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王子さまとの出会い



 ──エリクとの出会いは、わたしがまだ6歳になったばかりのときだった。


 父さまと母さまに呼ばれた部屋に行くと、知らない男の子がいた。

 その男の子はもさっとした髪型をしていて、そのせいで顔がまったく見えなかった。


「エリクさま。我が娘のリディアーヌです。リディ、こちらはエリクさまだ。エリクさまはこの国の第三王子なんだよ。ほら、挨拶をなさい」


 父さまに言われて、わたしは近頃褒められるようになってきた淑女の礼をする。


「ごきげんうるわしゅう、エリクさま。リディアーヌと申します」

「……エリクだ」


 彼はわたしの挨拶に対し、ぼそぼそと簡潔に答えた。

 どことなく暗いエリクの様子に戸惑っていると、父さまが困った顔をしてわたしたちを見比べた。


「エリクさまはしばらく我が家で過ごされることになった。リディ、失礼のないように」

「はい、父さま!」

「エリクさまも、ここを我が家だと思い、お過ごしください」

「……わかった」


 元気に頷いたわたしとは対照的に、エリクは小さな声で答えた。

 その日から、エリクと一緒に過ごす日々が始まった。


 わたしは王子さまだというエリクのことが気になって、父さまや母さまに内緒でエリクに会いに行った。

 エリクは自分の部屋にいるか、今ではすっかりエリクの定位置となった庭のベンチに座っているかのどちらかだったので、エリクの居場所はすぐにわかった。

 わたしは『王子さま』という存在に興味があった。

 絵本に出てくる、白い馬に乗ってお姫さまの危機に駆けつける王子さまに憧れていたのだ。


 エリクも、絵本に出てくるのと同じ『王子さま』。

 白いお馬さんの乗っているの、とか。どうして顔を隠しているの、とか。聞きたいことはたくさんあった。

 父さまは「失礼のないように」とわたしに言ったけれど、「話しかけないように」なんて言っていない。ましてや、仲良くしたらだめとも言われていないのだから、大丈夫。


 そう自分に言い訳をして、わたしはエリクに話しかけ続けた。

 最初は完全に無視された。懲りずに話しかけると、深いため息をつかれた。それでも懲りずに話しかけ続けると、「うるさい、こっちに来るな」と言われた。

 諦めの悪いわたしだけれど、そう冷たい態度をずっとされるとさすがに傷つくし、少し腹も立った。

 だから、意趣返しに彼がひた隠しにしている顔を見てやろうと考えたのだ。


「エリクさま、エリクさま」


 にこにこと笑顔で話しかけるわたしに、エリクは眉を潜めたけれど、すぐに読んでいた本へと視線を戻す。

 そんなエリクにわたしはそうっと近づき、もう一度声をかけた。


「エリクさま!」


 すると、エリクは煩わしそうな様子を隠しもせずにわたしを見た。


 ──今がチャンスだ!


 わたしはがっと彼の前髪をかき上げた。

 驚いて目をまん丸にするエリクに、してやった、とわたしは満足する。


 しかし、エリクの目を見て、今度はわたしが驚く番だった。

 ──エリクの目は、左右の色が違っていたのだ。

 右目は赤みの強い紫で、左目は青みの強い紫。

 そして、エリクの顔はびっくりするくらい整っていて、まるで人形のようだった。


 エリクは驚いて固まるわたしの手を払いのけ、前髪が乱れたせいで露わになった顔を歪めて、ぎろりとわたしを睨んで、怒鳴った。


「なにをするんだよ!」


 初めてエリクがわたしに感情をぶつけてきたのがそのときだった。

 それまでは完全無視だったから、その反応が新鮮だったけれど、悪いことをしたという自覚があったわたしは、急に後ろめたくなった。


「ご、ごめんなさい……どうしてもエリクさまのお顔を見たくて……」

「そんなのぼくの知ったことじゃないし、すごく不愉快だ。それに、勝手に人の顔に触るなんて、淑女として失格なんじゃないの」


 エリクの言うことはすべて正論で、わたしはぐうの音も出なかった。


「……まったく、こんな目見たって気持ち悪いだけだろうに」


 ブツブツと言って髪を梳かし、顔が髪で覆われていく。

 そんなエリクの仕草を眺めながら、わたしは不思議に思った。


「……どうして? エリクさまの目、とってもきれいだわ」

「……は?」


 エリクは髪を梳かしていた手を止めた。

 そして少し間を置いたのち、深いため息を吐く。


「……あのさ。そういうの、いいから」

「そういうのって?」

「だから、そういうお世辞とか、本当に要らないから」

「おせじじゃないわ」

「ぼくに気を遣う必要はない」


 頑なにわたしの気持ちを否定するエリクに、わたしはムッとした。


「本当に、おせじじゃないもん! エリクさまの目、とってもきれいだわ。ほかの人がなんて言うのか知らないけれど、わたしはきれいだと思ったのだもの! わたしの気もちまでひていしないで!」


 言いたいことを言えてすっきりした、と思ったのと同時に、今までのわたしの行動は父さまの言っていた『失礼なこと』になるんじゃないだろうか、と今さらながらに思い至り、顔を青ざめる。

 よく考えてみなくても、先ほどのわたしの行動や発言は失礼なことだ。感情にまかせて動いていたために、そんな簡単なことにも気づけなかった。


 どうしよう、と焦る。

 きっと、すぐに謝るべきなのだ。それはわかっているけれど、わたしは間違ったことを言ったとは小指の先ほども思っていない。だから、どうしても謝る気にはなれなかった。

 けれど、なにか言わなくてはいけないとは思い、一生懸命に台詞を考える。

 しかし、わたしの気持ちを表す適切な言葉はなにも浮かんでこなくて、わたしの気持ちは焦るばかりだった。


「……変なやつ」


 そのとき、エリクがそうぼそりと呟いた。

 きょとんしてエリクを見ると、エリクの視線はわたしから外れていて、手に持っていた本へと戻っていた。

 特に怒ってはいないらしいと判断し、わたしはほっとして、今日は戻るとエリクに伝え、エリクに背を向けたとき、


「……また来るの?」


 と、初めてエリクから声をかけられた。

 驚いて振り返ると、エリクの視線は本に向けたままで、やっぱりさっきのことを怒っているから、もう来るなと言いたいのだろうか、と落ち込んだ。


「エリクさまがめいわくだと思うなら、もう来ないわ」

「…………別に迷惑じゃない」


 なかなか返事がなくて、迷惑だったんだとさらに落ち込みかけたとき、ぼそりとエリクはそう答えた。


「来たいなら勝手に来れば?」


 エリクの言葉にわたしは目をまん丸くした。

 そしてじっとエリクを見つめると、微かに見えるエリクの耳が赤くなっていた。

 それを見たわたしは、嬉しくなった。


「……うん! また来るわ!」


 それにエリクからの返事はなかったけれど、それが了承だとわたしは捉えた。


 ──それから、わたしはことあるごとにエリクのところへ行った。

 だって、本人からの了承を得たのだ。前まではこそこそと行っていたけれど、今は堂々と行ける。なにか言われたらエリクがいいと言ったと答えれば、なにも言われなくなる。


 わたしはエリクにたくさん話しかけた。

 質問には必要最低限ではあるけれど答えてくれた。


「ねえねえ、エリクさま。王子さまってやっぱり白いお馬さんにのるの?」

「……乗らない。いや、乗る人もいるかもしれないけど、ぼくは乗らない」

「だって、本では白いお馬さんに……」

「それは本の中の話」


「ねえねえ、エリクさま。エリクさまはどうしてお顔をかくしているの?」

「……顔を見られたくないから」

「なんで? エリクさまのお顔、きれいよ?」

「そう言うきみがおかしいだけで、普通の人はみんな気持ち悪いって言うんだよ」

「ふぅん……ヘンなの」

「変なのはきみ」

「わたし、ヘンな子じゃないもん」

「あーはいはいそうだね」


 という具合に、会話をするようになった。

 段々とエリクと仲良くなれているようで、わたしはすごく嬉しかった。

 わたしにとって、エリクは初めての同年代の友達だったから。それはきっと、エリクにとっても同じだったと思う。


 ある日、わたしはエリクに〝理想の王子さま〟について話をした。

 わたしの話には適当な相槌しか打たないエリクだけど、その話はなぜか普通に返事をしてくれた。


「わたしね、大人になったら、理想の王子さまをみつけるの!」

「……理想の王子さま?」

「そう! 大きな赤いバラの花たばをもって、『リディ、ぼくとけっこんしてください』って言ってくれる王子さまをみつけるのよ」

「……そんなやつ、いるわけないだろ」

「いるわ! だって、本の王子さまはみんなそうだもの」

「……あっそ。まあ、頑張れば?」

「わたし、がんばるわ! おうえんしてね、エリクさま!」

「はいはい、応援するする。……まあ、もし見つからなかったら、ぼくがきみをもらってあげるから安心しなよ」


 えいえいおー! と張り切っていたわたしは、エリクの言葉を思い切り聞き逃し、「なにか言った、エリクさま?」と聞き直した。

 それにエリクは不機嫌そうに答えた。


「……別に。……ああ、そうだ。前から言おうと思っていたんだけど、きみに『エリクさま』と呼ばれるとむず痒いから、『エリク』でいい」

「でも……父さまたちは『エリクさま』って……」

「ぼくがいいと言ったんだ。なにか問題ある?」


 なぜか怒り口調で言われて、少し納得できないものを感じながらも、本人が望んでいるのなら、とわたしは頷いた。


「わかったわ、エリク。エリクもわたしのこと『きみ』じゃなくて『リディ』とよんでね」

「……気が向いたらね」

「気がむかなくてもよぶの!」

「はいはい、わかったわかった」

「エリク!」

「わかったってば。そんなに怒らないでよ、リディ」

「……うん!」


 この会話の数日後、エリクはわたしの家から去って行った。

 それにわたしはわんわん泣いた。大号泣してお別れをした。

 翌日、もうエリクに会えないんだ、と思い、落ち込んでいるわたしが庭で目にしたのは──昨日と変わらず、うちの庭で本を読んでいるエリクの姿だった。


 それに驚き、昨日泣いたのはいったいなんだったんだ、と思いながらも、またエリクに会えたことが嬉しくて、わたしはエリクにまず最初に文句を言って、それから昨日と同じようにエリクに話しかけた。


 ──そんなエリクとの関係は、今日まで続いている。




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