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アンコール 旅立ちの時



 ~三年後~


「ほーんと、まさかだわ」


 慶蘭大学二年生の弘子さんが溜め息交じりに呟いた。


「まったくだわ。まさかの翔ちゃんよね」

「翔ちゃんのくせに生意気! 大体、成田空港遠すぎ! 来るだけで疲れたわ!」

「ふぇぇぇーん! じょーちゃああん! ホントにホントに行っちゃうのぉぉぉ?!」


 慶蘭大学一年生の理津美、玲子、直美が弘子さんの言葉に続いた。


 ちなみに弘子さんと理津美は学年主席で奨学金……返済の必要のない給付型奨学金で大学に通っている。二人とも日々忙しくしているのに、いつ勉強しているのかと不思議に思う。


 また、同じく慶蘭大学の玲子と直美は、弘子さんと理津美に泣きつき勉強を教えてもらって何とか一般入試を勝ち抜いた。ちなみに直美だけはギリギリで補欠合格だった。これも彼女らしいと言えば彼女らしいが……


 あ、僕?

 僕は……


「まったく、何回も同じことを言うなよ。前々から伝えていたじゃないか」


 シュトルツのメンバー5人、揃って頬を膨らませて僕に批難の顔を差し向ける。


 そう、僕が高校生の時、シュトルツは4人組だったのだけれど、彼女達が大学に入って『ボーカルが新規参入』したのだ。


かけるちゃん。『アメリカで成功するまで帰ってこない』くらいの覚悟で行きなさい。シュトルツのことは私に任せて」


 僕の姉さん弥勒寺みろくじかおりが、前に出てきて僕のことを諭す。


 ……そう、シュトルツに新規参入したのは、慶蘭大学四年生の僕の姉さんだ。


 まったく、良く言うよなあ……昨日の夜は、大変だったんだ。


 --翔ちゃん! アメリカ行くのやめてもいいんだよ!

 --暫く会えないからチューしておこうよ!

 --むしろ私の純潔を奪って!


 姉さんは、隙あらば僕のことを押し倒そうとしていた。もう目が笑っていなくて恐怖さえ感じたけれど、何とか無事にここまで来ることができた。


 なのに、今は昨日と全く真逆のことを言っている。どんだけツンデレなんだって言う。


 そんなことを知らない『姉さん大好きリスペクト』の弘子さんは興奮して両手を組んで目をキラキラ輝かせた。


「ほんとほんと! でも、香先輩がシュトルツのボーカルに決まったときは涙で前が見えないくらい嬉しかったんだよー!! お陰で華の大学生活が送れそう!」


「そ、そう? じゃあ一、二年留年しちゃおうかしら」


「是非是非っ!」


 バカなことを言い合う主席の二人。奨学金が貰えなくなっても知らないからな。


「あのさー? 俺らも弟と一緒に行くんだけど、もうちょっと悲しんでくれていいんじゃね?」


「そうそう」


 拓人と哲太が、僕らの様子を見て拗ねている。男が拗ねても全然可愛くないってば。


「ふえぇぇぇん! じょーぢゃあああん! 行かないでぇーーー! むぎゅう」


「「無視かよ!」」


 直美が僕に飛びついて、ぎゅーっと抱きしめる姿を見て、拓人と哲太が泣きそうな顔をしてツッコミを入れた。


ひでちゃん……ちょっと苦しいよ……」


「やだあやだあ! 離れたくない! 離れなひいいいい!!」


 梃子てこでも動かないと決心したように、直美は頑として僕から離れなかった。直美の爆乳が、僕の腹に強く押し付けられて呼吸が出来ない。そんなことお構いなしにどんどん強く抱きしめてくる。


「じょーちゃああん! じょーちゃあああん!!」


 気持ちは嬉しいのだけれど、人目もあるし心から止めて欲しいと切に思った。ただ、弘子さん、理津美、玲子は半ば諦めた様子で苦笑いしながら、遠目に眺めていた。まったく、助けてくれよな。


「ちょっと……? 離れなさい」


 ただ一人、この状況を許さない人間が居た。言わずと知れた姉さんだ。外では人格者を気取っているが流石に許せなかったらしい。


「やだーやだー!!」


「シュトルツじゃ不純異性交遊禁止!! ほらっ離れなさい!」


 姉さんは、後ろから直美の両脇を抱えて、『よいしょ』っと僕から引き離した。


「やだあ! やあだぁ! やあだあ!!」


 姉さんに羽交い締めにされながら両手両足をバタバタさせて暴れる直美。そして直美は飼い主に連れ戻される猫のように、ずるずると遠くに引き離されていった。


 --ふにゅう……


 遠くから直美の鳴き声が聞こえる。本当に猫みたいだな。



『ちょっとちょっとーっ! 俺に荷物押し付けたまま先行っちゃうとか酷くねー?』



 向こうの方から、たくさんの荷物が積まれたカートをガラガラと押してくる男が見える。


「新人なんだから荷物持ちは当たり前だああっ! うひゃひゃ!」


 拓人がカートに向かって指をさして腹を抱えて笑い転げる。


「新人たって、腕はしょうよりあるっての!」


「ははは! そうボヤくなって。弟はブリドリのバンマスなんだから、荷物持ちはさせられない。そうすると新入りの『打戻』が荷物持ちって訳だ」


「ったくよう! 今に見てやがれ!」


 そう。弘子さんは大学に入ってからブリドリを抜けてシュトルツに専念することとなった。で、ブリドリのベーシストの穴を埋めたのが、かつてのライバル『打戻うちもどり和也かずや』だった。


 高校卒業と共に彼が所属していたスパイラルスネークが解散した。そして、打戻はブリドリに参入することになったのだ。もちろん打戻のブリドリ参入の時は、なんやかんやあったのだけれどね。


 ちなみに理津美も、ほぼシュトルツのバンマスに専念することになり、ブリドリのキーボードはゲスト出演する程度になった。


 何故、弘子さん、理津美がシュトルツに専念……と言う流れになっているのかと言うと、僕の姉さんがシュトルツに入ってからと言うもの『大ブレイク』してしまったからだ。


 ミス慶蘭大の弥勒寺香がボーカルを務めるバンド『シュトルツ』が世間の脚光を浴び大手レーベルからスカウトされてメジャーデビューを果たしたのだ。美貌と実力を伴うバンドとして。

 それはもう毎週ヒットチャートのトップに名前が上るほどだ。


 --きゃーー!!

 --かおりーーん!!

 --ひろぽーん!!


 シュトルツのファン達が黄色い声を上げる。

 成田空港のラウンジは僕たちを遠巻きに取り囲み警備員が必死にガートしている状況だった。


 彼女らは無理矢理スケジュールを調整(姉さんが中心となってマネージャーを脅)して、僕たちを見送りに来てくれたのだ。

 この光景を見ると、姉さんって本当に凄かったんだなと実感する。


 シュトルツの軌跡については、機会があったら話すことがあるかもしれない。


 --かっこいいーーっ!

 --翔ーーっ!

 --拓人ーーっ!


 僕らのファンも中にはいるようで、名前を叫ぶ声が聞こえた。


 そうそう、今回、アメリカに行くメンバーのこと。

 僕がアメリカ行きを決めた時に、ブリドリの既存メンバー拓人、哲太に加え、打戻和也も『行ってやってもいいぜ』って素直じゃないながらも手を挙げたのだった。


 最初は僕一人で、祥の夢を叶えるためにアメリカ行きするつもりだったのだけれど、僕一人アメリカに向かわせるのは心配だと哲太が進んで手を挙げてくれたのだ。


『ボインの金髪パツキンねーちゃんと仲良くなれるかな?! たまんねー!』


 拓人は、そんなよこしまな理由でアメリカ行きを決意したようだ……


 と、言う訳で、今のブリドリは男四人組で結成されている。


「ほーんと、弟のギターがココまで上手くなるなんてな。祥の呪いかな。このまま日本に居たってレーベルが黙ってないだろうに、それを全て捨てるなんて勿体ないな」


「あははっ! 祥の呪い……そうかも!」



 哲太の冗談とも取れない言葉に思わず笑ってしまう。

 僕が初めてギターを弾いたライブで、祥が乗り移ってきたあの感覚。あれは夢だったのだろうか。


 でも、あのライブでハイレベルな演奏をぶっつけ本番で弾くことが出来たのは、祥が僕に憑依して弾いていたからに違いない。と今でも思っている。



 --いつでも祥は僕のことを見てくれている



 はああ……これじゃサボることなんて、とてもできないな。


 --祥、待っててよ。全米制覇の夢は祥の代わりに僕が果たすから。


 周りを見回すと、みんな僕のことを名残惜しそうに見つめていた。


「行ってきます!」



 皆に向けて深く深くお辞儀をして、搭乗口に向かった。もう振り返ることはない。振り返ると泣いてしまいそうだから……



『翔ちゃーん! 身体に気を付けてー!!』


 姉さんの叫び声が背中越しに聞こえる。



「弟、たくさん失敗しようぜ!」


 哲太が僕の肩をポンと叩いて微笑みかけた。


「ああ、そうだな。たくさん失敗するからフォローよろしく」


「もちろんさあ! 任せろっ!」


 拓人は、後ろから僕の肩をギュッと抱いた。


「あはは! 頼もしいな!」



「まあ、俺が入ったからブリドリも安泰だ。良かったな」


 打戻はドヤ顔で僕に突っかかってくる。


「お前が居るから心配なんだよ!」


「なんだとー?! 今に見てやがれ!」


 僕からの言葉に打戻は笑いながら批難した。



『人生うまく行かないからおもしろい』



 うん。

 祥……僕はこれから波乱万丈の人生を自ら歩むことにするよ。


 ブリドリのメンバー達と一緒に。


 だから、


 だから、見守っててくれよな。


 その優しい瞳で。


 人生で、ただ一人の『愛友』に出会うことが出来て本当に良かった。


 ありがとう、祥。



 --終--


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