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ep.15 エリク



「……以上が、最近の彼らの様子です」


 クラヴリー伯爵家の庭にある椅子で本を読んでいるぼくに、ミシェルが誰かを待っているふうを装って報告してくる。

 ぼくは本のページを捲りながら、彼女の報告に耳を傾けていた。


「隣のセルグス王国で動きあり、ね……」

「ええ。なにやら、よからぬことを企てているようですわ」

「彼らによからぬ企み以外に企てることがあるとは思えないけど」

「あら、いやですわ、殿下。そのように人の揚げ足を取るようなことばかりおっしゃるのは、女性に好かれませんよ?」


 特に、リディは怒るでしょうね、と微笑むミシェルをギロリと睨む。


「……まあ、いい。これは有益な情報だ。よく調べてくれた、ミシェル」

「お役に立ててなによりです」


 そう言うとミシェルは屋敷に向かって歩き出す。

 恐らく、リディと会う約束をしているのだろう。


「……今の話は本当かな、ユーグ」


 ぼくの後ろで気配を殺して盗み聞きしていたユーグに、顔をあげずに話しかける。

 ユーグはわざとらしくガサリと音を立てて動き、ぼくの背後にある木のところまで動く。

 視線は本に向けたままだから確かなことは言えないが、ユーグは木の幹に寄りかかったのだろう。


「さすが、王太子殿下の子飼いである諜報員だね。今の話は本当だよ。セルグスで彼らは動いている。ボクの管轄じゃないから詳しいことは知らないけれど……どうやら荒稼ぎをしているようだね」

「そう……うん。まあ、良い機会かな」

「良い機会……?」

「ちょっと隣国に行く用事があってね……」


 ニヤリと、笑みを浮かべる。

 ──ちょうどいい。これはやつらに大きな痛手を負わせる大チャンスだ。

 やつらも、まさかこの国の王子であるぼくが、隣国に来てなにかをするとは思わないだろう。ぼくが下手に動けば、大問題に発展しかねないからだ。

 そんなリスクを負ってまで、やつらを追い詰めようするとは、普通ならば考えない。


 それに……。


「王子サマ……? なにを企んでいるのさ……?」

「楽しいことだよ。……そういえば、ユーグ。最近、リディに付きまとう虫がいるようだけど」

「は……? 虫……?」


 突然変わった話題にユーグは戸惑ったのか、少しの間思案し、「まさか……マルシェ家の坊ちゃんのこと?」と言う。


「そんな名前だったかな。ねえ、ユーグ。きみは必ずリディを守るって言ったよね? もうその誓いを破るつもり?」

「確かに王子サマがいない間はボクが守るって言ったけど……彼に関しては別に問題は……」

「問題あるに決まっているでしょ。リディに近づいている時点で問題なんだから。きみがいながら、どうしてやつをリディに近づけた?」

「いやいや、待ってよ、王子サマ……! リディの交友関係──ましてや、色恋沙汰にまでボクが首を突っ込むのはどうかと思うよ?」


 誰と付き合おうと、リディの自由でしょ? と最もらしいことをユーグは言う。


「そんなもの、ぼくの知ったことじゃない。ぼくがきみをリディの傍にいることを許したのは、きみがリディの鉄壁の守りとなると思ったからだ。リディが変なやつに捕まって、傷ついたらどう責任を取るんだ?」

「そこまでは守りの範囲外だよ……」


 キミはリディの父親か、というユーグのツッコミはスルーする。


「これからはリディに近づく(おとこ)がいたら、どんな手を使っても追い払うんだ。わかったね?」

「だから、そこまでは面倒見切れな──」

「……わかったよね?」


 ドスの効いた声音と眼差しをユーグに送ると、ユーグはまるで壊れた人形のようにコクコクと首を縦に振った。

 最初から素直に頷けば良かったのに。


「近々、隣国に行くから、きみも準備をしておいて」

「まさか……リディも連れて行くつもり?」

「そのまさかだよ。この機会に、一気に準備を進める。この機会を、逃す手はない」

「……ちなみに聞くけど……その機会というのは、組織のこと? それとも、彼女のこと?」


 恐る恐るといったふうに尋ねたユーグに、ぼくはにっこりと笑いかける。


「それはもちろん──両方、だ」


 ユーグはその答えを聞いて、「うわぁ……想像以上に腹黒……」と呟いた。

 そんなユーグの台詞にぼくは聞こえなかったふりをする。


「……さて。ぼくはこれからいろいろと準備を進めないといけないから、もう帰るよ」

「リディに会っていかないの?」

「リディに会うのは明日でいい。それに、今はミシェルと楽しく過ごしているだろうし、邪魔をしたら怒られるからね」


 ぼくは立ちあがり、持ってきた本を手に持って、ユーグの方に向かって歩く。

 ユーグはいつもの黒装束ではなく、従者の格好をしていた。最近では、これがユーグの日中の普段着だ。

 ユーグは今まで培ってきたスキルをいかんなく発揮し、クラヴリー伯爵家にすっかり溶け込んでいるようだ。


「……ねえ、ユーグ。そういえば、聞くのを忘れていたんだけど」

「なにさ?」


 ユーグの横を通り過ぎ間際、ずっと聞こうと思っていたことを思い出し、足を止めた。


「きみは、組織を壊滅させることが目的なんだよね?」

「そうだけど……それが、なにか?」

「それ自体は別に問題じゃない。ただ──きみはその先のことを考えているのかな、と思って」

「その先……?」


 不思議そうに聞き返したユーグに、ぼくの懸念は当たっていたことを知る。

 きっと彼は自覚していない──いや、気づかないふりをしている、というのが正しいのか。


「きみはずっと、その目的を果たすことだけを考えて生きてきたはずだ。では、仮にもし、きみのその目的が果たされたら? そのとき、きみはどうする?」

「それ、は……」


 ユーグは口を開き、すぐに閉じる。

 きっと彼は、ぼくの質問に答えられない──否、考えられない。

 ぼくが組織を壊滅させるのは、それ自体が目的なのではなく、それによって得られる報酬がほしいからだ。

 だけど、ユーグは違う。

 彼は組織を壊滅させることだけをずっと考えていた。恐らく、それが彼の生きる意味となっている。


 では、その目的が果たされ、生きる意味がなくなったら?

 彼は、生きていられなくなるのではないだろうか。


 正直に言えば、彼が生きようが死のうが、ぼくには関係ないと思っている。

 ぼくは冷たい人間だ。人の生死に、さして感じ入ることなどない。


 けれど、リディは違う。

 リディは普通の女の子だ。今まで近くにいた人がある日突然いなくなったら──ましてや、死んだと知ったら悲しんで、自分を責めるだろう。


 ぼくはそんなリディを見たくない。

 それに……知り合いが死んだとなれば、ぼくも少しだけ目覚めが悪く感じるだろう。

 それはそれで不快だ。

 だから、要らぬお節介だとわかっていながらも、ユーグに言うことにしたのだ。


「……その答え、別にすぐに答えなくてもいいよ。でも、できるだけ早く答えられるようにしておいて」


 返事をしないユーグを置いて、ぼくはそのまま立ち去る。

 一度だけ振り返ったときのユーグの表情は、まるで迷子のようで、これは答えが出るまで時間がかかりそうだな、と思った。

 願わくば、ユーグの出す答えでリディが悲しまないといいのだけど。


 まあ……ぼくが考えていても仕方ない。

 最終的に答えを出すのはユーグなのだから。


 気持ちを切り替え、隣国に行くための準備の段取りを考える。

 ぼくの計画を成功させるには、いろいろと根回しが必要だ。兄上と父上、そしてクラヴリー伯爵に掛け合わねば……。


 どうすれば効率良く準備が整うかと、この計画が上手くいったときのことを考えて、ぼくはニヤリと笑う。

 近くに鏡があったなら、きっとものすごく悪どい顔をしているだろう。


「……マシェル家のローランと仲良くやっていられるのは今だけだよ、リディ」


 ふっふっふ、と笑いながら、クラヴリー家の庭をあとにした。



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