第八曲 ギターお披露目
--ライブまで後一ヶ月
今日は、僕がギターを初めてから初のスタジオ入り。つまり、メンバー達にギターお披露目の日だ。
果たして皆の前で上手く弾けるだろうか。一抹の不安が拭えない。
「ごぶさた……です」
そおっとAスタジオのドアを開けて小声で挨拶しながら中に入ると、既に中に居たメンバー達がバッと僕の方に注目する。
「おー! 弟ちゃーん! 久しぶりぶりだねぇ。ギターの調子はどうないでっかー?」
「ぼちぼち……かな」
「ぼちぼちか! そりゃいいや!」
拓人のヘタな関西弁に付き合ってはみたものの、心臓のドキドキは止まらなかった。
僕はギターケースからギターを取り出しチューニングを始めた。
--祥……
チューニングする僕の姿を見て、皆が口々に祥の名前を呟いた。
「なんか、弟が祥のギターでチューニングしているところを見ると、祥が戻ってきたみたいだな」
拓人は感慨深げに呟いた。そして、それは皆も同じ思いだったらしくて、女子メンバー達のすすり泣く声が聞こえた。
「やめろよな! 祥だって辛気臭いの嫌がるよ?!」
「そ、そうだね! みんなっ! 準備準備!」
僕の言葉に我に返った弘子さんが、明るい声で皆に声を掛けた。祥が居なくなって二ヶ月……僕だって立ち直れてないんだ。皆だって同じ気持ちに違いない。
割り切れない、割り切りたくない、この気持ち。
僕は、皆の期待を裏切らないように、祥を裏切らない様に、そして自分を裏切らない様に頑張るしかない。僕の頭の中はライブを成功させることだけしかない。
「しょーちゃーん。ぎたあ弾けるようになったのー?」
「えーっと。たぶんね」
「まじかあ! 直美も負けてられないなあ。ギターのパイセンとして頑張らなきゃあ……わからないことがあったら何でもきいてくれよな!」
「あ、ああ……よろしく頼むよ」
先輩風を吹かして両手を腰に当ててドヤ顔のバンド『シュトルツ』ギターリストの直美に、僕は逆らう気力もなく頷いた。
さ、て、と。
チューニングと機材のセッティングが終わり、僕はギター……今まで祥が居た立ち位置についた。
「なんかいつも俺の左に居た弟が右に居るって変な感じだぜ」
拓人が緊張してギター位置に付いている様子を見て冷やかすように言った。確かにいつも見ていた景色とは違う。何か変な気分だった。
「さてさて、バンマスさん。これからどうしますか……?」
ああ、そうだった。僕は、このバンドのバンマスになったのだった。世の中のバンドの中で一番情けないバンマスと言っても過言ではない。
「……じゃあ、この曲から行こうか」
「おお! 何かバンマスっぽい!! らじゃりました! しょーばんますパイセン!」
「止めてくださいよ弘子パイセン!」
弘子さんが僕のことを冷やかす。せっかく自然に指示を出したと思ったのに、簡単には見逃してくれないな。
これまでスタジオ練習をサボっての自主練を見逃してくれていたのだから、少々のからかいは我慢しよう。って、スタジオに来る前に心の準備はしていたから、これくらいで済んで良かったと思うことにした。
「じょーだんじょーだん! さあ行きましょー!」
「おーっ!」
弘子さんの掛け声に皆が声を上げて応える。これじゃあ、弘子さんがバンマスみたいじゃないか。とも思ったけれど、口には出さずにグッと我慢した。だって、ここで口出ししたら余計面倒なことになるのは目に見えてるし。
さて、ブリドリは演奏のキッカケでカウントしないのが通例。僕がセカンドベースをやっていた時は、僕の前に居たメインベースの弘子さんが背中越しに指で、そっとカウントダウンをしてくれていた。
だけれど、ギターの立ち位置になったら弘子さんは前に居ない。それにバンマスが他のメンバーに頼ってキッカケを知るなんてのは情けないにも程がある。
これはもう、何回失敗しても慣れるしかない。
--ゴクリ
僕は緊張し唾を飲み込みギターを弾く体勢を取った。
「弟ちゃーん、まだ練習なんだからリラックスでよろしくー」
「翔ちゃんが緊張したら、こっちまで固くなっちゃうよ!」
拓人と理津美の声に、僕も思わず苦笑い。
緊張しない様にと思ったのだけれど、それが余計に緊張に繋がってしまっていたようだ。
--これじゃバンマス失格だな。
僕は肩の力を抜いて再びギターを弾く体勢を取った。
そして……
--ギュイーーーンッ!
僕は、この二ヶ月間の成果を皆に見せつけるように思い切りギターを弾いた。
「ヒュ~」
拓人が僕のギターを弾いている姿を見て、口笛を吹いて冷やかした。弘子さん、理津美も演奏しながら『ふーん……』と頷きながら僕のことを眺めていた。
メンバーを見た感じ、まずは及第点と言う評価を下してくれたように見える。まだまだへたっぴだけれど、後一ヶ月、ラストスパート頑張らなければ!
ある意味、次のライブは追悼ライブと言うことになるし、失敗は許されない。僕が、ちゃんとギターを弾けるところを見せて、天国の祥を安心させなきゃ。
--ジャカジャカジャンジャン……
なるべく家で練習したイメージを元に堅実な演奏を心掛けた。練習とは言えども『僕は、ちゃんとギターを弾けるんだ』ってところを皆に見せて安心させなければ。
家の小さいアンプとは違ってスタジオでギターを弾くのは、凄く気持ちが良い。それに皆の音も重なって、この曲の世界観が無限に広がっているようだ。
きっと祥は、これを計算に入れて作曲したのだろう。それぞれの楽器の特徴を捉えて、それをシナジー効果で曲の魅力を最大限に引き出している。
ここにきて改めて祥の凄さを再認識した。
--一曲弾き終わり、皆が僕のところに集まってくる。
「まあまあ……ね。翔ちゃんにしては頑張ってるんじゃない?」
「理っちゃんの評価厳しいね~私からしたら、二ヶ月でこのレベルまで上げたなんて、もう抱きしめたいくらいだよ!……翔ちゃん。ハグして良い?」
「え? ……え?」
「らーめぇ! ハグらめええっ!」
弘子さんのハグ発言に狼狽える僕を見て、間髪入れずに直美が弘子さんの腕を引っ張り止めに入った。正直助かった。弘子さんも姉さんと同じ部類の人間なのだろうか……
「白旗さん! ハグだったら俺が受けます! 思いっきり抱きしめて!!」
拓人が手を挙げて『ハイハイハイッ』と、ここぞとばかりに立候補している。ある意味、羨ましい性格してるな。僕には絶対無理だ。
「あ、ああ……直美ちゃん……が嫌がると困るから……うん」
「……お? うーんと。拓人くんだったら、遠慮なく、いくらでも大丈夫でえす! さあ弘子たん! どぞどぞーご遠慮なくー!」
「あ、そうなんだ……直美ちゃん……助けてくれないんだ……」
「えへへへへ」
困り顔の弘子さんを尻目にポリポリと頭を掻いて笑うド天然の直美。これで本人『天然じゃないよう!』とか平気で言うんだから意味が分からない。
「あのさー俺、もしかして、もしかしなくても置いて行かれてるんじゃね……?」
「……さあ、次の曲行こうか」
「「はいはーいっ!」」
決死の立候補を流されてしまった拓人のことを尻目に、僕は何事も無かったかのように進行を進めた。……まあ、これは女子メンが入ってからの見慣れた光景だ。
そして、一ヶ月が過ぎ……
--いよいよライブ当日だ




