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第一曲 招かれざる客


『祥が死んだ。』


 --祥祥祥祥祥祥祥祥祥祥祥祥祥祥祥祥祥祥祥祥祥祥祥祥祥祥祥祥祥祥祥祥祥祥祥祥祥祥祥祥祥祥祥祥祥祥祥祥祥祥祥祥祥祥祥祥祥祥祥祥祥祥祥祥祥祥祥祥祥祥祥祥祥祥祥祥祥祥祥祥祥!



 なんで急に僕の前から居なくなってしまうんだよっ?!



 これから僕は、どうすればいいんだ?!



 --もう、あの日から何日……いや、何週間経っただろうか。



 あの日、病院から家に戻った僕は、ずっと部屋に閉じこもっていた。カーテンを閉め切っているから、今が何時か……どころか、昼か夜かさえもわからない。



 --最期に弥勒寺みろくじ様に看取みとって頂けて祥さまは幸せだったと思いますよ?


 --ほら、祥さまのお顔を見てください。幸せそうに微笑んでいるようにみえませんか?



 うな垂れる僕に蓮花さんは慰めの言葉を掛けてくれた……けれど、彼女の心中を察すれば、祥の死に際に何も出来なかった僕のことを恨んでいてもおかしくない。


 いや……むしろ恨んでくれた方が、少しは気が楽になるのかもしれない。


 もし、あの時、僕では無くて蓮花さんが祥の近くに居たのなら、早急な決死の蘇生術によって、今でも祥は生きていたかもしれないのだ。


 なのに、その時、僕は成す術もなく、ボーッと座っていただけなのだ。祥の頭を撫でながら、夢心地に浸って座っていただけなのだ。


 確かに、祥の死に顔は眠っているようで、まるで楽しい夢を見ているかのように微笑んでいた。


 --でも。


 でも、本当に祥は幸せだったのだろうか。


 全米制覇の夢を志し半ばで断念しなければならなくなってしまった祥の気持ちを思うと、とても幸せな気分で逝ったとは思えなかった。


 もう、今の僕は後悔しかない。


 前を向ける要素なんて何もない。



 --僕は真っ暗な部屋の隅っこで体育座りをして虚ろな目で、どことも言えないちゅうを、ただ意味も無くぼんやりと見つめていた。



 心配したバンドメンバー達が僕のことを心配して入れ替わり立ち替わり家まで訪れていたみたいだけれど、その気持ちに応える気にはとてもなれなかった……



 僕の頭の中で、祥と一緒に居た時のことが次々と浮かんでは消える。



 --バンドに誘われた日のこと

 --いきなり手を握ってきた日のこと

 --頭を撫でられたときのこと

 --抱きしめられた時のこと

 --キスされそうになった時のこと



 そして……



 ーー病院で祥が僕に身を任せてくれたときのこと



『弟……愛友って言葉じゃ足りないくらい愛してるぜ……』



 仮に忘れろと言われても忘れられる訳がない。祥との大事な思い出……いや、あの時は思い出になるなんて、これっぽっちも思ってもみなかった。


 --当り前だ。思える訳が無いだろう。


 こんなことを繰り返し繰り返し、ただただ考えて、まるで出口のない迷路を彷徨さまよっているようだった。


 むしろ……出口なんて見つからない方が良いとさえ思った。


 もし今、僕が外に出たら、祥が居ない現実を受け止められなければならないのでは無いか……と。


 ずっと此処にいたら、もしかしたら、どこかで祥は生きているかもしれない、ギターを弾いているのかもしれない。


 僕の知らないどこかで。


 --そんなかすかな希望を持つことができるんだ。


 いっそ、祥のところに行ってしまおうか……なんて気持ちにもなる。


 --僕も天国に行ったら祥は喜んでくれるかな?


 喜んでくれるといいな……


 天国で一緒にバンド活動なんて素敵すぎるじゃないか。


 --コン


 窓の方から、何かが当たった音がした。


 --コン


 ……ん?

 どうやら、誰かが部屋の窓に向けて石をぶつけて、僕のことを呼んでいるらしい。


 ……きっと、チビトリオの誰か……玲子あたりかな


 今は放っておいてくれ。彼女たちに構う余裕なんて、今の僕には無い。


 --コン

 --コン

 --コン

 --コン

 --コン


 連続で窓に石をぶつける音がする。それはもう窓ガラスが割れてしまいそうな勢いだ。


 ……もう! うるさいな!


 --シャッー!

 --ガラッ!


「よお! なに閉じ籠ってるんだよ?! 高倉が居なきゃ何も出来ねえのか? 笑わせてくれるぜ!」


 家の外に立っていたのは、玲子でも、直美でも、理津美でもなかった……


 打戻うちもどり和也……


 ヘヴィメタルバンド『スパイラルスネーク』のバンマスで五弦ベースを操る。


 そして、ブリドリ……いや、僕のことを敵対視している打戻が何故ここにいるんだ?


「おい! ちょっと出て来いよ!」


 打戻は、ポケットに手を突っ込んだまま、僕に対して呼びかけた。


 --冗談じゃない!


 なんで、大して知りもしないヤツのために、ワザワザ出向かなければいけないんだ……?


 そもそも、僕は彼のことが嫌いなのだ。大嫌いなのだ。口も聞きたくない。祥に憎まれ口を叩くヤツと話すことなんて何もない。


 --ガララッピシャッ!

 --シャッ!


 僕は無言で勢いよく窓ガラスとカーテンを閉めた。これ以上ヤツと関わるなんてバカらしい。不愉快極まりない。


「おーい! そっちに乗り込んで、無理矢理引っ張り出してもいいんだぜー?!」


「!!!!」


 とんでも無いことを大声で叫ぶ打戻。でもヤツならやりかねない……


 --シャッー!

 --ガラッ!


「ちょっと待ってて!」


 僕は窓を開けて、下に見える打戻に対して大声で叫び返した。僕の姿を見た打戻はニヤニヤと笑っている……相変わらず嫌なヤツだ。


 僕は着ていたスウェットを脱いで服を着替えた。もう何年も着替えていない感覚で、何か不思議な気持ちがする。


 --トントントントン……


 財布とスマホだけ持って階段を駆け下り、玄関を開けて外に出る。


「よお! 良く来たな」


 右手を挙げて満足そうに微笑む打戻……自分から呼び出しといて勝手なことを言うヤツだ。


「なんだよ? 何か用かよ?」


「まあ……そう怒るなって。今日は、お前とケンカをしに来たわけじゃないんだ」


「……?」


 打戻は前かがみになって、下から僕の表情を読み取りながら、相変わらずニヤニヤと笑っている。僕の気も知らずにニヤニヤと。


 僕はスグにでも自分の部屋に戻りたい衝動に駆られたけれど、後ろからほいほいと付いてこられそうで、ただ無言で立ち尽くすしかなかった。


「一体、何の用だよ……? 早く部屋に戻りたいのだけれど」


「そう急ぐなって。部屋に戻ったところでイジけるくらいしかやることないんだろ?」


「黙れっ! バカにするなら帰るぞ!」


「冗談だって。まあ、ここじゃあ何だから歩きながら話そうぜ」


 怒る僕をたしなめて、有無を言わさず先に歩き出す打戻。全く勝手なヤツだ……とは言え、家の前で込み入った話をされるのも避けたいと言うこともあって、渋々と打戻の後に続いた。


 打戻は僕の方に振り向き、後ろ向きに歩きながら、話始めた。


「なあ……俺から高倉にライブチケットを渡したことは知ってるよな……?」


「ああ、祥が言ってた」


「あの時、本当はチケットを渡すつもりなんて無かった」


 ……え? どう言うことだ?

 僕と打戻の実力差を見せつけるために、ライブに誘ってきたと祥から聞いているのだけれど、本意は違うってことなのか……?



「僕に自分の実力を見せつけたかったんじゃないのかよ?」


「まあ……それは後付けの理由だ。それだけだったら、せいぜい高倉とお前だけにチケットを渡せば目的は満たせるし、ブリドリのメンバー全員分、チケットを渡す必要なんてないだろ?」


「ちょっと言っている意味がわからないのだけれど……」


「まあ聞けって」


 ほんの少しシリアスな表情になった打戻は、僕に、チケットを渡した本当の意味について説明を続けた。


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