第二曲 夢の世界への誘い
僕は祥からの突然の提案に慌てふためいた。
「俺らとバンド一緒にやってみないか? って、初対面で何言ってるのさ?! しかも僕バンドなんてやったことないよ! むりむり!!」
「キミは俺らに対して初対面だけど俺は前からキミのことを見ていたんだよ? 気づかなかった?」
慌てる僕に祥は、なだめる様に話した。
って、ちょっと待って。今、『前から見ていた』って言ったよな。
「前……から?」
「そう。前から。正確には5月の球技大会からかな。それからずっと君のことを見ていた。」
5月の球技大会。うちの学校では新入生と在校生の親睦を高めるために球技大会を行う。いくら親睦を高めるためにと言っても中学上がりの子供に対して、ほぼ大人の高校3年生と対戦させるなんて、ちょっとおかしいと思う。
玲子がお節介に、僕のことについて解説をするために前のめりで割って入る。
「球技大会! 翔ちゃんって、バスケ、野球、卓球に駆り出されていたよね」
「それは、お前が勝手に登録したんだろ? 僕は、やりたくなかったのに!」
直美は僕たちのやりとりを見て『またか』と言う感じで笑いながら言う。
「あはは♪ でも翔ちゃん何だかんだ言いながら全部の球技でチームを引っ張ってたじゃん! 3年生にも勝っちゃったし! あれ以来、各部からの勧誘が激しいよね」
「あ~たまたま上手く行っただけで、まぐれだよ。体育会系の部活なんてありえない。運動神経も良くないしな」
ちょっと誉めすぎだろ。僕は体育会系キャラじゃないのだ。誤解されては困る。
否定したところで、僕の心を見透かしたように今度は祥が割って入った。
「そう! 運動神経が良くないと言っている翔くんが、何故、バスケ、野球、卓球で大活躍できたかわかるかい?」
「え? そんなのわからないよ。たまたまだろ?」
何言ってるんだ?この人は……
「たまたまで上級生相手に勝ち抜ける訳無いじゃないか。うちの高校は、そんなにへっぽこじゃないって!」
「へっぽこ!」
祥の『へっぽこ』表現に思わず笑ってしまった。だけど、まぐれじゃないと言い切る祥は何を根拠に言っているのだろう?
「ところで翔くん。小さいころ何かスポーツやってた?」
「え? やってな……あ! 小学生の時に剣道やってた!」
遠い記憶なので思い出すまでに時間がかかったが、言われてみれば剣道やってたな。姉が小学生の時、剣道を習っていて凛々しい姉の姿に子供ながら憧れて親にねだったのだ。
「剣道! それだ!」
祥は何かが思い当たったかのように、手を叩いて叫んだ。
「え?! それっ?!! 剣道っ?! どれっ?!」
僕は祥の言っていることの意味が全く理解できなかった。
剣道と他のスポーツの共通点……?
「球技大会のバスケ、野球、卓球、そして……小学生のときにやっていた剣道。君の中での基本は全て一緒。」
「基本? そんな意識して運動している訳じゃないよ。」
「無意識で出来てるって言うのが、さらにすごいね。そして、その基本は例外無くバンドでも活かすことができる。もっと言うと、『バンドが翔君の生まれついた能力を一番活かすことができる場所』と言っても過言ではないね。」
「??」
自信ありげな祥の言葉に混乱した。ボーカルの拓人が冗談交じりに種明かしを求める。
「祥ちゃ~ん。一人で納得してないでさ、みんなに分かるように説明してよ? みんなポカーンとしてるよ!」
「悪い悪い♪ じゃあ、もう少し言うと、翔くんはさ、剣道で打突する時、相手の何を見て動いていた?」
剣道で打突する時? 相手に打ち込むときってことだよな。
そんな小学生レベルで相手の何かを見て打ち込むとか意識するか?
「うう~ん……無意識?」
「おっと~そう来たか。翔君は面白いね~♪」
祥は僕の言葉に苦笑いした。首を傾げる俺に見かねた祥は提案してきた。
「じゃあさ、俺が祥君のこと殴るから、かわしてみてくれる?さあ立って?」
「え? え? ちょっと待って! 殴るとかひどいよ! それに此処をどこだと思っているんだ! 周りに迷惑だよ!」
この人は急に何を言い出すんだ!
祥は慌てる僕に対して優しく宥める。
「まぁまぁ♪ 1分もかからないから。」
困惑している僕に理津美も説得に入ってきた。
「翔ちゃん。諦めたほうがいいよ? 祥君も何か思惑があるみたいだし、それに何より、やらないと共通点の答えがわからないみたいだしね。」
理津美の言葉に玲子も冗談交じりに冷やかす。
「そだね~。翔ちゃん。万一殴られちゃっても私が介抱してあげるよ♪」
「玲子に介抱されても、ぺったんこで嬉しくないよ!」
「ぺったんこって何のことよ! セクハラ!」
玲子が赤い顔して怒る。やばい。言い過ぎた。ここは深追い禁止だな。
話を変える意味でも祥の提案に載っておくか。殴られてノックダウンってことは避けたいが。
「しょうがないな……じゃあ。うん。わかった。」
「おっけー♪ そうこなくちゃ! 俺のパンチをかわすことができたら殴り返していいよ~」
「やめてくれ! 警察呼ばれちゃうよ!」
本気か冗談かわからないな……
僕は渋々席を立って祥と向かい合った。
「よし。準備はいいかい? 行くよ。」
「お、おう!」
祥は真面目な顔をして、僕の顔をみて構えた。
うわー緊張するなあ……痛いのは嫌いなのだけれどな。
「スー…… スー…… スー……」
祥の息使いが聞こえる。周りは雑然としているから、『聞こえてる気がする』ってヤツかもしれないけれど。
僕は身構えた。
一体、いつ打ち込んでくるんだ…?
「スー…… それっ!」
祥が僕に向かってパンチを繰り出した。
早い!
「うわっ! と!」
僕は寸前のところで、祥のパンチをかわして……
「バシッ!!」
「おっと♪ 本当に殴り返してきた!」
祥は笑いながら僕のパンチを手で受け止めた。
「あ! 体が反射的に! ごめん!」
「問題ないよ~♪ 俺が殴り返して来いって言ったんだしさ」
「いや、そうだけどさ……」
「ってことで……わかった?」
「わかんねーよっ!!」
「わかんないよっ!!」
「わかんなわよっ!!」
またしても祥以外の全員が、非難の声をあげた。