最終曲 祥と共に
『Stolzです!』
ステージ上のメンバー
--キーボード&ボーカル(バンマス)
「片瀬理津美」
--ギター
「石川直美」
--ベース
「川名玲子」
--ドラム
「白旗弘子」
が、一斉に、勢いよく頭を下げて挨拶をした。
衣装は白を基調とした紺の縦ストライプが入ったスカートスーツ。胸元には大きな紺に白いドットプリントのリボン。
この衣装は、前回のブリドリのライブに続いて理津美の手作りだ。
僕らブリドリの前に先行して、シュトルツが演奏を行う。ステージ上に立つメンバーの顔を見て会場から驚きの声が上がった。
『ええっ?! ドラムに座ってるのブリドリのベース弘子じゃね?! それにキーボードもブリドリの理津美だ!!』
『女の子誰?! 小さくてかわいいー!』
『衣装かっこいい! 決まってるね!』
ビラに参加バンド名だけが書いてあったことから、観客からしたら、そもそもシュトルツとは何者かわからない状況だった。それだけに観客は、より一層びっくりしている。
すると何の前触れもなく……
--キュイイイーン!!
ブリドリのライブと同じようにカウントなしで直美のギターソロから始まった。ギター担当の直美の見た目とは似つかわしくなく、それは迫力ある、力強い演奏だった。
--ドゥドゥドゥドゥドゥーン……
玲子のベースも型にはまっていて、堂々としたリズムを奏でる。
--ダン! ダダダダダ……
弘子さんのドラム。ツーバスドラムだ。両足から放たれるバスドラサウンドに加え力強くスネアを叩くスピードと、迫力は、とても女子とは思えないくらいだった。
と言うか、弘子さん最初から思い切りドラムを叩いているけれども、お願いだからブリドリのライブまで体力残しておいてくれ……
--ティーティララー
そして最後に、理津美のキーボードとボーカルが入った。
ブリドリとは違う、華やかで、でも決して軽くなく、とてもカッコいい曲だった。全て祥が作詞作曲した訳だけれど、ブリドリとは性格が全く違う曲に仕上がっている。
曲を作るだけでも大変なのに、良くブリドリとシュトルツの曲を並行して作れるものだと改めて感心した。
--曲が終わり、バンマス理津美のMCが始まった。
「はあ……はあ……みなさん、初めまして。私達、シュトルツです!」
--ウォォー!
観客は拳を上げて、最初から全力疾走で息が切れている理津美の挨拶に応えた。出だしは上々だ。
「あ、ありがとうございます! 嬉しいです! シュトルツは、『A Brief Dream To You』……皆さん良くご存知の『ブリドリ』の妹バンドとして結成されました!」
--理津美ちゃんかわいい!
女性ファンから歓声を受ける理津美。早くも大勢のファンをゲットしたようだ。
「……もうちょっと言うと、シュトルツはブリドリの祥くんが生みの親です。祥くんは私と同い年だけれど、とても頼りがいがあってお兄さんみたいな存在です。……でも彼は、先日不慮の事故で亡くなってしまいました。彼の命は普通では、考えられないくらい短かった。その分、私たちは祥くんが天国から安心して見ていられるように精一杯頑張ります!」
--がんばれー!
--応援してるよー!
--シュトルツ最高ー!
……その後、シュトルツは全六曲の演奏を大盛況の中、無事に終えることが出来た。きっと、祥が死んだショックで僕が引きこもっていた間も休みなく練習した、その賜物だろう。
『ありがとう! シュトルツでした!』
理津美の挨拶と共に、ステージから手を振りながら舞台袖に引き上げてくるシュトルツのメンバー達。その顔は自信に満ち溢れ、とても輝いていた。
--ヘーイッ!
弘子さんは舞台袖に待機していた僕に対して両手を上げた。そして、釣られるように僕も両手をあげて……
--パーンッ!
ハイタッチ。続く玲子、直美も負けじとハイタッチ。
……と言っても背が低くて僕は膝を折り曲げてのハイタッチになったけれど、後が怖いので特にコメントはしなかった。
そして、最後に理津美……
「舞台は温めておいたよ! さあ、つぎつぎ! ブリドリのバンマスさんよろしくね!」
--パーンッ!!
理津美は僕の右手を目掛けて、思いっきり片手でハイタッチをした。
……うん。いよいよだ。
十分間の休憩で、弘子さんと理津美は衣装を着替え、ブリドリのライブに向けて急いで準備をした。
僕はブリドリのメンバー達を見回して、笑顔を作り号令をかける。
「みんな、準備はいい?!」
上手く笑えているかな、緊張が皆に伝わっていないかな。バンマスとして皆には気持ちよく演奏が出来るようにエスコートしなければ。
……すると、拓人が、いつもの様に僕の肩に手を回して笑った。
「弟ちゃーん。カッコつけなくてもいいんだぜー? 今日はお祭り。楽しんでいこうや!」
拓人の言葉に『ヘヘヘ……』と笑うメンバー達。僕の心の中は、すっかりお見通しな訳だ。全く、バンマスの威厳も何も無い。
「うん。楽しもう!」
「そうそう。その笑顔だよ。翔ちゃん!」
弘子さんが僕に向けてサムズアップ……親指を立てて激励した。僕も、そして他のメンバーもサムズアップで応える。
「よし! 行こう!」
「「おう!!」」
僕の掛け声で、皆とステージに向かう。
--あ、そうだ。
「拓人、これとこれ持って行ってくれる?」
「ん……それは、弟の……あ、ふーん。そうかそうか……おっけーおっけー」
そして僕は『ベース』を持って舞台に進んだ。
今回の衣装は、みんな制服で、左腕に黒い喪章をつけステージに上がった。
--ボーカル
「大庭拓人」
--ギター(バンマス)
「高倉祥」
--リードベース
「白旗弘子」
--サイドベース
「弥勒寺翔」
--ドラム
「渡内哲太」
ギターの立ち位置には、『ギタースタンド』、そして、『祥の碧いギター』が置かれた。
さっき拓人にギターを渡して、置いてもらう様にお願いしたのだ。祥が、そこに居る。早くギターを弾きたいとワクワクしてしる祥の姿が脳裏に浮かぶ。
--うん。僕はここからバンドを始めたんだ。
今日も、ここから始めたい。祥が居た頃のブリドリから。
--真っ暗闇の中、祥の碧いギターにスポットライトが当たる。
「会場のみなさん……ブリドリのギターリストであり、バンマスのギターリスト祥は、先日、交通事故で亡くなりました。それで、皆さんに、ご起立、ご脱帽の上、一分間の黙祷を祥に捧げるようご協力をお願いします……黙祷……」
メンバー全員、会場のファン達が頭を下げて目を閉じ合掌する。
中にはシクシクと涙を流すファン達の姿もあった。それだけ祥の存在はファンにとっても大きな存在になっていたのだ。
祥は将来有望なギターリストだっただけに、今回の死はとても残念……と言うか、とても飲み込めるものではなかった。
「ありがとうございます」
一分間が過ぎ、僕がお礼を言うと観客たちは目を開けて顔を上げた。そして、続けて僕はブリドリのバンマスとして語り続ける。
「恥ずかしい話なのですが、祥が亡くなってから、僕は引きこもり家から出られない状況が続きました……そう、自暴自棄になっていました。正直、祥の後を追うことも考えました。ブリドリに入って、まだ数ヶ月の僕ですが、ありえないスピードで祥の魅力に惹きこまれていっていることを『祥が居なくなって、初めて再認識した』のです。いや、男が好きとかではないですよ。僕はノーマルです」
「ほんとかよー?」
すかさず拓人が絶妙なタイミングでツッコミをいれてきた。会場から遠慮がちにクスクスと笑いが漏れる。
今日は追悼ライブと言うこともあるけれど、湿っぽい空気のままライブを始めたくないのだ。
僕は拓人に微笑んで、再び言葉を続けた。
「まあ……本意は置いておいて。祥は色々な言葉を僕たちに遺していったのです。どれも、心に突き刺さる言葉たちでした。その中で一番印象に残ったのが『人生うまく行かないから面白い』と言う言葉でした」
--ドゥドゥーン!
弘子さんがベースで大きく効果音を弾いた。ぶっつけ本番の語りなのに打合せしていたかのような絶妙なタイミングだ。
「誰でも、人生、上手く行かないことのほうが多いかもしれませんし、楽しいことより辛いことの方が多いかもしれません……だけれど、辛いことがあるからこそ、小さな幸せを『敏感に感じる』ことができることを祥から教えて貰いました」
--ダカダン!
哲太のキレあるドラム音。順番なんて決めてないのに、良く他のメンバーと音が被らないもんだ。
僕が哲太の方を向いて、首を傾げ微笑むと、哲太はスティックをあげてクルクルと回して応えてくれた。
僕は再び正面を向き、観客に語り続ける。
「……もし、もし人生が楽しいことばかりだったとしたら、どんなに良いだろう。でも……人は、楽しいこと『だけ』続けば、それが楽しいことでも、当り前のことに思えるでしょう。そう、『楽しかったことが、普通、あるいは、普通以下に思えてしまう』のです。他の人が見たら明らかに恵まれていることであっても、当人にとっては退屈、不幸な事柄に思えてしまう。ある意味、幸せを感じ取れない、その事象そのものが、むしろ不幸なことだと思うのです」
--ジャジャーン!
理津美のキーボード音が会場内に鳴り響く。理津美の方を向くと僕に向けて親指をたてて、ニッコリと微笑んだ。
「ちょっぴり、話が脱線してしまいましたが、祥が居なくなったブリドリを立て直すには生半可な気持ち、努力では上手く行かないでしょう……けれど、『人生うまく行かないから面白い』、祥の背中を全力で追って、追いまくって、その逆境を楽しんでやろうと思いました。だから……」
僕は、一旦話すことをやめて、持っていたベースをベーススタンドに置き、祥のギターが置いてあるところまでスタスタと歩いた。
そして、ギターを取り上げ、ストラップを首から斜め掛けに付ける。
『僕が祥のギターを受け継ぎます』
--えええーーっ!!
会場からは驚きの声が上がる。
『あの子、ギターどころか、ベースも初心者だよね?!』
『あの祥のギターを受け継ぐとかハンパなことじゃないぞ?!』
『その心意気すごい! 応援するぜ!』
メンバー達は、会場からの想定内の反応に顔を見合わせてニヤニヤと笑った。
拓人が追い打ちをかけて、マイクを握り観客に報告する。
「そして、ブリドリのバンマスも弟ちゃんでぇす!!」
--うおぉぉぉーーっ!!
僕がギターを担当すると言う発表よりも大きな歓声が上がった。まあ、これも当然な反応だよな。ブリドリに入ったばかりの僕がバンマスなんて、観客以上に僕が信じられないくらいなのだから。
「って、ことでーーーぇ! まずは弟ちゃんのギターソロ!!」
--初っ端ギターソロなんてありえないよ!!
一ヶ月くらい前、理津美が作ったライブのセトリ……セットリストを見せられた時、トップに僕の『ギターソロ』が入っていた。
--ファンに認めてもらうためには、まずは翔ちゃんのギターを聞いてもらわないとね。
理津美の言葉に『なるほどねー』と頷くメンバー達。いや、なるほどじゃないでしょ、そこは反対するところでしょ!
どんだけ僕のことを信用しているんだ……初っ端でミスしたら、ライブは台無しだ。
--失敗しても何とかする。それがブリドリだからな。
哲太の重みのある言葉に、祥の言葉が脳裏に浮かんだ。
『失敗して人は成長するんだ。その代わり、失敗しても諦めるな。』
うん。失敗、ミスしても皆が必ずフォローしてくれる。ブリドリは、そんなバンドなのだ。チャレンジすることに意義がある。失敗と成長は隣り合わせ。何事も経験が大事と言うことを僕はブリドリから学んだのだ。
--スー……ハー……
ステージ上で僕は深呼吸をして、ギターを弾く体勢に入った。
キッカケは僕だから、カウントも何も意識する必要は無い。自分キッカケで曲が始まる。
ただ、ギターを初めてから僅か三ヶ月くらいの僕が、観客に満足できるような演奏をできるのか……と思うと甚だ疑問だ。まあ、今更こんなことを言ったって遅すぎるほどに遅いのだけれど。
「翔ちゃん! 何をやらかしてくれるのか楽しみにしてるね!」
弘子さんがマイクを通さずに言葉を発して僕にプレッシャーを与えた。……いや、これはプレッシャーでは無くて、彼女なりの激励なのかな。
--よし。
僕は覚悟を決めてギターを構えた。
心の中でカウントを始める。
--ワン
--トゥ
--スリーッ
カウントが終わると、後ろから急に優しく『フワッ』と僕を包み込むような感覚に襲われた。
--ギュイイイーン!
--ティラリラリラー
--タラタラリララリー
『……え?』
なんだ……?
あれ……?
周りのメンバーが目を丸くして驚いているのが感覚でわかる。そして、僕に向けて、弘子さんのクチがパクパクと動いた。
「しょ、翔ちゃん……いつの間に……」
僕の意志とは関係なく、目にも止まらないスピードで両腕、両指が次々と動いて行く……楽譜には無い何段階も高いレベルのフレーズ達が次々と弾かれていく。
当り前だけれど、今までの練習で、こんなことは無かった。一体、何が起こったんだ……?
『でも心当たりはヒトツだ』
背中から暖かく包みこまれているようなこの感じ。
それは、まるで祥から抱きしめられているかのような……まるで『祥と僕が一体化』してギターを弾いているようだった。
僕に当たるスポットライトが、まるで天国から祥が天使の様に降りてきて、僕を後ろから抱きしめギターを弾いてくれているかのようだ。
--祥も今日のライブのことを心配してくれていたのかな。
いや、きっと祥自身、今日のライブでギターを弾きたかったに違いない。
--僕を通じてギターを弾いているんだ。
そうだろ……祥?
僕の『愛友』
決して揺るがないこの関係。
僕も祥のこと愛してるよ。
ずっと。ずっと永遠に……
--終--
~物語はアンコールへと続きます~




