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ep.22


 エリクもわたしも変なまま、わたしたちはセルグス王国へと入った。

 国境付近はわたしたちの国の景色とあまり変わらず、長閑な風景が続いていた。

 それはそうか。言語も文化圏もあまり変わらないのだから、劇的な変化がある方がおかしい。


 王都に入り、馬車の窓から街の景観を窺うと、オレンジ色の屋根が続いていて、可愛いなと思った。

 エリクはじっと窓から外を見ているわたしを見て気になったのか、窓の外をちらりと見る。


「なにがそんなに面白いの? うちとあまり変わらないでしょ」

「うーん……面白いというか、オレンジ色の屋根が続いていて可愛いなと思って」


 エリクは微かに眉を寄せて、首を傾げた。


「可愛い……? ぼくにはその気持ちがまったくわからないけど、オレンジ色の屋根はここが商業区だからだよ」

「……商業区?」

「そう。セルグスの王都は区画化されていて、その区画ごとに屋根の色が違う。商業区の他に歓楽区、工業区、住宅区と……王族や貴族の暮らす貴族区画がある」

「へえ、そうなのね」


 さすがエリク。よく知っている。

 わたしが感心していると、エリクは深く息を吐いた。


「これくらい知っていて当然だから、感心するところじゃないよ」

「え? そうなの?」

「そうだよ。……お願いだから、あまりおバカな発言はしないでね」


 エリクの言葉にムッとするけれど、わたしが無知であることに変わりはないので黙る。


 わたしとは違い、エリクは国の代表として来ているのだから、そのお連れの共であるわたしがおバカな発言をしたら、それをエリクはフォローしなければならない。うっかりバカなことを言わないように気をつけようと思った。


 決して、エリクのためじゃない。国のためだ。

 

「王宮に着いたらリディはにっこり笑っていればいいから。挨拶するとき以外は喋らなくていいからね」

「……わかった」


 むぅ、と頬を膨らませながらも頷く。

 わたしはエリクのおまけだ。エリクの迷惑になるのはわたしの望むところではない。


 でも、わたしってそこまで信用ないの?

 エリクったら、本当に酷い。猫被りくらい、わたしにだってできるんだから!


 ぎゅっと眉を寄せたわたしにエリクは不安そう。

 そんなエリクの顔を見ているのが腹立たしくて、ぷいっと顔を背けた。


 ふんだ! 見ていなさいよ、エリク!

 立派な淑女を演じてやるんだから!




  〇●〇●〇●〇●〇●〇●




 王宮に着くと、盛大に出迎えられた。

 それはそうだ。向こうからすればエリクは隣国の王子さま。丁重にもてなさなければならない相手だ。


 にこやかにもてなしを受けるエリクの少し後ろに、わたしは所在なく立つ。

 本当にわたし付いてきて良かったのかな。少し心配になってきた……。


「エリク!」


 気安くエリクを呼ぶ声にはっとすると、豪奢な金髪にアクアマリンのような瞳をした柔和な顔つきの男性が笑顔でエリクに近づいてくる。

 エリクは彼を見て少し驚いた顔をし、頭を下げた。


「これはこれは……ローレンツ殿下。このたびはご招待をいただき、誠にありがとうございます」


 エリクが頭を下げたので、わたしも慌ててそれに倣いながら、エリクが呼んだ彼の名前に動揺していた。

 さすがのわたしも、彼の名前は知っている。

 彼こそがセルグス王国の王太子──ローレンツ・アンドレアス・ゲルト・ゼクレスさまだ。

 王太子さまが自ら出迎えてくださるなんて……!


「そんなに畏まらないでほしいな、エリク。君と私の仲じゃないか。今日は友人として、君を出迎えに来たのだから」

「恐縮です。本日からしばらくお世話になります」

「うん、我が家だと思って過ごしてもらえたら嬉しい。ところで……」


 王太子さまは言葉をいったん区切る。

 な、なんだろう……わたしは頭下げたままだから、王太子さまがどんな顔しているのかわからない。それがすごく怖いんだけど……。


「そちらの可憐なご令嬢はどなたかな?」


 わたしの心臓がバクンバクンとする。

 王太子さまがわたしの頭を注視しているのを感じる。かといって、わたしが勝手に自己紹介し出すのはよくない。王太子さまはエリクに尋ねているのだから。


 緊張で震えそうになっていると、急に肩を掴まれ、ぐいっと隣に引き寄せられた。

 びっくりして思わず顔をあげると、エリクの綺麗な青紫の目が優しくわたしを見つめていた。

 その瞳がいつになく優しくて、わたしの心臓がどきんと高鳴る。


「ご紹介いたします。彼女はリディアーヌ・クラヴリー伯爵令嬢です。ぼくの──」


 エリクは蕩けるような笑みを浮かべて、爆弾発言を落とした。


「──婚約者です」


 ……は?

 と、声に出さなかったわたしを誰か褒めてほしい。


 誰が誰の婚約者ですって?


「そうか、エリクの婚約者殿だったか。はじめまして、リディアーヌ嬢」


 にこやかにローレンツさまに話しかけられて、はっとする。

 慌ててわたしはドレスの裾を掴み、お辞儀をする。


「お初にお目にかかります。リディアーヌ・クラヴリーと申します」


 にこりと控えめに微笑むと、ローレンツさまは笑みを深める。


「……実に可憐な方だ。うん、エリクにお似合いのご令嬢だな」


 ちょっとローレンツさまの言っている意味がわからない。

 しかし、わたしはにこりと笑みを張り付かせて、そんなことはおくびにも出さないように表情筋を固定する。

 エリクに自己紹介以外は喋るなと言われているし、それ以上に頭が真っ白でなにを言えばいいのかもわからない。

 ここはエリクに任せて、エリクと二人になったらどういうことなのか問い詰めよう。


「ええ。ぼくには勿体ないくらい素敵な方です」


 え……な、なに言っているの、エリク?

 怖々とエリクを見ると、エリクはニコニコとしている。やだ、怖い。


「二人とも、長い旅で疲れただろう。まずはゆっくりと休んでほしい。夜には晩餐に招待する」

「ありがとうございます。楽しみにしております」


 エリクの返答にローレンツさまは満足そうに頷き、背後に控えているメイドたちを見る。


「では、エリク殿下とリディアーヌ嬢を部屋に案内しておくれ」

「かしこまりました。では、ご案内いたします」


 年嵩のメイドが案内をするために動き出す。

 ローレンツに一礼をしたあと、エリクと一緒にメイドのあとに続く。

 その間、エリクに聞きたいことがあってうずうずしていたけれど、人の目があるから我慢する。


「こちらが御二方にご用意させていただいたお部屋でございます」


 そう言ってメイドは部屋の扉を開ける。

 ん? あれ? 御二方の部屋……?


「なにかございましたら、こちらのベルを鳴らしていただければ、担当の者が参ります」

「うん、わかった。ありがとう」

「いえ。では、わたくしは失礼いたします。晩餐の準備が整い次第、またお呼びいたします」


 そう言って綺麗な一礼をして部屋から出ていく。

 広い部屋に残されたわたしとエリク。


 ……ねえ、おかしくない?


「エリク……わたしの部屋はどこ?」


 我が物顔で部屋にあるソファに座ったエリクに声をかけると、エリクはなに言っているだといわんばかりに眉毛をあげた。


「リディの部屋はここだよ」

「……エリクの部屋は?」

「ぼくの部屋もここ」

「へえ、そうなの。…………はぁっ!?」


 どっ、どういうことなの!?

 なんでわたしとエリクが一緒の部屋なの!? いろいろとおかしいし、まずいでしょ!


「バッ、バッカじゃないの! なんでわたしがエリクと同室なのよ!? 今すぐわたしの部屋を用意してもらってよ!」

「いやだね」

「なんでよ!?」

「まあ……いろいろと事情があるんだよ。安心して、リディに対してどうこうすることは絶対ないし」

「わたしに失礼でしょっ! そもそも、なんでわたしがエリクの婚約者ってことになっているの!?」

「その方が都合がいいから。セルグス出るまでの間、きみはぼくの婚約者。もうそう言っちゃったから、そのつもりで振る舞って」

「都合がいいって……もう、いったいなんなのよ……」


 わけがわからない。

 でも、エリクのあの変な態度はこれで説明がついた気がする。わたしに優しい振る舞っていたのも、婚約者として振る舞っていたからに違いない。予行練習ってやつだったんだろう。


 俯いたわたしの前に影が落ちる。

 のろのろと顔をあげると、エリクが困った顔をしてわたしを見ていた。


「……そんなにぼくの婚約者が嫌なわけ?」


 よく見ると、エリクの瞳が少し不安そうに揺れていた。そんなエリクの様子に、戸惑ってしまう。


「エリクの婚約者が嫌だとか、そういうことじゃないわ」

「じゃあ、なんでそんなに悲しい顔をしているの?」


 悲しい顔をしている? わたしが?

 エリクの言葉に少し驚いたけれど、同時に納得もした。そうだ、わたしは〝悲しい〟んだ。


「……エリクがわたしになにも言ってくれないから」


 今回の旅行にしたってそうだ。エリクはなにもわたしに言ってくれない。

 婚約者のことだって、ふりをしてくれって事前に頼まれていたら、仕方ないわねって受け入れたと思う。

 なのに、なにも言ってくれないからムカついたし、悲しくなった。


「わたしは……そんなに信用できないの?」


 言っていて悲しくなってきた。

 これでうんと頷かれたら、わたしはきっと泣いてしまう。


「……バカだな」


 エリクのその一言が胸に刺さる。

 ああ、いやだ。涙が零れそう。

 わたしは涙を隠すために俯いた。


「どうせ、わたしはバカだもん……」


 幼い口調になってしまうのを、許してほしい。

 なにせ、声が震えないようにするだけで精一杯なのだから。


「リディを信用してるとかしてないとか、そういうことじゃない。まあ、リディのことを信用しているかと聞かれたら時と場合によるって答えるけど……リディがぼくを裏切ることがないという意味では、誰よりも信頼しているよ」


 はっと顔をあげると、エリクは少し顔を赤くして、怒ったような顔をしていた。

 その表情がエリクらしくて、妙にほっとしてしまう。


「今回のことを黙っていたのは、ただリディを驚かせたかっただけなんだ。それでリディが悲しむなんて思わなくて……ごめん」


 珍しく素直に謝ったエリクに、わたしは目をぱちぱちとさせる。

 それと同時に、涙がぽろりと零れた。


「……エリクのバカ。そんなこと、しなくていいのに」

「うん、そうだね」

「エリクは頭良いけど、本当にバカなんだから……」

「……すごく矛盾したこと言われている気がするんだけど……」


 エリクは罰の悪そうな顔をして、ごめんと言う。


「……ふん。セルグスの王都を案内してくれなきゃ、許してあげないんだから、覚悟してよね!」


 ふいっと顔を背けたわたしに、エリクは苦笑を漏らす。


「わかった。リディに許してもらえるように努力するよ」

「わたしを満足させなくちゃだめなんだからね」

「わかってる」

「わたしの欲しいものも買うのよ!」

「……段々と要求が増えてくね……」


 わかったよ、とエリクが頷いたのを見て、わたしは満足し、涙を軽く指で払う。


「仕方ないから今はいいにしてあげる。でも……」


 わたしはジト目でエリクを見る。


「エリクと同室なのだけは、解せないのだけど」


 エリクは困った顔をしたあと、どうしようかなというように視線を泳がせた。

 だけどわたしはきちんとした答えを聞くまで、エリクとの同室を了承するわけにはいかない。

 エリクのことだ。なにか同室でなくてはならない理由があるはずなのだ。


「ちゃんと理由を教えてくれないと、許さないんだから」


 そう言ったわたしに、エリクは一瞬固まった。

 そして、ため息を零しながら、重い口を開いた。


マシュマロ始めました!

ご感想など、こちらからでもお伝えいただければ幸いです~。

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