第六曲 メンバーからの無茶振り
ちょ、ちょっと待ってくれ!
確かに一大決心でブリドリのギターをやるとは言ったけれど、バンマスってブリドリのリーダーやれってことだよね?!
いや、マジ無理だってば!
無理無理無理!!
いきなりの拓人からの言葉に頭の中がグルグルモヤモヤドキドキ混乱した。
いやだってムリ!
本当にムリ!!
僕の混乱している様子を見て、哲太が『しょうがないな』と言う感じで笑いながらフォローに入る。
「拓人は唐突なんだよ。で、弟さ? 突然で驚いたと思うけれど、弟が来る前にメンバー全員で、これからについて話し合ったんだ。まず、『祥が居なくなったことでバンドを解散することは無い』ってことで合意した。でも、ブリドリ継続のためには新しいバンマスの存在は必須だと……」
「いやいやいやっ! バンマスが必須なのは十分わかるけれど、僕じゃ無理でしょ。一番経験短いし、ヘタクソだし。そもそも欠席裁判じゃないか。よりによって何で僕なのさ。どう考えてもブリドリのバンマスと言ったら哲太でしょ!」
「……でもな、何故か誰から言うでもなく『弟がバンマスに適任だ』ってことでメンバー全員の意見が一致したんだよ」
僕は慌てて思い切り拒絶したけれど、周りの皆はニヤニヤと笑っていて、誰も僕に同調してくれる人はいなかった。
--どころか
「しょーちゃあん、ブリドリでギターでバンマスとかかっこいい! 大スターだ! たくさんファン増えちゃうねぇ~! じぇらしーだよー! 翔ちゃん取られちゃう」
「何言ってんだよ直ちゃん?! バンマスなんて、やらないってば! いや、できないってば!!」
「え?! 直ちゃんって、翔ちゃんのこと好きだったの?! マジで?!!」
「やーだーもーぉ。弘子さあん! やめてー照れるー」
直美は手で顔を覆ってクネクネと身体を揺らし照れまくっている。周りの皆も『ヒューヒュー』って僕と直美のことを冷やかす。まったく、直美もすぐに否定しろよな。
--って。いや、そうじゃないだろ。そんな話をしている場合じゃない。
話がすり替わりそうになっているが、問題は『ブリドリのバンマスが誰になるのか』と言うことだ。いや、むしろ祥が居なくなってスグにこんなことを決めようなんて少し薄情なのではないかとも思う。
「それより祥が居なくなってスグに代わりのバンマス決めようとか不謹慎なんじゃない?」
僕の言葉に、浮かれムードだったメンバー達が凍り付く。
「うん……そう、その通りだ。弟の言う通り何事もなかったように先に進むのは薄情だと思う」
「だったら、何で……?」
「正直、俺たちだって辛いさ……当り前だ。でもこんな時、祥だったらどう考える? 祥が居なくなったことが原因でバンド活動が休止になってしまったなんて祥が聞いたら、祥が知ったら、どう思うだろう」
「そ、それは……」
僕は絶句した。それは哲太の言う通りだった。バンドの未来を進めるためには僕がギターをやることを決意しただけでは足りなくて、ブリドリの旗振り役……バンマスが必要だ。いくら薄情と思っていても、辛くても、前に進むためには避けて通れない道なんだ。
すすり泣くような声が周りから聞こえる。哲太と僕の話を聞いて感極まったメンバー達が目を伏せて泣いていた。さっきまでは冗談っぽく振る舞っていたけれど、皆、無理して笑っていたらしい。
だけれども、自他ともに認めるコミュ障の僕がブリドリのバンマス……
今まで皆を包み込むように優しく、そして時には強引に突き進めてきた祥からバンマスを受け継ぐ……これは並大抵のことではない。
「弟、大丈夫だよ。何も全部弟に押し付けようって訳じゃあない。祥との付き合いが一番短いお前だ。正直、悔しいけれど、お前は祥の意志を一番強く受け継いでいることは明らかだ。確かに弟はブリドリの在籍期間は短い。けれど、弟のことを信頼しているのは祥だけじゃない、ここに居るメンバー全員も同じことだ」
みんな、僕の顔を見て強く頷いている。彼らの決心は固いようだ。
「それは、僕と心中するって理解でいいってこと?」
「あはは! もちろん! だから全て弟に押し付ける気なんてないってば。全力でバックアップする。むしろバックアップさせてくれ。頼ってくれ」
「まいったな……そこまで言われたらやらない訳に行かないじゃないか」
普段、口数の少ない哲太からの言葉と言うこともあり、それはもうハンパない説得力だった。
そして、哲太の後ろから、ひょこっと顔を出して弘子さんが言葉を付け加えた。
「それに、そもそも女子メンをブリドリ、シュトルツに引っ張り込んだのは翔ちゃんのせいでもあるんだから、責任取ってもらわなきゃね」
「うわっ! それは僕、関係なくない? 全部祥の陰謀じゃないか!」
「あははっ! でも翔ちゃんが居なかったら、私たちはブリドリとの接点を持つことは無かったんだよ。とか、言い方が悪いか。ブリドリ、シュトルツと出逢わせてくれて、本当に心から感謝してる」
「弘子さん……そう素直に言われると何だか気味悪いよ」
「ええっ?! 失礼ね!」
笑いながら僕のことを批難する弘子さん。まあ、僕も照れ隠しで言ったところがあるし、弘子さんも僕の本音はわかった上での反応なのだろう。
「で、翔ちゃん、どうすんのよ! バンマスやるの?! やらないの?! はっきりしなさいよね!」
今まで静観していた玲子が我慢しきれない様子で会話に割り込んできた。玲子は元々うるさくてお節介なヤツなのだけれど、最近は弘子さんや理津美の陰に隠れて大人しくしている。
玲子はシュトルツでベース担当なのだけれど、初心者と言うこともあってか、日々遠慮気味で存在感が薄い、と言うか存在を消している。
今回ツッコミが入ったのは、ハッキリしない僕の態度にイライラが爆発したのだろう。まあ、皆で悩んで決めた結論に対して、僕が反論したのも気に入らないのかもしれない。
玲子と僕は中学からの付き合いで気心は知れていると思っていたのだけれど……いや、知っているからこその行動なのかな。
「あ……うん……そうだね……」
「ハッキリしなさい!」
「ハッキリしてよね!」
「しょーちゃあん。ばんますやろーよー」
「なんだよ?!」
「いい加減心を決めなよ」
「翔ちゃんったら、往生際が悪いわね」
僕がモゴモゴと結論を言いよどんでいると、方々から総ツッコミを受けた。スタジオに来てからと言うもの皆から集中砲火を受けっぱなしだ。
むしろ、こんな立ち位置なのにバンマスなんてできるのか? みんなのことを引っ張っていけるのか。それが僕の心の足枷となっていた。
今度はネゴシエイター理津美が『しょうがないな』って感じで、呆れたように、でも優しく僕に向けて囁いた。
「翔ちゃんさ、もっとシンプルに考えなよ。皆、言い方はキツいかもしれないけれど、それは翔ちゃんだからなんだよ? 翔ちゃんだから、皆言いたいことを言えるんだよ。それって実は凄いことだって知ってる?」
「そうなのか? そうは思えないけれど」
「そうだよ。人って中々他人に対して本音を曝け出すことなんてできないけれど、何故か翔ちゃんには言えるんだよ。言えちゃうんだよ。そんな翔ちゃんがバンマスになったら、きっとブリドリは成長するよ」
「そ、そうかな」
周りを見渡すと、皆、理津美の言葉に異論は無いようで、ウンウンと深く頷いた。
「期待してるぜバンマスちゃん!」
拓人が僕の肩を抱いて冗談交じりに冷やかした。これはもうとても断れる空気ではないな。この場のノリで受けてしまったら大変なことになりそうだ……
いや、でも、うん。あの祥が背負っていたブリドリを僕が担げると思うと、ちょっぴりだけ祥に近づけるような気がする。一ミリでも追いつくことができるのなら……うん。
「やってみるよ……」
『やったああああああっ!』
僕の言葉にメンバー全員が諸手を挙げて喜んだ。みんなの姿を見て一瞬喜んだけれど、何かハメられたような複雑な気分になった。
まずは僕の出来る限りのことを精一杯頑張ろう。




