ep.10
「それで? 他に聞きたいことは?」
握手をし終えたあと、ユーグはどこかわくわくとした顔をして聞いてきた。
それがなんというか……そう、まるで懐き始めた子犬みたいに思えて、ユーグは不思議な人だなあ、と思った。
彼には警戒心を抱きにくい。その雰囲気のせいなのか、彼の表情のせいなのか……まあ、恐らくは両方なのだろうけれど、とにかく人から警戒心というものを薄れさせるのが上手い。
わたしはまだ彼を信用したわけじゃない。
だから、絆されないように気をつけなくては……良いカモにはなりたくないし。
「そうね……まずは理由が知りたいわ。わたしの家にいたい理由と、エリクを助ける理由。あと、それによってあなたにどんなメリットがあるのかも」
ない知恵を絞って、懸命に考えた質問をすると、ユーグは「へえ」というように眉毛をあげた。
「なるほど……バカじゃないみたいだね」
「どういう意味……?」
完全にわたしをバカにしてるよね。
喧嘩売ってるの? 絶対買わないけど!
「ああ、ごめん。別にリディをバカにしていたわけじゃない……とは言い切れないんだけど」
「そこは嘘でも言い切ってよ……」
悲しいじゃないの。
確かにわたしの頭が良くないことは自覚しているけれど!
「すごく答えにくい質問だな、と思ってさ」
「答えにくい……?」
「そう。でもまあ、答えられる範囲で答えると、キミの家にいたいのは、エリク王子と接触しやすいからさ。エリク王子を助けるのも、彼に恩を売りたいから」
「エリクに恩を……? それがあなたにとってメリットになるの?」
「なるよ。ボクの目的を果たすためには、エリク王子の協力が必要なんだ。だからボクはエリク王子に恩を売りたいし、キミの家にいればおのずと怪しまれずにエリク王子と接触する機会が与えられる。この取り引きは、ボクにとってメリットが大きいのさ」
「ふうん……そう。あなたの目的というのは?」
すらすらと淀みなく答えていたユーグが、その質問に初めて言葉を詰まらせた。
「それは……まだ答えられないな」
「まだ?」
「うん。でも、ボクの目的はきっとエリク王子にとっても悪いことじゃないし、エリク王子が悪事に手を染めないといけないようなことでもない。だから安心して」
にこっと笑った彼の言葉を信用して良いものか……。
でも……なんとなくではあるけれど、ユーグは嘘をついていない気がする。
きっとエリクに会いたいというのも、恩を売りたいというのも本当のこと。
だとしたら……あとはエリクに任せればいいかな。
エリクが判断したことならきっと間違いない。わたしはユーグは信じてないけれど、エリクのことは信じているから。
「わかったわ。あなたを完全に信用したわけではないけれど、あなたの目的についてはこれ以上聞かない。次は……エリクは、どこにいるの?」
一番聞きたくて、でも聞くのがなんとなく怖くて聞くのを躊躇っていた質問。
エリクが怖い目に遭っていたらどうしよう、大怪我をしていたら……そんな恐い想像ばかりが膨らんで、その質問をするのも恐る恐るだった。
ユーグはわたしのそんな心境がわかっているのか、安心させるようににこっと笑った。
「王子さまは無事だよ。擦り傷はあるかもしれないけど、大きな怪我はしていないし、しばらくは命を奪われることもない。王子さまがいるのは、王都の端っこにある、とある富豪の持ち物だった屋敷だよ」
「エリク、無事なんだ……良かった……」
ほっと胸に手を当てて息を吐く。
大した怪我もしていないと聞いて、本当に安心した。しばらくは命を奪われることもないようだし……ん? しばらく……?
「……ユーグ、ひとつ確認したいのだけど」
「なにかな?」
「『しばらくは命を奪われることはない』って言ったけれど、その〝しばらく〟というのは、どれくらいなの……?」
「そうだなあ……」
ユーグは考え込むように腕を組み、宙を見上げた。
そして──にこっと、どこか寒気のする笑みを浮かべた。
「──三日は大丈夫だと思う」
「み、みっか……!?」
それって、明後日にはエリクがどうなるのかわからないってこと!?
しばらくって言うから、一週間くらいはあるのかと思っていたのに……!
予想外に短い時間で、わたしはパニックになった。
「す、すぐにでも助けに行かなきゃ……! エリクが死んじゃう……!」
わたしの脳裏には血塗れになって倒れているエリクの姿が浮かぶ。
やだやだ! まだエリクをぎゃふんと言わせることができていないのに……!
「落ち着いて。三日もあれば余裕でエリク王子を助け出せるよ」
「え……?」
嫌な想像ばかりが浮かび、涙目になっていたわたしはぽかんとしてユーグを見た。
ユーグは苦笑して、「エリク王子がいる場所は王都の端といっても、ここからすごく離れているわけじゃない。だから、今から準備すればなんとかなるさ」と答えた。
それにわたしはホッとする。
良かった……それならエリクは大丈夫だよね。
「──と、いうわけで」
「はい?」
唐突にポン! と手を叩いたユーグを不思議に思って見つめると、ユーグはにんまりと笑った。
「これからエリク王子を助けに行くから、ボクと会ったことは他言無用で」
「え……?」
エリクを助けに行く? 今から?
……どうやって?
「ボクがエリク王子を助け出してきたら、約束通りキミの家で雇ってもらうからね」
「え、ちょ……え?」
「じゃあ、行ってくるね~」
まるで近所に散歩にでも行くような気軽さで、ユーグは窓の外へ身を投げる。
それをぽかんとして見ていたけど、ふと気づく。
……あれ? この部屋、三階じゃ……?
慌ててユーグが消えた窓から外を見ると、もうそこにはユーグの姿はなくて、今までユーグと会話していたのが夢だったかのような気がする。
でも、夢じゃない。ユーグに口を塞がれていた感覚、まだあるもの。
どこにもユーグの姿がないということは、無事に着地できたということなのだろう。どんな超人だ。そういえば、どこからここに侵入したんだろう。
さすが窃盗団の幹部……と褒めた方がいいのか。すごく身体能力が高いんだろうな。
わたしも運動は苦手ではないけれど、この高さから飛び降りたら普通に怪我する。ううん、怪我で済めば良い方で、もしかしたら死んじゃうかも……。
窓の外を眺めながら、思う。
ユーグを信じて、いいのかな……本当にエリクを助け出してくれるのかな。
罠とかではない? 助け出して安心させたところを襲うとか……ううん、まだエリクの居場所が知られていないのに、わざわざ居場所を特定できるような情報をわたしに流すのはあまり得策とはいえない。
心では、ユーグを信じても大丈夫だと思っている。
けれど、それを頭が納得してくれない。本当に大丈夫? って、問いかけてくるんだ。
「……もう、エリクのバカ。なんで捕まっちゃうの……本当にバカなんだから……」
小さく呟いたわたしの声の、なんて弱々しいことか。
……なんでもいいの。天使でも悪魔でもいい。エリクが無事に帰ってくれさえいれば。
だから……。
「……おねがい。早く帰ってきて、エリク……」
エリクがいないと、すごく寂しい。
早くエリクの顔を見て安心したい。
わたしの願いはただそれだけ。
神さま。早くエリクに会わせてください──。




