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わたしの理想の王子さま~婚約破棄騒動から始まる災難な日々~  作者: 増田みりん
第2話 幼馴染みが行方不明になりました
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ep.14 ユーグ


 騎士の真似をして、エリク王子の部屋の前に立ちながら、ボクはなにをしているんだろう、と思った。

 どうしてボクが王子や彼女に気を遣わなきゃならない? それも誰に言われたわけでもなく、自分の判断で行動していることが不思議でならない。


 王子に近づいたのも、彼女に近づいたのも、すべて自分の目的のために利用しようと思ったからだ。

 目的のために、二人の協力は必要だ。彼女に関しては、ただ王子に怪しまれずに接触するために、彼女の傍に置いてもらう必要があっただけだった。

 だから、なるべく彼女に優しくし、信頼してもらえるように気を配った。


 ところが、どんなに優しく接しても、彼女は肝心なところでボクを信用しない。

 それなのに、ボクを心配したり、お礼を言ったりする。

 その彼女の考えが、ボクにはどうしても理解できなかった。


 変な女。

 それが、彼女に対するボクの正直な印象だ。


「ユーグ、わたしの用事は終わったわ」


 少し目を赤くした彼女が、エリク王子の部屋から顔を出す。

 明らかに泣いていたとわかる顔で、彼女はにっこりとどこかすっきりした笑顔を浮かべた。


「エリクがあなたを待っている。わたしは一人で戻れるから、ここでお別れね」

「一人で大丈夫?」

「子ども扱いしないで。ちゃんと迷わず戻れるわ! ……たぶん」


 最後の台詞は、ものすごく小さな声だった。

 大見栄を切ったはいいものの、段々と不安になってきた……というところだろうか。


「じゃあね、ユーグ。エリクと仲良くするのよ!」

「そんな子どもじゃないって……」


 そもそも、ボクの目的は王子と仲良くなることではない。

 苦笑を浮かべると、彼女は満足した顔で頷き、軽い足取りで歩き始める。

 しかし、数歩進んだところで彼女は足を止め、振り返った。


「……なにさ?」

「言い忘れていたけれど……エリクを助け出してくれてありがとう、ユーグ」

「……別に。ボクはボクの目的のためにキミと取り引きをして、それを果たしただけだから。キミはボクにお礼を言う必要はないよ。ちゃんと、約束通りにボクを傍に置いてくれさえすればね」


 ニヤリと笑ってみせたボクに、彼女は首を横に振る。


「必要あるとかないとかじゃなくて、嬉しかったから、お礼を言いたいの。だから、素直に受け取って」

「……わかったよ。受け取ればいいんだろ……ドウイタシマシテ」


 棒読みで答えたのに、彼女は嬉しそうに笑う。


「約束通り、父さまにあなたを雇ってもらうようにお願いするわ。本当にありがとう」


 そう言って彼女は淑女の礼をし、今度こそ去っていく。

 ボクに対してなぜそこまでするのか、本当に彼女の考えは不可解だ。


 彼女の背中をしばらく見送り、王子の部屋の扉を叩くと、すぐに返事があった。


「……入れ」

「失礼いたします」


 騎士の真似をしながら部屋に入ると、王子はもう起きあがっていて、椅子に座ってこちらを静かな目で見つめていた。


「なんの用? まさか、もうきみに協力をしろと?」

「いや、まさか。今日は確かめたいことがあったのと──ボクと王子サマの大切なお姫さまの関係を教えてあげようと思って」

「きみとリディの関係……?」


 案の定、王子は彼女の話に食いつく。

 初めて会ったときから、王子が彼女に気があるようだと思っていたが、これで確定だ。

 王子の弱点は彼女──リディアーヌだ。


「知りたい?」


 もったいぶって言うと、王子は微かに顔を顰めた。

 エリク王子は社交の場に出てこないことで有名だ。その理由は『体が弱いから』ということになっているが、本当の理由は別にある。

 人が嫌い──それが王子が社交界に顔を出さない理由だ。そんな王子は、裏の世界でも有名人である。


 エリク王子は裏の世界に通じている。所謂、汚れ仕事というものを担っていて、そのときの顔が冷酷無慈悲で──〝死神〟と呼ばれていた。

 どんなに許しを乞うても、王子は一度下した決定は覆さない。氷のように冷たく、なにごとにも関心のなさそうな顔をして、裏の人間を始末していく。

 その仕事ぶりに人の温かみなどなく、その姿はまさに死神のようだ、と囁かれている。


「……彼女になにをした?」


 今もその顔を覗かせ、冷たい目をしてボクを睨む。

 並大抵の者では、これだけで竦みあがるだろう。


「さあ? 想像に任せるよ」

「……」


 射殺さんばかりに睨みつけてくる王子に、ボクはヘラヘラと笑ってみせる。

 王子は一度ゆっくりと瞬きをすると、冷静な目をしてボクを見つめた。

 それに内心面白くないと感じる。もっと感情を露わにしてくれた方が楽しいのに。つまらない。


「きみと言葉遊びをするつもりはない。リディから話を聞く限り、きみと彼女の関係は『取り引き相手』というだけだろう。大方、ぼくを揺さぶる腹積もりだったんだろうけど……残念だったね」

「ボクのことは筒抜けってことか……」


 まあ、大方予想通りだ。

 彼女がボクを雇うように父親にお願いすると言ったのは、王子に相談して決めたことなのだろう。


「きみはリディに近づいてなにがしたい? 確かにぼくに接触するには、彼女の家に雇われるのが一番怪しまれにくい。だけど、わざわざリディに接触せずとも、きみならリディの家に潜入するのなんて容易だろうに」

「その通り。確かにボクは彼女に接触しなくても、潜入することは簡単にできる。でも、リディアーヌ嬢に恩を売り、彼女に信頼してもらった方がいろいろと行動しやすいし、いざというときの保険にもなる」

「……いざというときは、リディを人質にでもするつもり?」

「さあ? でも、彼女の傍にいた方がなにかと便利であることには違いないでしょ? 王子サマと密談もしやすくなるだろうし?」

「……先に言っておく。リディになにかしたら、ぼくはきみを許さない。地獄の底まで追いかけて、きみを苦しめる──覚悟しておくといい」


 氷の刃のような眼差しをして、王子は言う。

 その眼差しに鳥肌がたち、これを敵に回すのは危険だ、と本能が訴える。

 たらりと垂れる冷や汗を感じながら、それでもボクはヘラヘラした顔を崩さなかった。

 ここで弱みを見せてはならない。ボクは王子と対等な立場でいないと……そうでないと、きっとボクは王子のいいように扱われ、捨てられてしまう。

 そんなことはあってはならない。目的を達成するまでは、絶対に。


「……肝に銘じておく」

「それでいい。……それで、ぼくに確かめたいことというのは?」


 ボクから視線が外れたことに内心ほっとしつつ、本題に踏み込むことに少しだけ、緊張する。

 もし、ボクの読みが当たっているとすれば……王子とボクは同類──いや、同志というべきか。

 きっと彼も組織──『暁闇』に無関係ではないはずだ。


「王子サマは……ボクのこの目のことを、知っているの?」


 王子はボクの質問を聞き、立ち上がった。

 そして、ボクに近づき、徐ろにいつも野暮ったく下ろしている前髪をかきあげた。

 そして表れたその整った、どこか見覚えのある顔と、左右で色の違う瞳を見て、目を見開く。


「──これが、きみの質問の〝答え〟だ。わかるよね?」


 王子の質問に、ボクはコクコクと頷く。

 そしてドッドッと心臓が高鳴る音が耳に響いた。


「……なるほど。やっぱり、キミとボクは同志だ。キミに協力を仰いで正解だった」

「そう思ってもらえてなりより」


 王子は前髪を下ろし、元いた位置に戻る。


「きみの聞きたいことはこれで終わり?」

「そうだね……もう一つだけ。王子サマ……キミは、わざと捕まったの?」


 その質問に、王子はニヤリと口角をあげた。


「その答えは──イエス、だ。きみたちの情報が少なすぎてね。とりあえず捕まって、情報をできるだけ収集しようと考えた。思っていたよりもきみたちのお仲間が優秀で、なんの手がかりも残せなかったのだけは計算外だったけれど」

「キミは……」


 ボクは言いかけた言葉を飲み込んだ。

 脳裏に、本気で王子の心配をしていた彼女の姿が過ぎる。彼女にあんな心配をさせておいて、すべては計画通りだったと宣う彼に、一瞬だけ怒りが込みあげた。

 しかし、なぜボクが怒りを覚えるのかと、冷静な自分が囁き、その怒りも瞬時に冷めた。

 本当に近頃のボクはどうかしている……これは彼女の影響なのだろうか。


「お陰で首尾は上々だよ。きみという、心強い協力者も得られたことだし」

「……それは、どうも」


 彼に罪悪感はないのだろうか。

 大切な幼馴染みにあんな悲しい顔をさせたことを悔いる気持ちは、微塵もないのだろうか。


「……まあ、この手のことはもうやらないけど。リディにまた泣かれたら堪らないしね……」


 困ったような口調で王子は言う。

 しかし、その声音には隠しきれない喜びもあって、彼なりに思うところがあるのだろう、と思った。

 まあ……ボクには関係のないことだけど。


「ぼくはとある目的のために、きみたちの組織を壊滅させたい。そしてきみは自分の願いのために組織を壊滅させたい。ぼくたちの目的は同じだ。これからは協力者として、よろしく頼むよ、ユーグ」

「こちらこそ、よろしく、エリク王子」


 握手は交わさない。

 そんなものはボクたちには必要ない。協力関係は結んでも、エリク王子は完全にボクの味方になったとは言い難いからだ。

 必要とあらば、きっと王子はボクを殺す。

 彼は、ボクを殺すことに躊躇なんかしない。そういう人種なのだ、ボクたちは。


「じゃあ、そろそろボクは帰るよ。情報は、リディの家で」

「ああ……」


 王子は頷いたものの、なぜか不服そうだった。

 ボクの提案に気乗りしないということだろうか。いや、彼女の家で情報交換するのが一番怪しまれない。それは、王子も認めていたことのはず。

 じゃあ、王子は一体なにが不服なのだろう?


「……なにさ? なにか、ボクに言いたいことでも?」

「……別に大したことじゃないんだけど……きみは、いつから『リディ』と呼んでいるわけ?」

「はあ……?」


 呆れた声音で聞き返したボクに、エリク王子はムッとした顔をした。


「だから、大したことじゃないって言っただろ……もう、さっきの質問は忘れていい」


 顔を背けた王子の様子が先ほどの、冷たくて近寄り難いものとは一変していて、ボクは思わずぽかんとしてしまう。

 そして段々と笑えてきて、ボクは腹を抱えて笑った。


「はははっ! 王子サマってば、ボクに嫉妬しているわけ? おもしろ……!」

「……」


 気まずそうにしている王子はなにも答えない。

 つまり、図星なんだろう。


「あははっ!! 王子サマが……! ボクに嫉妬……! あー……笑い過ぎてっ、腹が痛い……!」

「……そんなに笑わなくてもいいでしょ……」


 恨みがしい声で言われても、笑いを誘うだけで逆効果だった。

 ボクは気が済むまで腹を抱えて笑い、涙を拭いながら王子の問いに答えた。


「あー……おかし……。質問の答えだけど、彼女と取り引きを持ちかけてからだよ。彼女が自分でそう呼んでほしいって言ってきたんだ」

「……あのバカ……簡単にそんなことを……」


 苦虫を噛み潰したような顔をして呟いた王子に、ボクは心の中で同意する。

 知り合って間もない相手に愛称呼びを許すなんて、どうかしているとは思う。


「でも、そこが気に入っているんでしょ、王子サマは」

「……きみには関係ない」


 素直じゃない王子サマに、これは面白いものが見れたと、満足する。

 王子サマの言っていた『とある目的』というやつは、もしかしたら、彼女関連のことなのかもしれない。それが当たっていたら、本当に……。


「エリク王子もリディも、本当に面白いなぁ」


 思わず漏れた心の声に、王子が「……うるさいよ。リディと一緒にしないでくれる?」と反論して、それがまたボクの笑いのツボに嵌ったのだった。




  〇●〇●〇●〇●〇●〇●




「……散々笑って、満足した?」


 恨みがましい声で問いかけてきた王子に、ボクはコクコクと頷く。

 こんなに笑ったのは、生まれて初めてだ。笑いすぎて腹が痛くなるのも初体験だ。


「ホント、二人と一緒にいると飽きそうにないや……そんな二人と協力関係になれて幸運だなあ」

「それは良かったね」


 心からそう思って言ったのだが、どうやら王子は皮肉と取ったらしい。


「……きみに聞きたいことがあるのを思い出したんだけど」

「なに?」

「あのとき、どうして()()()()()()()?」

「あー、あれね……」


 わざと捕まったことは、どうやらバレていたらしい。だとしたら、ボクのその行動は不可解なものだっただろう。


「キミという人物を見極めるためだよ、エリク王子。キミは協力関係になっても大丈夫な人物か知るために、ボク自ら潜入し、わざと捕まるように仕向けた」

「……そのために、リディに怖い思いをさせたと?」

「別にリディじゃなくても良かったんだけど、結果的にはそうなるね。ボクは自分の目的のためなら手段は問わない。キミもそういうやつだろ?」

「否定はしない」


 王子のその返答に満足し、ボクはにっこり笑う。


「まあ、あの件でボクも組織からの信頼が落ちたし……お互いサマということで」

「わかった。そういうことにしておく」

「ちなみに、ボクのことは……」

「心配しなくても、兄上に言うつもりはない。きみとぼくの関係を知るのはリディだけ。これから役に立ってもらうよ、ユーグ」

「もちろん。組織のこと、そして──キミの大切なお姫さまが組織から目をつけられないようにするし、キミがいないときはボクが彼女を守るよ」

「……きみのその言葉をどれほど信頼していいものか悩むところだけど……それは、これから示してくれるね?」

「仰せの通りに」


 そう言って騎士の真似をして一礼したボクを、王子は胡散臭そうに見ている。

 これは信頼を得るのに苦労しそうだ、とこっそり肩を竦めた。



第2話 おわり

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