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わたしの理想の王子さま~婚約破棄騒動から始まる災難な日々~  作者: 増田みりん
第2話 幼馴染みが行方不明になりました
14/41

ep.13


 いつもよりもスッキリと目が覚めて、なんだかとても清々しい気分だった。

 どうしてかなと考えて、昨日の夜にあった出来事を思い出して納得する。

 あれはどう見ても、ユーグをぎゃふんと言わせていたよね? だから、こんなに気分が良いのだわ!

 最初からユーグには翻弄されっぱなしだったから、すごく清々しい。


 今日は良いことがありそう、と鼻歌を歌いたながら支度を終えると、慌ただしく王宮のメイドさんが入ってきた。


「……失礼いたします。リディアーヌさま、その……王太子殿下がお見えになっております」

「王太子さまが……?」

「はい。なんでも、至急リディアーヌさまにお伝えしたいことがある、と……お通ししてもよろしいでしょうか?」

「わ、わかりました。お通ししてください」


 突然の王太子さまの訪問に戸惑ってそわそわしていると、王太子さまはわたしを見るなり、顔を輝かせた。


「突然訪ねて申し訳ない。だが、リディアーヌ嬢に一番に伝えたくて……」

「……エリク、さまが見つかったのですか?」

「察しが良いな。そうなんだ。昨日の夜、とある筋からの情報で郊外に行った騎士たちがエリクを見つけた。エリクは無事だ。怪我もなく、衰弱をしている様子もない」


 今は部屋で休んでいる、という王太子さまの言葉に、気が抜けそうになった。

 そっか……エリク、見つかったんだ……ユーグ、ちゃんと約束守ってくれたんだ……!


 溢れそうになる涙を堪え、わたしは深々と王太子さまに頭をさげた。


「ありがとうございます……! エリクさまを見つけてくださって、本当にありがとうございます……!」

「君にお礼を言われることではない。エリクを見つけ出すのは当然だ。私はエリクの兄なのだから」


 そう言った王太子さまも、なんだか安心したような顔をしていた。

 すごく心配されたのだろう。エリクからたまに聞く王太子さまのお話は、「兄上が心配性過ぎて困る」というようなことばかりで、王太子さまがエリクのことを気にしていることは伝わってきたもの。


 王太子さまはやらなければならないことがあると言って、すぐに出て行った。

 どうやら僅かな隙間時間を使ってわたしのところに来てくれたらしい。そんな王太子さまの気遣いや優しさが、とても嬉しかった。


 王太子さまが去ったあと、わたしはしばらくぼうっとして、ふとエリクに会いに行こうと思いつく。

 会いに行っていいのかわからないけれど、話に聞いただけではエリクが見つかったという実感が湧かなくて、先ほどの出来事は夢だったのではないかと思えてならない。

 それに、エリクの無事をこの目で確かめるまでは、心から安心できなかった。


 思い立ったらいてもたってもいられなくなって、わたしは部屋からこっそり抜け出す。

 エリクが見つかったからもう大丈夫だと判断されたのか、部屋の前にいたはずの騎士さんたちの姿はなく、部屋を出るのは拍子抜けするほど、すんなりと上手くいった。


 部屋を抜け出したのはいいのだけど、わたしは大きな難問にぶち当たってしまった。

 ……よくよく考えたら、わたしはエリクの部屋がどこにあるのか知らない。

 これじゃあ、エリクの様子を見に行こうにも行けない……!


 大人しく部屋にいるしかないのかと、がっくりと肩を下ろしたとき、「どうされました?」と声がかけられ、ビクリとする。


「なにかお困りですか?」

「い、いえ……そのようなことは……」


 知らない騎士さんに声をかけられて、しどろもどろになる。

 この人にエリクの部屋を聞いたところで、王子さまの部屋なんて教えてくれるはずもない。

 どうやって切り抜けようかと、一生懸命頭を回していると、騎士さんが「ははっ」と笑い出した。

 肩を震わせて笑いを堪えようとしている彼を訝しく思って見つめていると、彼は笑いを堪えた声音で、「ごめんごめん。ボクだよ」と、ユーグの声で言う。


「え……あ、あなた、ユーグなの……?」

「そうだよ。ボクは変装が得意なんだ。騎士に扮するのなんて、おちゃのこさいさいなのさ」


 得意そうに胸を張って答えたユーグに、わたしはただただ感心した。

 だって、ユーグはいつも会う姿と、顔も雰囲気も全然違うのだもの。別人としか思えない。


「本当に別人みたい……って、今はそんなことはどうでもよくて! どうしてあなたがそんな格好をしているの?」

「エリク王子に会いに行こうと思ってさ。そしたらリディがおろおろしているから、もしかして同じ目的なのかなと思って声をかけたわけ」

「ユーグもエリクに会いに? どうして?」

「助けたはいいけど……ちょっと気になることがあってね。それを確かめに行くんだ」

「でも……エリクはあなたを捕まえるかもしれないわ」


 そう言ったわたしに、ユーグはなぜか一瞬驚いたような顔をした。けれど、すぐにいつものヘラヘラした笑みでその表情を取り繕う。


「ボクの心配、してくれるんだ?」


 からかうような口調で言ったユーグに、わたしは首を傾げる。


「当たり前でしょう? あなたはわたしとの約束を守ってくれたのに、それでエリクに捕まってしまったら申し訳ないじゃない」

「……ボクは昨日、キミに酷いことをしようとしたのに?」


 恐る恐るといったふうに聞いてきたユーグに、わたしは思わず笑ってしまう。

 昨日のこと、気にしていたんだ。そういうこと、気にする方じゃないと思っていたけれど。

 くすくすと笑い出したわたしに、ユーグは戸惑った顔をして、「なんでそこで笑うの?」と言う。


「ご、ごめんなさい……昨日のことを気にしているのが意外で……」

「だからって笑うことはないと思うんだけど……」


 ムッとした顔をして言うユーグに、わたしはもう一度謝った。


「ごめんなさい。バカにしたつもりはないの。昨日、あなたがわたしに酷いことをしようとしたと言ったけれど……まだそんな嘘つくんだなと思って」

「嘘……?」

「ええ、嘘でしょう? あなたは昨日、わたしに酷いことをするつもりなんてなかった。よくよく考えてみたのだけど、昨日、わたしに酷いことをしても、あなたにメリットなんてなにもないでしょう? やろうと思えば、最初に忍び込んだときにできたもの。それ以外にもやる機会はたくさんあったのだし……あなたはただ、わたしにエリクを助け出したっていう報告をしに来ただけだった。違う?」

「……キミってやっぱり、ただのバカじゃないんだね」


 しばらく黙り込み、やっと口を開いたユーグの台詞がそれだった。

 ちょっと、すごく失礼じゃない? というか、前にも同じようなこと言われた気がするのだけど……。


「……まあ、キミがそう思いたければそう思うといいさ。どう思われようとボクには関係のないことだし。……あまりここで立ち話をしていると怪しまれる。ほら、王子サマのところへ行くよ」

「え、う、うん……」


 いささか強引にユーグに連れられて、わたしはあとに続く。

 ユーグはエリクの部屋を知っているのかな。いや、知っているから案内してくれようとしているんだよね。


 ユーグは迷いのない足取りで、王宮の奥へとどんどん進んでいく。

 途中で人とすれ違っても堂々としていて、思わずびくりとしてしまうわたしとは大違いだった。これが場数の違いってやつなんだろうか……。


「そこの騎士、止まれ」


 突然、声がかけられて、わたしは緊張から汗がたらりと垂れるのを感じた。

 対するユーグはといえば、緊張などまったく感じない様子で、声をかけてきた騎士に敬礼する。


「なんでしょうか」

「この先は王族の住居区域となる。許可がなければ入ることはできぬ。……知っているだろう?」

「もちろんです。私は王太子殿下の命で、こちらのリディアーヌ嬢をエリク殿下のもとにご案内しているところです。リディアーヌ嬢が訪ねてきたら通すようにと、指示がされているはずですが」


 ガチガチに緊張していたわたしは、ユーグの言葉に驚く。

 王太子さま、そんな指示出していたの?

 もしかして、ユーグが案内を申し出てくれたのは、エリクのところに怪しまれずに行くために、わたしが必要だっただけなのでは……?

 ありえる……だって、ユーグは嘘つきだもの。


「……む。確かにそのような指示があったな……わかった。通るといい」

「ありがとうございます」


 ユーグは涼しい顔をして引き止めた騎士の横を通り過ぎ、わたしは軽く頭をさげてから騎士の横を通り抜けた。

 そして騎士の姿が見えないところまで来たことを確認すると、思わず大きなため息が出た。


「……き、緊張した……!」

「なんで緊張するのさ。キミはボクと違って悪いことなんてしてないだろ?」

「悪いことをしている人と一緒にいるから、緊張したのよ!」

「へえ、そう。ボクには全然わからない考えだけど」


 興味なさそうに答えるユーグに腹が立つ。

 わたしが緊張したのは、ユーグの変装がバレたらどうしようって思ったからなのに……!


「……ほら、そこが王子サマの部屋だよ。ひとまずボクは部屋の前で待っているから、さっさと用を済ませてきなよ」

「え……? 一緒に行かないの?」

「キミねぇ……まあ、言うのは野暮か……」


 ユーグはなにかを言いかけて、途中でやめる代わりに、すごく深いため息をついた。

 なぜかよくわからないけれど、そんなユーグの態度にイラッとした。


「ボクは王子サマと話したいことがある。そこにキミがいられると話が進まないから、先にキミの用事を片づけて。ボクは後でいいから」


 そう言うなり、ユーグは半ば強引にわたしを部屋に押し込め、扉を閉める。

 ちょっと、レディに対して扱いが乱雑すぎるんじゃない? まったくもう……。

 そんな不満を飲み込んで、わたしは部屋の奥に進む。


 こうしてエリクの部屋に入るのは初めてだ。

 エリクの部屋は、想像していた以上に綺麗だった。

 ……ううん、綺麗というのはちょっと違う。予想しいた以上に部屋が殺風景だった、というが正しい。


 必要最低限のものしか置かれていない部屋。

 部屋というのは、どんなに綺麗にしていたとしても、その人の生活感が出るものだけれど、エリクの部屋にはそれが一切ない。

 すごく人工的で、エリクがこの部屋をほとんど使っていないというのがよくわかる。

 だって、エリクの好きな本すらないのだもの。

 別の場所に書庫があるにしても、普通、一冊くらいは手元に置いておくと思うのだけど……。


 そんなことを思いながら進むと、寝室に辿り着く。

 そっとドアを開けると、エリクが寝ているのが見えて、わたしはようやく安心することができた。

 ──エリクがちゃんと帰ってきたんだって。


 すやすやと寝息を立てて眠るエリクの顔は、相変わらずもっさりとした前髪で覆われていて、エリクらしいなと思う。

 寝ているときくらい、前髪あげればいいのに。


「本当にバカなんだから……」


 エリクの邪魔な前髪を左右に流そうと思い、触れようとしたとき──


「──誰だ?」


 がしっと思いのほか強い力がで手首を掴まれ、わたしは痛みに顔を顰める。

 そしてエリクを見ると、エリクは見たこともないような冷たい目を前髪の隙間から覗かせていた。

 そんなエリクを凝視しているとわたしに気づいたようで、目を見開いて、「リディ……?」と呟いた。


「どうしてきみがここに……?」

「どうしてって……エリクが帰ってきたと聞いたから、わざわざ会いにきてあげたのよ。感謝してよね!」

「それを誰から……あぁ、兄上か……」

「それより、痛いわ。手を離して」

「……ごめん」


 ハッとした顔をして、エリクは手を離す。

 エリクが掴んでいたところは赤く手の跡が残っていて、エリクって意外と力が強いのね、と思いながら摩る。


「わざわざ会いに来なくても良かったのに。別に大したことじゃなかったし……そんなにぼくが心配だったわけ?」


 からかうように言ったエリクに、わたしはムッとし、ギロリと睨む。


「……会いに来てはだめだったの?」

「わざわざ来る必要ないって言っているんだ。こんなところまで来なくても、明日くらいにはリディの家に行って読書をするつもりだった」


 まるで迷惑だと言われているようで、腹立たしさよりも、悲しさが勝った。


「……なによ、それ。迷惑だったのなら、はっきり言ってよ……」

「……リディ?」


 俯いて呟いたわたしを、エリクは訝しげに呼ぶ。

 エリクが行方不明だって聞いてどれほど心配したか……まったくわかっていない。心配で、心配で、夜だってあまり眠れなかった。

 エリクが帰ってきたって聞いて嬉しくて、でも信じられなくて、会いたいって思った。会ってエリクの元気な姿を見たいって。


 そんなわたしの想いは、エリクには迷惑でしかなかった。それが悲しくて、涙が溢れた。


「……すごく、すごく心配したのに……エリクが行方不明だって聞いて、エリクにこのまま会えなくなったらどうしようって……怖かったの。だからエリクにすぐ会いたくて……」

「リディ……ごめん、ぼくの言い方が悪かった。リディが会いに来てくれたことは、迷惑なんかじゃない。……心配させちゃったね」


 優しいエリクの声音に、わたしは嗚咽を堪えて、精一杯の文句を言う。


「……そっ、そうよ……! すごく、しん、ぱい……したんだからぁ……! ほんと、うに……エリクはバカなんだから……!」

「今回ばかりは、リディの言う通りだね……」


 あっさりとわたしの文句を受け入れたエリクに、わたしはとうとう堪えきれなくなって、エリクに抱きついた。


「エリク……! エリク……! エリクが無事で……本当に良かった……!」

「リディ……」

「もう勝手にいなくならないで……こんな思いするのは、もういや……!」

「……うん、約束する。もうリディにこんな心配はかけないようにするって」


 抱きついたわたしの背中を、幼い子を慰めるように優しい手つきで撫でながら、エリクはそう言った。

 わたしはエリクを見あげ、右手の小指をさし出す。


「……じゃあ、指切りして。ちゃんと約束して」

「わかった」


 エリクはわたしの小指に自分の小指を絡め、お決まりの歌を一緒に歌った。


「……約束破ったら針千本飲ますからね!」

「それは嫌だから絶対守るよ」

「絶対だからね?」

「ああ、絶対だ」

「……うん!」


 満足したわたしはエリクから離れる。

 そして、 言い忘れていた台詞を言う。


「──おかえりなさい、エリク」

「……ただいま、リディ」


 エリクはどこか照れくさそうに、答えた。



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