふっと笑う。


「なに?」

「なにか悩んでいるみたいだから……ね、わたしにできることはない?」


 真剣な顔して問いかけたリディを見つめ、その柔らかい頬にをふにっと突く。


「なっ、なにするの!?」

「リディの頬は柔らかくて気持ちいいなあと思って」

「はあ……? もうっ! 人がせっかく心配してあげているのに!」


 ぷりぷりと怒るリディに笑ってしまう。

 リディはこうしてぼくの傍にいてくれるだけでいい。それ以外は望まない。


「リディはなにもしなくていい。笑って、ぼくの傍にいて」


 そう言ったぼくに、リディはなにか言いたげな顔をした。しかし、すぐに拗ねた顔をして、ぼくから顔を反らす。


「……エリクのバカ」

「リディ?」


 どうして拗ねたのかわからずに眉を寄せると、リディも眉をぎゅっと寄せて、なにかを堪えるような顔をした。


「エリクはなにもわかっていない」

「なんの話?」

「……もういい」


 そう言って、リディは俯いて黙り込んだ。

 何回かリディを呼んでみたけれど、リディは返事をしない。


 いったい、どうしてリディは怒ったのだろう。

 その理由がわからなくて、ぼくは王宮へ帰る馬車の中、一人戸惑った。


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