ep.16
「それでね、ローランさまがね……」
「近頃のリディは、ローランさまの話ばかりね」
わたしの話を遮って、どこか呆れたようにミシェルは言う。
そんなミシェルに、わたしはむぅと頬を膨らませる。
「……なによ、ミシェル。いいじゃない、ローランさまの話をしても。ローランさまはとても良い人だわ」
「ええ、その通りね、リディ。穏やかで優しい人だわ、彼は。でも……以前に言っていた、リディの〝理想の王子さま〟には遠いのではないかしら?」
「う……た、確かにそうだけれど……」
確かにローランさまは、わたしの〝理想の王子さま〟には遠い人だ。
見るからにほわんとしていて、話し方も穏やかで、ちょっとだけドジな人。そこらじゅうをよくぶつけても、優しげな笑みを絶やさない。人によく気を配れる気遣い上手。
筋肉とは明らかに無縁そうだけど、彼と話していると落ち着く。
わたしの理想とは違う人だけれど、彼はとても素敵な人だ。
この人と家族になれたら、きっと穏やかな日々が続くのだろうなと思う。
「ローランさまはとっても素敵な人よ。燃えあがるように焦がれることはないかもしれないけれど、この人となら幸せに暮らしていけるんじゃないかしらって思うの。それって、素敵なことでしょう?」
「確かにそうね……」
わたしの言葉に同意しながらも、ミシェルはどこか不満そう。ローランさまのなにが不満だというのだろう。
「エリク殿下は……ローランさまのことをご存じなの?」
突然出たエリクの名に、わたしはぱちくりとする。
なんでここでエリクの名前が出るの? エリクはまったく関係ないことのはずだけど……。
「エリクも知っているわ。真っ先に話したもの!」
「そ、そう……殿下はなんとおっしゃったの?」
「『酔狂なやつもいるものだね』……だって。失礼しちゃうでしょ!」
あのときのエリクのバカにした顔を思い出し、ぷんぷんとしたわたしに、ミシェルは引きつった顔をした。
「殿下ももっと素直になればいいのに……」
「なにを言っているの? 素直なエリクなんて気持ち悪いだけじゃない」
きょとんとして言ったわたしに、ミシェルは深いため息をついて、「お可哀想な殿下……自業自得だけれど」と、エリクに同情しているのかしていないのか、よくわからないことを呟いた。
「──失礼いたします」
そのとき、お茶を持ってきたメイド……ではなく、従者の格好をしたユーグが入ってきた。
ユーグを我が家で雇うのは、思っていた以上にすんなりとできた。
まあ、それもエリクが横から口を挟んでくれたお陰なのだけど。
エリクの言葉の力は絶大だ。父さまはエリクの「彼ならリディを任せても大丈夫」のひとことで、ユーグを雇うことをあっさり認めてしまったのだから。
それまでは渋い顔をしていたくせに……それだけわたしの信頼がないということなのか、それともエリクへの信頼度がすごく高いということなのか……。
たぶん、両方なのだろう。実の娘の身としては、ちょっと悲しいけれど……。
「お嬢さま、お茶とお菓子をお持ちしました」
「ありがとう、ユーグ」
ユーグは人前ではわたしのことを「お嬢さま」と呼ぶ。たまに「お嬢」とか「リディアーヌさま」とか言うこともあるけれど、人の目があるところでは、気安い口調になることも、「リディ」と呼ぶことも絶対にしない。
さすが変装が得意だというだけはある。
ユーグが我が家に来てまだ一ヵ月も経っていないけれど、もうすっかり溶け込んでいた。
「あなた……見かけない顔ね。リディのとこの新入りさん?」
ミシェルがにこりと微笑みながら、ユーグに問いかける。
ユーグも同様の笑みを返し、「その通りです 」と答え、「ひと月ほど前からクラヴリー伯爵家でお世話になっております、ユーグと申します。ミシェルさま」と完璧な所作で挨拶をした。
「ひと月前から……そうなの。知らなかったわ」
なぜだろう……二人とも微笑んでいるはずなのに、空気が薄ら寒く感じるのは……?
わたしの気のせい? そうだよね。そうに違いない……。
そう言い聞かせながら、わたしはユーグを庇うためにミシェルに話しかける。?
「ユ、ユーグは最近やっと人前に出ることを許されたのよ」
「まあ、そうだったの? それでは、私が知らないのも無理はないわね。ところで……彼はもう、エリク殿下にはお会いしたのかしら? 私よりも頻繁にリディの家を出入りされているでしょう? まだお会いしていないのなら、挨拶をした方が良いのではなくて?」
「え、えっと……エリクと、ユーグは……」
エリクとユーグは、うちに来る前からもうすでに知り合いだ。だから、挨拶なんてしていない。
しかし、そのことをミシェルに言うわけにもいかない。ユーグとエリクが知り合いであることは内緒なのだ。それを知っているのは、父さまとわたしだけ。
エリクがこのことは内密にしてほしいと言っていたことを、わたしがポロリと溢すわけにもいかない。
しどろもどろになるわたしに、ユーグがにこやかに助け舟を出す。
「殿下にはもうすでにご挨拶をさせていただきました。お気遣い、誠にありがとうございます」
「……そう。要らないお節介だったみたいで、ごめんなさいね」
そう答えたミシェルにユーグは「いえ、そんなことは」と朗らかに答える。
……おかしいなあ。穏やかに会話をしているはずなのに、すごく寒いのだけど……風邪を引いたのかな?
「……リディ。急用を思い出したから、今日は失礼させていただくわ」
「そ、そうなの? 残念だわ、ミシェル」
「ごめんなさいね。今度またゆっくりお話しましょう?」
「うん、楽しみにしているわ」
「見送りは結構よ。またね、リディ」
「ええ、また」
ミシェルはにこりと微笑み、去っていく。
その背中が見えなくなると、どっと疲れが押し寄せてきた。
「なんだかよくわからないけれど……疲れちゃったわ……」
「お疲れさま、リディ。ほら、お茶でも飲みなよ」
ユーグが淹れてくれたお茶を飲むと、少しだけ疲れが取れたように感じた。
疲れたときは温かいお茶と甘いお菓子よね!
「……完全にボクのことを怪しんでいたな……さすが、王太子直属の諜報員、といったところかな……ちょっとまずいかもなあ」
「なにがまずいの?」
お茶もお菓子もとっても美味しいけれど。
王太子さまの諜報員がどうとか言っていたけれど……いったいなんのことだろう?
「リディが気にすることはないよ。それよりも……マシェル伯爵家の二男坊の……ローランとかいったっけ。彼とは上手くやっているの?」
話題を逸らされたような気がしてならないけれど、ちょうどミシェルに言い足りなく思っていたところだったので、わたしは顔を輝かせてユーグの話題に乗った。
「うん! ローランさまはとても優しいの。どこかの王子さまとは大違いだわ。ローランさまと一緒にいるると、心安らぐのよね……」
「ふうん……そういう相手は貴重だよね」
「でしょう! あのとき、ローランさまに出会えて本当に良かったわ」
ローランさまと出会ったのは、とある夜会でのことだった。
久しぶりに開かれた大きい夜会に参加し、張り切り過ぎて転びそうになったところを助けてもらったのがきっかけで、今日まで親しくさせていただいている。
ローランさまと過ごす時間はわたしの癒しだ。
荒んだ心も、ローランさまと一緒にいるとすぐに沈静化して、むしろなんでこんなことで怒っていたのかしら、と思うくらいだ。
「今度ね、一緒に美術館に行くのよ。すごく楽しみ」
「……そう。それは良かったね」
「うん!」
元気に答えたわたしに、なぜかユーグは気の毒そうな顔をした。
不思議に思って首を傾げると、ユーグは気の毒そうな顔のまま、薄く笑って言った。
「うんと楽しむといいよ。……今のうちにね」
次話からは気まぐれ更新になります……!
書き上がり次第、更新していきますので、引き続きよろしくお願いします!




