第四曲 リズム取り
「待って待って! リズム感があると言っても無意識のものだし、バンドは意識的にリズムに乗って演奏するものでしょ? 無理無理!」
僕は慌てて否定した。いやいやいや、無意識に『たまたま』リズム取っていただけと言う話で、バンドに入れられても出来る訳が無い。
「ん……中々折れないね。じゃあ、ご要望に応えて意識的にリズムとってみようか。俺の拍手の間に手を叩いてくれる?」
祥は、そう言って手を叩きだした。
「パン、、パン、、パン、、パン」
「え? え? いきなり何だよ?」
「いいからいいから♪ 拍手の間に入ってきてよ! パン、、パン、、パン、、パン」
「え…… と…… こうかな?」
パン、パン、パン、パン、パン、パン、パン、パン!!
祥の拍手の間に入る。
「ブラボー!! 2人で8ビート。じゃあ、これ。パン、パン、パン、パン、パン、パン、パン、パン」
「なんだなんだ?」
パンパンパンパンパンパンパンパン…!
「やるねえ♪ 2人で16ビート。これが最後、パンパンパンパンパンパンパンパン………」
「はや!!」
速さに面喰いながらも、間に入る。
パパパパパパパパ………!!
「ミッションコンプリート! 2人で32ビート! やったね」
「え? こんなの誰でもできるよね?」
「そう思うかい? 周りの皆の表情を見てごらん?」
祥とのやり取りに夢中になっていたから周りの存在を忘れていた。玲子が目を丸くして言葉を失っている。
「翔ちゃん……どうして?」
直美、理津美もキョトンとしている。バンドメンバーの拓人、哲太も驚いているようだ。
「うは~! やられたわ~! 天性ってヤツじゃね?」
「翔くん。ドラムの俺もビックリだ。もちろん練習なんてしてないよな?」
それでも納得がいかない様子の僕を察したのか、祥はリズムの取り方について説明した。
「ね? 皆の反応を見たら、君がどれだけスゴイことをやったか良くわかるよね?俺は一番最初4ビートで手を叩いた。翔くんはその間に入って手を叩いているから2人合わせて8ビートになる。俺のリズムの裏を取った訳だ」
リズムの裏……祥がやっていた手拍子の間に入ることを『裏を取った』と言っているのかな。あまりの速さに夢中で入ったけど、これは誰にでも出来ることではないと言うことか。
「そうなのかな……何かピンとこないけれど……」
「うーん。自分の凄さに気づいてないな? 16ビート、32ビートも完璧クリアだった。特に32ビートなんて、いきなり言われて刻むことなんてできない。練習していないんだから尚更だ。拓人が天性って言うのも強ち冗談ではない。」
「翔ちゃんすごーい♪」
直美が素直に感心する。拓人も納得したように祥の援護に回った。
「いきなり祥がバンドに『新メンバー入れる』 しかも、『たぶん今まで音楽経験が無いヤツだ』って言ってたから、ここに来るまで正直、反対だった。でも、これを見せられちゃ反対する理由も無くなったよ。な? 哲太!」
「そうだな。ドラムの俺が見ても本当にスゴいと思うよ。それだけ基本が出来ていれば楽器なんてスグできるよ」
哲太が頷きながら感心している。彼らの驚き様を見て祥が鼻高々に笑う。
「でしょでしょ? 翔くんはすごいんだよ! 彼がメンバーに入ってくれたら、さらに音が広がるぜ!」
話がトントン拍子で進んでいるが、肝心の僕が取り残されている。
「待って! まだ俺はバンド入るなんて言ってない!!」
僕は慌てて否定した。その言葉を聞いて祥は口を尖らせた。
「ええー? だって、意識的にリズム取れるじゃん? 断る理由無いでしょ?」
まったく……しつこいなあ……
「理由? あるよ。百歩譲ってリズム感はあるとしても、楽器に関しては全くの素人。触ったこともない」
「それだけ? それだけ?」
祥は意地悪く笑った。『楽器を演奏したことが無い』そんなことがバンドをやらない理由なの? って空気を醸し出した。思わず祥のペースに乗せられそうになったが、ここでハッキリ断っておかないと後で後悔すると思った。
「そうだよ。芸能事務所からスカウトされる程のバンドなのにいきなり素人が入ったら台無しじゃないか。」
「台無し? そんなことないよ。拓人、哲太だって、最初は素人だった。」
「それは、何年も前のバンド立ち上げからだから素人で当り前だろ?」
「何年も前と言ったって、2年くらい前だよ?」
……え? 2年くらい前?
「ちょっと待って? 2年前って言ったら中学2年生?」
さっきのライブ見てたら、そんな短期間で出来るレベルじゃないぞ? 嘘だろ? 言葉を失う僕に、拓人が笑う。
「そそ♪ 俺、中2の時に祥からバンド誘われたさ~♪ バンドやればモテると思って飛びついたさ♪ まあ、俺はボーカルで歌うだけだから何とかなったけど、哲太は大変そうだったな~」
「俺は拓人と違ってバンドに入るまで結構悩んだよ。熱心な祥の誘いに折れた感じだな。」
哲太は厳しい顔をした。顔の彫りが深く、筋肉隆々の彼は見るからに、堅実に見えるし、拓人みたいにノリで決められるタイプでは無いように見えた。どんな手を使って祥は彼のことを説得したのか興味があるな。
「『祥君の誘いに折れた』って、どう言うところで?」
「最初は断った。キミと同じような理由だ。音楽なんて興味がなかったしドラムなんて触ったことも無い。ただ、毎日毎日しつこく説得されて、それだけ俺のことを『必要としてくれている祥の誠意』に負けた……って感じかな。」
「そっかあ…実際ドラムやってみてどうだったの?」
「最初ドラムは力任せに叩けば良いと思っていた。でも、いざやってみると手足が言うこと聞かない。力は有り余っているが、譜面通りに叩けない。だけど、慣れたら何とかなるものだよ。俺が出来たのだから、翔君も出来るはずだ」
拓人、哲太からの思わぬ援護射撃に祥も饒舌になる。
「な? 2人もこう言ってるし、芸能事務所からスカウトされたのは事実だけれど、これから実力をつけていく段階だ。これからどうにでもなるのさ♪」
「う~ん……」
僕は何も言えなくなってしまった。だって、こんなに論理的で丁寧に説得されたら嫌とも言いづらいじゃないか。
でも、バンドをやりたいと思う反面、『今、僕のこの状態で快諾してしまってはいけない』と心の奥底に引っかかっているのも事実だ。今は突然誘われたばかりで精神状態が高揚して普通ではない。一度、家に帰って落ち着いて考えてみて改めて結論を出すのが良いよな。
引き受けてから、やっぱり出来ないじゃあ、それこそブリドリに申し訳ない。ちゃんと祥に言わなきゃ。
「うん。やっぱり、バンドには入れない」
「入れない? 今は不安だとしても、ちゃんと基本から教えるし、問題ない。それでも考えは変わらないかな?」
「変わらない。『今は』」
「今は! 今は。って言った! 聞こえた。確かに聞こえた!」
祥は子供の様にはしゃいだ。
「『今』をクローズアップされても困るよ……もう一度落ち着いて、ゆっくり考えたいんだ。だから今は保留と言うことで勘弁してくれないかな。中途半端な状態で引き受けたら返って祥くん、ブリドリに迷惑かけることになるかもしれない。」
「おっけぃ♪さっすが翔くん! 俺が見込んだだけあるね。軽く了承されても心配になるからね。あ、最後にブリドリに迷惑かけてもらっても全然構わない。それを乗り越えての仲間なんだからさ♪」
「仲間……」
「そう。仲間。」
祥はニッコリと笑った。
『仲間』と言われてドキッとした。今まで仲間なんて言われたことなんて無い。初対面で、ほとんど話したことのない僕に『仲間』と言う言葉を使ってくれる。祥の器の大きさ。ブリドリが成功しているヒトツの理由ってこれなんだろうな。祥と僕のやり取りを見て拓人は嬉しそうだ。
「あ~あ~翔くん祥の術中にハマっちゃったね~もう逃げられないよ~ん」
「しっ!拓人しっ!」
拓人の言葉に祥は口に人差し指を当てて黙らせようとした。もちろん冗談だと思うが。
……ふと理津美が腕時計に目をやった。
「うわぁ!!もう23時だよ!!直ちゃん大丈夫?!!」
直美の家は厳しいのだ。21時が門限で、もう2時間も過ぎている。
「あ~ほんとらぁ… まあ何とかなるんじゃないかなあ♪」
本人は至って、のんきだ。そんな直美を見て、むしろ理津美が慌てる。
「何とかならなかったら、どうするのよ! 私が後で直ちゃんのお母さんに電話しておくね!」
「まじか~♪ でも助かる~理っちゃんは私の家族の信用厚いからなあ♪ ありがとーございますぅ」
直美は理津美に対して深々と頭を下げた。そんなほのぼのとしたやり取りに皆も思わず笑顔になった。
「あ! 玲ちゃんは大丈夫だよね?」
理津美は念のために玲子に確認する。
「うん! 大丈夫! って、ついで?!」
「玲ちゃんなら、ご両親を言いくるめられるかな? って♪」
「ひどーい! でも確かに、いつも言いくるめてるかも」
そんな玲子達のやり取りをみて、拓人が割って入る。
「翔くん! 是非バンドメンバーになってください! 女の子との親睦を深めたい!!」
「ええ~? それってひどいすよ。彼女らがいるからバンドに誘ってるみたいじゃないですか。」
「あ。それあるかも。」
拓人は意地悪に笑った。場が和んだところで祥は締めの確認をする。
「じゃあ、今日は帰ろうか。翔くん! 返事は今日から一週間後、来週の木曜日ココでいいかな?」
「わかったよ。木曜日はバイト無いから大丈夫」
「おっけー! じゃあ来週楽しみにしているよ」
一週間貰えれば、何らかの結論が出るだろう。今日のところは解散。さて、どうしたものやらだ。