第四曲 ライブやるよね?
あの電話の後、本日二回目のダッシュでスタジオPOWに向かった。POWに入るや否や達也さんは僕のことを心配した様子で神妙な面持ちで僕のことを見た。
「おお! 弟くんじゃないか! 大丈夫かい?」
「ええ。大丈夫です。ご心配をお掛けしてすみません」
「この度は祥くんのことで大変だったね。俺も残念でならないよ……」
達也さんは僕のことを気づかってくれているようだ。僕が数日引きこもっていたことは達也さんも知っていたのだろう。もう申し訳なさしかない。
「いえ、僕は何も……逆にご迷惑をお掛けしてすみません」
「大丈夫、大丈夫。ほら、もう皆集まってるよ!」
達也さんは僕に、いつものAスタジオに行くように促した。急にスタジオセッティング依頼をしたのに柔軟に対応をしてくれた達也さん、それに集まってくれたメンバーには感謝しきりだ。
--ギイィー
Aスタの鉄扉を恐々と開けると、既に……遅刻常習犯の拓人も含め、メンバー全員が集まっていた。そして、その全員が入口に立ち尽くす僕に向かって注目する。
--き、気まずい……
「翔ちゃん!」
「翔ちゃん!」
「ぐええええぇぇえーーーん! じょーちゃあああん!!」
「弟!! 大丈夫かっ?!」
「弟くん!」
「心配かけてごめん……もう大丈夫だから心配しないで」
メンバーそれぞれ一斉に話しかけてくるから、全員の言葉を聞き取れなかったけれど気持ちは十分に伝わって来た。直美なんて、顔をグシャグシャにして涙をボロボロ流している。もう美人が台無しだ。と言うか、『じょーちゃん』って僕の名前が跡形もなくなってるな。
「ホント勘弁してよね。このまま引きこもりで高校中退しちゃうんじゃないかってマジ心配したわ。なのに、翔ちゃんったら、急に電話してきてスタジオの抑えとメンバー招集してくれとか……もう勝手なんだから! まったくもう!」
「ごめんごめん……理っちゃんには感謝してるよ」
理津美は僕の家に何回も様子を見に来てくれた。……にも関わらず、僕からの一発目の連絡が雑用なんて申し訳ない限りだ。だけれど、こんなこと頼めるの理津美しかいないのだ。
そう……
僕ったら祥の家から理津美に電話をかけて、しゃあしゃあと『スタジオ手配とメンバー招集』をお願いしたんだ。急に音信不通の僕からのお願いに理津美は戸惑いながらも渋々と了承してくれたのだ。
「それで、何で皆をスタジオに集めたワケ……? まさか顔見せするためだけに集めた訳じゃないわよね」
「も、もちろんだよ」
理津美が僕に向かって凄む様に言い寄った。『それなりの根拠があるから、この私のことを動かしたんだろうね』と顔が語っている。こわい……
まあ、そもそも僕が理津美に電話をした時点で『余程のこと』なんだけれどね。
理津美からのキッカケもあって、僕は皆の方を向き直り皆の顔を一通り眺め、皆の意志を確認する。
「ライブ……やるよね?」
突然の僕からの問いに理津美が反応する。『やるよね』と言う問いかけは、『ライブをやることは確定』しているが念のために確認していると言う体だ。
「うん。やろうと思ってる。シュトルツは祥くんが作ってくれたバンドだもの。ブリドリのことは残念……と言うか無念だけれど、ブリドリの分まで私たちは頑張る」
玲子、直美、そして弘子さんが理津美の言葉に強く頷く。
「もち、俺らもバックアップするさぁね! 飛び入りでボーカル入っちゃおうかなんて思ってるんだぜ! なあ哲太?!」
「おう! 絶対にシュトルツのライブを成功させて見せる」
拓人、哲太も理津美のことを強く後押ししてくれて、彼女らも心強いことだろう。彼らは僕からの質問を『シュトルツのライブ』と言う認識で受け取ったらしい。
いや、
でも、
--僕の質問の意図と、彼らの答えは違うところにある。
「そうじゃなくてさ、『ブリドリのライブをやるよね?』って確認なのだけれど……」
「そっか、ごめんごめん……ブリドリの方かあ……って、ええっ?! なにっ?! なに言ってるの翔ちゃん?!!」
僕から発せられた言葉を飲み込めないのか、一旦、質問内容を理解して納得したように見えた理津美だったが、一瞬にして、その表情は驚きに変わった。
そして、その気持ちは、拓人、哲太、他のメンバーも同じようだった。
「弟ちゃんさあ……そりゃ俺らもライブやりたいよ? でも、もう祥は居ないんだぜ? ブリドリは祥のギターがあるからブリドリなのさぁ。無茶を言うなよ弟ちゃん」
「これに関しては、俺も拓人と同意見だ。少なくとも今、現実問題、ブリドリはギター不在だ。かと言って、この状況で新メンバーを入れるつもりはない。ギターを白旗さんにお願いする方法もあるかもしれないが、シュトルツで慣れないドラムをやってもらうのに、その上でギターを頼むなんて酷な話だろ?」
--確かに。
彼らの意見は最もだった。
弘子さんにギターを頼むのが一番の理想なのだけれど、哲太の言う通り彼女にはシュトルツがある。シュトルツのドラムを哲太にやってもらう手もあるけれど、それはそれでシュトルツを女子バンドにした意味が無くなってしまう。
かと言って、ブリドリに新しくギターリストを入れるにしても、同じ高校生で祥ほどにギターテクニック、ギターセンスを持つヤツなんて他には居ないだろう。仮にヘルプメンバーを募ったとしても、今までのブリドリとは全く違うバンドになってしまうに違いない。
--それほどに、彼、祥の存在は大きいのだ。
哲太の言葉を聞いて、場の雰囲気は一気に重くなった。やはり、ブリドリのライブはムリなのか……シュトルツの単独ライブにするしかないのか……
祥は……祥は、天国から、今の僕らの様子を見ているのだろうか。そして、そうしているのなら、何を思っているのだろう……
そんな中、弘子さんが、スッと手を挙げて、無理矢理、ニッコリと首を傾げて微笑んだ。
「私……やってもいいよ? そりゃあ私は祥くんのギターには程遠いけどさ、ブリドリの一員として、やれることはやりたいじゃない?」
「!!!!」
メンバー全員、弘子さんからの言葉に驚き、目を丸くして声にならない声を上げた。それは、もちろん僕も一緒だった。
「ないないないない! だって、ひろぽん?! 生徒会長にバイトにシュトルツのドラムがあるのに、その上で超一流バンド、ブリドリのギターなんて無理だよっ!」
弘子さんの親衛隊長を自負する理津美が慌てて、弘子さんの立候補を取り消そうとする。まあ、取り消すまでもなく他の皆も弘子さんには、現状でも、かなりの無理をお願いしている自覚はあるから、誰も理津美の言葉に対して否定をしなかった。
「白旗さん……気持ちは嬉しいけれど、そいつは『無理』だ。もし、祥がココにいたとしても、そこまでのことを白旗さんにお願いしようなんて思わないだろう」
哲太は優しく、そして穏やかな口調で、でもキッパリと弘子さんに自分の気持ちを伝えた。ずっと祥とバンドを組んできた哲太、それに拓人には、ブリドリに対する深い思い入れもあるだろう。
「で、でもやっぱり、このままライブ中止とか、悲しすぎるでしょ。どんな形でもライブをやって、祥くんのことを送ってあげたいの……そのためだったら、私、どんなことだってやるよ」
弘子さんは、拓人と哲太、そして僕の目を順番に見て涙ながらに訴えた。
--弘子さんに、ここまで言わせておいて僕は一体何をやっているんだ
無力だ。
僕は無力だ。
自分から話を持ち掛けるだけ持ち掛けておいて、場を乱すだけ乱しておいて、何も出来ない。ダメ人間にも程がある。
「う、うえぇぇぇーーん! やだよう! こんなのやだよう! みんなケンカしないでよう!!」
いきなり直美が両ひざを床について上を向き、子供の様に泣き叫んだ。この重苦しい空気に耐え切れなかったのだろう。ボロボロと両目から流れる大粒の涙を拭おうともせずに泣き叫んだ。
「ごめんごめん、直美ちゃん……驚かせちゃったね。ごめんね」
「うん、うん、あだじこぞごめん、、なさい……」
泣きじゃくる直美の頭を、ゆっくりと自分の胸に抱きよせて優しくなでる弘子さん。直美は弘子さんの胸に頭を埋めて、ヒクヒクと肩を震わせた。
直美のお陰……と言うべきか、ほんのちょっぴりだけれど、場の雰囲気が和んだような気がする。
--だけれど、何の問題も解決していない。
このままでは、なし崩し的にブリドリのライブ、活動は無期限停止になってしまう。弘子さんの気持ち、本音はライブをやりたいに違いない拓人、哲太の気持ち、そしてシュトルツの皆の気持ちに反した結論に行きついてしまう。
もちろん、それは僕の気持ちにも反している。
そんな僕の頭の中で、祥からの言葉が次々と浮かぶ……
『俺は弟に山盛り失敗して欲しいと思っているんだぜ?』
『失敗して人は成長するんだ。その代わり、失敗しても諦めるな』
『人生うまくいかないから面白いんだぜ?』
今も、天国の祥から僕の耳元に囁かれているように感じる。温かく太陽のような眼差しに包まれて、抱きしめられている感覚に陥った。
そして、僕は祥のギターをギュッと抱きしめた。
--うん。決めた。
「あのさ……」
僕は、意を決したように弘子さんに話しかけた。
「ん……? どうしたの翔ちゃん。ごめんだけどブリドリのライブは当分お預けになっちゃいそう、かな」
「そのことだけれど……ギター……僕がやるよ」
「ええっ?!!」
想定外すぎるほどに想定外の僕の言葉に、弘子さんだけではなくスタジオに居るメンバー全員が驚きの声をあげた。




