ep.1
「わたし、理想の王子さまを見つけるわ!」
力いっぱい拳を握りしめて、わたしは目の前にいる幼馴染み──エリクに高々と宣言した。
そんなわたしの宣言を受けてもエリクは読んでいる本から顔をあげないし、顔色ひとつ変えずに「へえ、そうなの。頑張れば?」なんて言う。
なんて薄情な幼馴染みだろう! わたしはこれから戦地に赴くような気持ちでいるというのに!
ムッとしたわたしはエリクに近づき、その手に持っている本を取り上げた。
本を読んでいると思ったけれど、エリクが読んでいたのは新聞の切り抜きのようだ。本の間に挟んであった新聞の切り抜きの内容は、今巷を賑やかせている窃盗団のこと。
華麗な手口で多くの美術品や宝石を盗み出し、被害に遭った人は軽く100は超えているとか。その被害に遭った人物は庶民よりも貴族や荒稼ぎをしている富豪ばかりなのが彼らの特徴である。
そんな彼らがまたどこかの家からお宝を盗み出したらしい。こんなに大暴れしているのに捕まらないなんて、色んな意味ですごい。
そもそも、エリクがこの盗賊団に興味を持っていたことが意外だ。こういうの好きじゃなさそうなのに。
わたしが不思議に思っていると、エリクはようやく顔をあげ、実に不満そうな顔をした。
エリクは相変わらずのもさっとした髪型で、本当は綺麗な顔が隠されている。
わたしがどんなにエリクの瞳は綺麗だと言っても、エリクは頑なにその顔を隠す。
もったいないと思うけれど、こればかりは本人の意思だ。わたしにはどうすることもできない。
だけど、わたしの前ではたまにその顔を見せてくれて──無理やり見ているともいう──エリクの顔を見るたびに「綺麗ねぇ」と呟くと、エリクは顔を顰めて「そんなこと言うのはきみだけだよ」と言う。
しかし、その耳は真っ赤になっていて、十年の付き合いであるわたしにはそれが照れ隠しであることはお見通しなのだ。エリクは気づいていないかもしれないけどね!
「……それ返して」
「い・や! わたしの話をちゃんと聞いて」
「きみの話はいつも聞いているだろ」
「ちゃんと、って言っているでしょ。いつもわたしの話なんて半分も聞いていないじゃない!」
「そんなことは……ない、とは言わないけど」
眉を寄せて答えるエリクに、わたしは先ほどまで不思議に思っていたことをころりと忘れ、ほらね、と勝ち誇った顔をする。
……でも、なんでだろう。ひどくむなしい。
「……で、なんだっけ。ああ、そうそう……リディの理想の王子を見つけるって話だっけ」
「そうよ」
なかなか本を返さないわたしに観念したのか、仕方なく、という雰囲気を醸し出してエリクは聞き返す。わたしはそれに胸を張って答えた。
「どうやって見つけるつもりなのさ」
「それはもちろん、夜会でに決まっているでしょう。わたし、ようやく社交界デビューが決まったの!」
「へえそうなんだ。よかったね」
「うふふ、羨ましいでしょう。エリクも一緒にいかが?」
「ぼくは遠慮しておくよ」
「まあ! 冷たいわ、エリク。わたしが社交界デビューするのに付き合ってくれないの?」
「なんでぼくがきみに付き合わないといけないわけ。そもそも人の多い場所は嫌いだ。だからぼくは行かない」
きっぱりと言ったエリクにわたしは「むぅ……」とむくれてみせたけど、エリクが夜会に来ないというのは想定内だ。だってエリクは人嫌いだもの。
「あら、そう。じゃあエリクはこうしてずっと一人で本を読んでいればいいのだわ。わたしに構ってもらえなくて泣いても知らないんだからね!」
「それはないから安心して行ってきなよ」
しっし、と手首を前後に振るエリクにわたしは今度こそ本当にムッとした。
まったく失礼しちゃう! 人を犬みたいに!
「……そもそも、まだそれ諦めていないわけ」
「それって?」
「リディの〝理想の王子さま〟ってやつ。いい加減、夢を見るのはやめたら?」
「まあ! 失礼ね! 夢を見るのはわたしの勝手でしょう!」
「夢を見るのは勝手だけど、自分の年齢を考えなよ。もうそんなこと言っていられるような歳じゃないだろ? 社交界デビューをする伯爵令嬢さま?」
「ご心配してくださってありがとう。でも、大丈夫よ。わたし、まだ十六歳だもの。我が国の貴族令嬢の結婚適齢期は十六歳から二十歳。まだ四年もあるのだから、二年くらい夢を見ていたって平気よ。──まあ、この国の第三王子さまであるエリク殿下が、我が国の貴族令嬢の結婚適齢期を知らないってことはないかと思うけれど?」
嫌味に嫌味で返すと、エリクはフッと鼻で笑う。
「もちろん、知っているさ。ぼくが言いたいのは、きみが求めている〝理想の王子さま〟の条件を満たす人はいないってこと。……ええっと、条件はなんだったかな……そうそう。確か、きみより背が高くて、頭が良くて、格好良い人、だっけ?」
「そうよ。それに、少し意地悪だけどときどきすごく優しかったり、鍛えているようには見えないけれど実は鍛えていて、強くて細マッチョな人だとなおいいわ!」
「……」
自信たっぷりに答えると、なぜかエリクは黙る。
いったいどうしたのかと顔を覗きこもうとするまえにエリクは顔をあげ、にやりと意地悪な笑みを浮かべた。
「そんなやつ、いるわけないだろ。もっと現実を見なよ」
「いるもん! 今度の夜会で見つけるんだから! 今度の夜会はいっぱい人が集まるのよ。だからわたしの理想の王子さまだっているはずだわ」
「あっそ。見つかるといいね」
エリクは興味をなくしたようにそう言って、わたしから本を奪い返すとまた本に目を向けた。
それからわたしがいくら話しかけてもエリク知らん顔。聞こえないと言わんばかりに本を読み続けた。
わたしはしばらくそんなエリクをむぅと睨み続けた。だけどエリクがわたしに構う気はないとわかると、フン! と鼻を鳴らして顔を背けた。
「エリクのバカ! ぜったい、わたしの理想の王子さまを見つけてきてやるんだから! そしたらわたしに『ぼくが間違っていた。すまなかったリディ』と泣いて謝って縋るといいのだわ!」
もう一度「バーカ!」と言ってわたしはエリクに背を向けて歩き出す。
怒っています、というアピールをしたにも関わらずエリクはなにも言ってこなくて、余計に腹が立った。
──絶対、エリクを見返してやる!
わたしはそう、決意を新たにした。
エリクはうちの近くに住んでいるわけではない。
普段は王宮に住んでいるのに、なぜかよくうちの庭にやって来ては本を読んでいる。
第三王子であるエリクがなぜ平凡な我が伯爵家の庭で読書をするのか──そうエリクに問うと、「なにか問題があるわけ」と怒られ、口を固く閉ざしてしまうので聞けない。
エリクは幼い頃に一時的に滞在していた我が家の居心地が良かったからわざわざうちまで来るのではないか、とわたしは予測し、その予測を交えて父さまと母さまに訊ねると、二人はそれも確かにある、と答えた。
けれど、一番の理由はエリクのお母さまとうちの両親が懇意にしており、エリクのお母さまにエリクの逃げ場を作ってあげてほしいと頼まれたから、らしい。
なんでも、王宮の暮らしはとても窮屈で、たまに逃げ出したくなるのだとか。
なるほど、そういう事情であったのか。
わたしはすんなりと納得したものの、なぜこの質問でエリクに怒られるのかがよくわからなかった。
「──ねえ、どう思う、ミシェル?」
「どう思うって……」
真面目に訊ねたわたしに対し、たまたまうちに遊びに来ていたミシェルは綺麗に整えられた眉をハの字にした。
ミシェルはわたしの親友で、資産家として有名なマンブール子爵の娘だ。少し大人びたミステリアスな雰囲気の美人で、まっすぐな黒髪とすみれのような淡い紫色の瞳がその雰囲気にぴったりとあっている。
ちなみに年齢はわたしよりも一つ上。ミシェルの父であるマンブール子爵はとてもやり手な商売人でもあり、一代で巨額の富を得たのだとか。
しかし、娘のミシェルいわくマンブール子爵はとても倹約家で、無駄遣いをとても嫌い、必要最低限の買い物しか許されないらしい。
「リディ、本当にわからないの?」
「わからないからミシェルに相談しているのだけど……」
「はあ……エリク殿下に心から同情するわ」
「なんでミシェルがエリクに同情するの?」
「……この鈍感」
ぎろりとミシェルに睨まれ、わたしは困惑した。
なぜミシェルにわたしは睨まれているのだろう……?
「それで、社交界デビューでどうやってリディの理想の王子さまを見つけるつもりなの?」
「そんなの簡単だわ。目が合えば、こうビビッときて……!」
「……そんなもの物語の中の出来事よ。エリク殿下ではないけれど、いい加減、その夢見がちなところ、直した方がいいと思うわ」
むう、とむくれて見せても、わたしとの付き合いの長いミシェルは涼しい顔だ。
なぜわたしの周りにいる同年代の人たちはこうも現実主義者ばかりなのだろう。もっと夢を見てもいいじゃないか。誰に迷惑をかけるわけでもないのに。
「拗ねてもだめよ、リディ。私はリディのそういうところ、とても好きだけれど、もう少し現実を見なさいな。もっと身近なところにあなたの〝理想の王子さま〟がいるかもしれなくてよ?」
「わたしの身近なところに?」
ミシェルに言われてわたしは自分の周りにいる人たちの姿を思い浮かべてみるけれど、家族とエリクしか出てこない。
……うん、やっぱりわたしの身近に理想の王子さまなんていないな。
「……とにかく、わたしは夜会で頑張ることにするわ!」
ぎゅっと拳を握って宣言したわたしに、ミシェルは深いため息をつき、「エリク殿下、お可哀相……」となぜか呟く。
なんでエリクが可哀想? エリクにバカにされているわたしは可哀想じゃないの?
そうミシェルに聞いても、ミシェルは曖昧な笑みを浮かべるのみで、答えてくれなかった。
しばらく他愛のない話をしたあと、ミシェルが暇を告げた。
わたしはミシェルを見送ろうと我が家の小さなエントランスまで行くと、ミシェルはなにかを思い出したようにわたしの名を呼んだ。
「そう、そうだったわ。ねえ、リディ」
「なに?」
「あなた、最近夜会で〝婚約破棄騒動〟がよく起きるってご存じ?」
「婚約破棄……? いいえ、初耳だわ」
なんでそんなものが人目の多い夜会でよく起こるんだろう。そもそも、婚約破棄ってなに? 普通は婚約解消じゃないの?
「なんだか最近の流行りらしいの。リディにはまだ婚約者がいないから、そんな醜聞とは関係ないでしょうけれど……社交界デビューの夜会では念のために気をつけて」
「ええ、わかったわ。気をつける」
「……私も行ければ良かったのだけど、ごめんなさい。どうしても行けなくて……」
「ミシェルは用事があるのだもの、仕方ないわ。わたしは大丈夫だから、気にしないで」
ね? とにこりと笑うと、ミシェルも安心したように微笑む。
「リディの社交界デビューでの成果、楽しみにしているわね」
「ええ、任せて! ミシェルに素敵な報告をしてみせるから!」
そう明るい声で言うと、ミシェルは心から楽しそうに「期待しているわ」と笑った。




