第三曲 種明かし
まったく満席のファミレスの中で殴り合いとか何を考えているんだ!
しかも『初対面』で、だ。
店員、客から警察に通報されたら、なんて言い訳するつもりだよ。祥は、僕らの不服そうな表情を見て、反省するどころか少しムクれて言った。
「そんなに怒るなって! 予想はしてたけど、俺のパンチ綺麗に見切られたね……しかも殴り返してくるとかすごい! もう少しでパンチ喰らうところだった。これは予想外だ。悔しいぜ!」
誉められたところでケンカのレクチャーを受けている訳じゃない。何故そんなこと、ケンカ紛いのことをしたのかを知りたい。
「で、今のどこがヒントなの? 誰得???」
「……え? わからなかった?」
僕が祥の行動を理解していないことに対して不思議そうな顔をした。
「『わからなかった?』 って言う気持ちも『わからない。』」
例えて言えば勉強の内容が全くわからなくて、先生に質問をしようとしているが、頭が悪いために『何を聞いたら良いかわからない』状況を思い浮かべ祥にバカにされているようでイラッとした。
なんなのこの人?納得できない。祥は、そんな僕の様子を感じ取ったらしい。
「え? 怒ってる? 翔くんは、俺の何を見て何を感じてパンチを避けたんだい?」
「そりゃ動作だろ? パンチを繰り出す動作。」
「おいバカにするなよ? 俺がパンチを繰り出した初動をみてから拳を避けられるなんてことないだろ? 俺はそんなにノロマじゃないぞ?」
「え? だって、動作だけ、って動作以外に何が……ん? 動作だけ? どうさ………? あああーー! そうか!」
「はい! キタコレ!!」
僕が思い当たったことに対して、祥は僕のことを両手の人差し指で指しながら大袈裟に喜んだ。『ピン』と来た僕の顔をみて玲子が急き立てるように言う。
「え?! なになになに?! 翔わかったの?! 早く言いなさいよ!!」
まったくうるさい奴だ。
「たぶん…… 呼吸のことだと思……」
「ビンゴーーおっ!」
僕の言葉が終わる前に祥が叫んだ。
「で、呼吸が何か?」
まだわからない。呼吸とスポーツ、バンド……んん……繋がりなんてあるのか?
「こきゅうをみるってなぁに~??」
ぽけらんと直美が聞く。すると理津美がフォローした。
「剣道で打突する時ね。人ってさ、息を吸って止めてから動作するの。さっきの祥くんも息を吸って止めたタイミングで翔ちゃんに殴りかかった訳。普通は息を吐いた後に動作するなんてことはしないよね?」
「すーはーすーはーすーぴた。とう! めーん!! って感じ?」
直美は深呼吸をするように手を広げたり閉じたりしたあとに剣道で面を打ち込む動作をした。
思わず祥が笑いながら突っ込む。
「石川ちゃん……そんなことしたら、相手に動きバレちゃうよ!」
チャラ男の拓人は直美をみながらデレ顔になっている。
「石川ちゃ~ん! かわいい! それ、もう1回やって!!」
「すーはーすーはーすーぴた。とう! めーん!!」
「たまんねー! 動画撮りたい!」
拓人の目は、直美の揺れる爆乳に向いている。
「え~? やだ~! もーやーらない!」
「そんなあ………俺の癒しがあ………」
うな垂れる拓人。全くバカなやり取りだ。
祥は、そんなことお構いなしに感心した顔で理津美を見ている。
「さすが才女の理津美様! 理解が早い!」
「ちょっと考えたらわかることじゃない。当り前よ。で、呼吸とバンドがどうどう繋がる……あ!」
「おお! 理津美さん。わかったね! 冴えてるね! 翔くんはわかったかい?」
「ええーー……? 呼吸とバンドの繋がり? なにそれ? 想像もつかない」
僕の言葉に理津美と祥以外の3人も深く頷いた。
「これ以上引っ張ってもしょうがないか。リズムだよ。呼吸とバンドの共通点はリズム。」
……リズム?まあ、呼吸は連続して行うものなので、ある意味リズムがあると言うことは何となくわかる。だが、腑に落ちない。
「リズムって、剣道は詳しく説明してくれたからわかったよ。あと卓球もボールの行き来はリズムだから何となくわかる。だけどバスケ、野球とリズムに何の繋がりが?」
「バスケはレイアップシュートのリズム。ディフェンスの時の相手の動きの抑止」
レイアップシュート……
そうか。走りながら『いちにのさーん!』って頭の中で数えてシュートしてたっけ。ディフェンスの時も確かに相手の呼吸を見てた様な気がする。
言われなければ気づかなかったけれど……
祥は解説を続けた。
「それで野球は、『自分のスイングスピード』と『ピッチャーから投げられるボールのスピード』をリズムで計っていたね。一番驚いたのは、スイングが間に合わないからかな? ピッチャーの手から離れる前に翔君はバットを振り始めていたんだ」
「ああ~……野球の時は、すごいボールが早くて、まともにバット振っても当たらないと思ったから。でもチェンジアップとか変化球投げられたら空振りしてたと思う。しかもボテボテ内野安打だったしね」
「確かに校内の球技大会だし翔くんは野球部では無かったからピッチャーはストレート勝負でいったんだろうね。でも相手は3年の野球部エース。全力ストレートに当てただけでもすごいよ」
「誉めすぎ! でも言いたいことはわかったよ。」
良く見てるな……
むしろ僕は祥の観察力に驚いた。遠くから俺のスポーツをやっている姿を見て、ここまで分析していたのかと考えると正直嬉しいかな。
祥は一通り解説が終わって、僕に意地悪に笑いながら問いかけた。
「あとさ~? バスケの時、俺と対戦してたの知ってる?」
「まじでっ?! 1組だよね? いたっけ?」
「いたさ~。傷つくなあ……結構がっつり翔くんのことマークしてたんだけどな。」
「……ああっ! 思い出した!!」
そう言えば、しつこくマークしてきたヤツいたわ。本当ウザかった。シュートも結構決められたし、あれ祥君だったのか。
「思い出した? 翔君に抜かれたときはショックだったな。俺の呼吸を読まれたんだろうね。バスケ漫画のようにコテンパンにやられたよ」
「うん。思い出した。コテンパンとか大袈裟でしょ? 特進クラスに負けたく無いって意地があったからね。ギリ勝って嬉しかったよ。」
「あの時は悔しかったなあ……って、ことで。スポーツとバンドが繋がった根拠わかってくれたかな? ってことで、一緒にバンドやろうか。」
「……え?」
一旦、話が逸れたように思ったが、話がもとに戻ってしまったようだ。