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第五曲 後悔したくない


 僕のギター立候補に弘子さんは、ストンと尻もちをついて頭をブンブンと振っている。そして手も前に出して同じように手をブンブンと左右に振った。


「ちょ、ちょっと待って! ないないないない! それは流石に無いでしょ? だって翔ちゃんギター弾いたことないよね?」


「うん」


 弘子さんだけでなく他のメンバーも『あわあわ』して慌てている。どうやって僕のことを説得しようかと思っているっぽい。いや、みんなじゃないか。さっきまで泣き崩れていた直美だけキョトンとしていたから。まるで泣いた赤ちゃんが驚かされて急に泣き止むような感じ。


 そして、直美は、泣きはらした顔から一転し、笑顔でポンポンっと手を叩いて喜んだ喜んだ。


「ねーねー! しょーちゃあん、ぎたぁやるの? 私と一緒だぁ! やったあ! わーいなかまー」


「ちょ、ちょっとひでちゃん! 話を進めちゃダメだよ! シュトルツ直ちゃんのギターとブリドリのギターでは訳が違うんだから! レベルが違うんだから!!」


「しょ……しょんなあ……」


 直美が喜んだのも束の間、間髪入れずに理津美が制する。まあ、当然っちゃあ当然の反応か。


「弟……? そりゃあ弟の気持ちは嬉しいけれど、世の中には出来ることと出来ないことがあるんだぜ?」


 さすがの拓人も珍しくもっともなことを言う。こういう時は彼も真人間になるらしい。確かに、確かにそうなのだ。普通、三か月弱で超一流ギターリストに変わってライブに出ようなんて、『出来ないこと』に違いない。


 --けれど、でも、やっぱり、ここで諦めちゃいけないと思うんだ。


 僕は拳を握りしめ、グッと歯を食いしばった。


 --祥なら、祥ならどうする……?


 諦めきれない、諦めたくない。ここで諦めたら絶対に後悔する。


「出来ることと、出来ないこと……それに、『やってみなきゃわからない』ってことだってあるさ!」


 僕は叫んだ。


 そうだ。

 祥だったら、ここで諦めたりしないはずだ。

 絶対に。


 --失敗して人は成長するんだ。その代わり、失敗しても諦めるな。

 --山盛り失敗したって、いいじゃないか。


 やらずに後悔するくらいなら、やって後悔した方がいい。


 いや違う……


 絶対に後悔なんてしない!!


 祥が居なくなったってことを言い訳にして、ブリドリを無期限の活動停止にしてしまったら、それこそ祥は浮かばれない。


 僕が意志を固めてメラメラと闘志を沸かしている様子を見て、弘子さんは僕に対して冷静にツッコミを入れる。


「翔ちゃんね……そもそも楽譜読めないでしょ? きっとギターパートにタブ譜なんてついてないと思うよ……?」


「うう……そうか」


 弘子さんに痛いところを突かれて二の句が継げなくなった。ギターをやるって言ってはみたものの、そこまで深く考えていなかった……


 タブ譜は、楽譜上にギターの何処を指で押さえたら良いかを示してくれているものだ。現状、僕は、そのタブ譜を見ながら、やっとのことでベースを弾いている。


 だけれど、もちろん祥はタブ譜なんて無くても音符を見ただけでギターが弾ける。そもそも、作曲をしているのが祥だから出来て当り前っちゃあ、当り前の話か。


 だがしかし、そんな中、理津美はミラクルな助け船を出してくれた。


「ああ……タブ譜と言うことなら、祥くん、殆どの曲に対してギターパートにも入れているはずだよ? どうしてかはわからないけれど……」


「ほんとにっ?!」


 予想外の理津美から助言に僕は喜びの声を上げた。これで何とかなりそうじゃないか。急に目の前に道が拓けたような気持ちになった。


 だけれど、理津美の表情は曇ったままだった。


「喜ぶのは早いわ。翔ちゃんってベースをツーフィンガーで演奏してるでしょ? ギターはピック弾きで、かつ、コード中心の演奏になるの。ベースとは全然別物と考えて良いと思う」


「コード……って何だよ」


「はあ……正直、今そのレベルで、次のライブに普通は間に合うとは思えない。コードは和音のこと。小学生のとき『ドミソ』とか習ったでしょ? ネックを三本の指で押さえて弾くの。それにギターはコードだけでなく、単音で弾くこともあるから、慣れるまで大変だよ」


「そ、そうなんだ……」


 理津美からギターの奥深さを聞いて自分でも心配になった。『ピック弾き』、『コード』……ピックって確か三角で平べったいヤツだよね……未知の言葉たちに直面して拓かれた道が一気に閉ざされた気分になる。お先真っ暗ってやつだ。


 理津美からの『良いニュースと悪いニュース』を聞いて、悪いニュースに関しては、もうどうしたら良いのか想像もつかなくて、泣きそうになった。祥は簡単そうにギターを弾いていたもんだから、自分でも頑張れば出来る気になっていた。


 それでも、そんな状況におとしいれた理津美だったが、僕の暗い表情を見てニコっと笑った。


「で、も! ()()は出来ない、大変とは言ったけれど、翔ちゃんが出来ないとは言ってないよ。あの翔ちゃんが『やる』って言うのだから相当の覚悟だと思うし、もちろん、やるからには私はもちろん他のメンバーも全力でバックアップするわ」


「う……うん! やるよ! 僕、祥とまでは行かなくてもライブまでに何とかギター演奏を形にしてみせる!」


「まったく……さっきは人生終わったみたいな表情してたくせに、翔ちゃんは現金なんだから!」


 理津美が僕の脇腹を肘で突く。だって理津美が、いくつも不安になる要素を言うからじゃないか。と、思いながらも僕がギターをやることをメンバーに納得してもらえる様に話を誘導してくれた気づかいに感謝した。


 すると弘子さんは、両腕を組み『ん~』と、口をギュッと結んだ。その顔はコミカルに見えて、でもチャーミングだった。


「うーん……そっかあ……翔ちゃんギターか。じゃあ私はベースラインを演奏すればいいんだね。おっけおっけ。ちなみに理っちゃんスコアにギターパートのタブ譜ついてないの何曲くらいあるの……?」


「えっと……いち、にぃ、さん、よん……五曲くらい、かな」


「げ、結構あるじゃない! 流石にキツいなあ……理っちゃん二曲できる?」


「あ、そかそか。そう言うことになりますよね。……うん。やりますやります。二曲でも三曲でも。私が全力でバックアップするって言った手前やらないわけにはいかないし!」


 弘子さんからの質問に対して、理津美は頷きながら指折り数えて答えた。早速、僕のワガママに対して、どう実現するかを考えてくれているみたいだ。


 なんて僕は浅はかなのだろう……

 一時的な考えで突っ走って皆を巻き込んだ挙句、結局一人じゃ何もできない。


 --本当に情けない。


 情けなくて僕の目から涙がボロボロと流れてくる。泣いてる場合じゃないのだけれど、皆の優しさが身に染みてホントにホントに……何て僕は幸せなのだろう。


「弟ちゃーん! 泣いてる暇なんてないぜーっ! ブリドリの『ギターとバンマス』やらなきゃいけないんだから、今から全力投球するべさっ!」


「う、うん……頑張る……って、え? バンマスっ?! 何それ?! 無理だよ!!」


 突然の拓人からの滅茶振りに、たった今僕が流していた涙が一気に引っ込んだ。


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