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第八曲 自責の念


 蓮花さんは、しずしずと僕たちの前に歩み寄り重々しく……そして、義務的に口を開いた。


「主治医様から伺った祥さまの容体ようだいですが……」


 僕らは、蓮花さん言葉にゴクリと唾を飲み込んだ。皆の視線が一気に蓮花さんに集まる。……が、蓮花さんはそれに動じることも無い様子で言葉を続ける。


「結論から申しますと、主治医様曰く『出来る限りのことはした』と仰っています」


 蓮花さんの言葉を、そのまま解釈すると手術は成功した、祥は助かった。と言うことになるのだろう。だけれど、あえて、ここで『成功した』と言う表現を素直に使わないと言うことは、言葉の裏に何かあるのかと疑ってしまう……


 しかし、そう思っていても僕の周りから疑問の言葉を発する人は僕を含めて誰も居なかったし、むしろ、言葉を発することが『出来なかった』と言う方が表現としては正しいのかもしれない。


 きっと、皆も僕と考えは一緒で『蓮花さんの言葉には裏がある……悪い意味で』と感じているに違いない。だから、二の句が継げない状況になっているのだ。


 それに、蓮花さん自身も報告がこれで終わりと言う感じではなかった。僕らとは違って、主治医に対して淡々と冷静に突っ込んだヒアリングをしたのだろう。話せる範囲で僕らに説明を続けてくれた。


「ただし……外傷は少ないが頭を強く打っているため依然として事態は予断ならない状況である……と。今は落ち着いているが、いつ容体が急変してもおかしくない、今夜が山場であると仰っていました」


 --今夜が山場……


 そんな……

 そんな、『今夜が山場』なんて表現、ドラマの中でだけの言葉だと思っていた。だけれど、まさか、よりによって、こんな時に現実で聞かされるなんて夢にも思わなかった……思いたくも無かった。


 僕だ……


 僕だ……


 全て僕の責任だ……


 僕は思わず膝をつき自らの行動について自責の念にとらわれた。

 こんな状況の中、皆が一言も言葉を発することの出来ない状況の中、姉さんが僕の心を読み取ったかの如く、僕の肩を叩いた。


かけるちゃん。まずは、よかったじゃない。手術自体は成功したってことでしょ? 後は祥くんの人並外れた精神力があったら余裕でしょ! それは私より、皆の方が良く知っているんじゃない?」


「うんうん! そうだよしょうちゃん! 香先輩の言う通りだよ。あの、翔ちゃん思いの祥くんが、こんなことに負けるわけないよ! 翔ちゃんのことを置いて行くわけがないよ!」


 弘子さんも姉さんの言葉に賛同する。この二人から言われると、説得力が増して、何だか『祥は大丈夫』そんな気になってきた。


 --そうだ。祥がケガなんかに負けるわけがない。


 うん。彼ならきっとこんな困難なんて、楽々と乗り越えられるさ。僕は一体、何を心配しているんだ。僕は本当にバカだ。


 --うん。大丈夫。


 祥が頑張っているんだ。僕がへこたれていてどうするんだ……ちゃと、ちゃんとしなきゃ。


 僕が、うんうんと頷きながら気持ちを取り戻している様子をみて、蓮花さんが再び口を開いた。


「今、祥さまはICU……集中治療室の方に移動されています。まだまだ予断を許さない状況ではありますが、病院に多人数で滞在することは望ましくありません」


 蓮花さんは、落ち着いた様子で状況説明と、見解を述べる。確かに言うことは正論で、僕たち全員が病院に残ることはマナー的にも良くないだろうと言うのはわかる。


 わかるけれど、でも、今は少しでも長く祥の近くに居てあげたい。祥は意識が朦朧もうろうとしている中でも僕のことを繰り返し呼んでくれていたのだ。


 --祥の気持ちに応えてやりたい。


 僕の気持ちを汲んだのかわからないけれど、蓮花さんはこれからの方針について続けて語った。


「そこで、私、大奥様、そして……『弥勒寺みろくじかける』様が病院に残り、あとの皆様は一旦お帰りになって頂けますようお願いいたします。状況に進展があった際には再び、こちらからご連絡差し上げます」


 蓮花さんが、あえて『状況に進展』と言う表現を使ったのは、意識が回復したら皆に連絡する……と言う意味合いと『その逆』……が起こった際のこと考えて、僕らを傷つけないように配慮した表現をしたと言うところか。そんなこと考えたくもないけれど。



「じゃあ……翔ちゃん。私は先に帰るね。後で連絡してくれたら迎えに来るよ。ずっと起きているから、いつ連絡してもいいからね」


「わかった。ありがとう」



 姉さんは僕の頭を優しくポンポンと叩いて待合室を出て行った。姉さんは、この場では一番の部外者であると言う自覚を持っているからなのか、蓮花さんの言葉を聞いてスグに行動を起こした。


 きっと姉さん自らが、すぐに動くことで僕たちが祥の元に向かうまでの時間を一秒でも短縮するための配慮をしてくれたのかなとも思う。


 姉さんが待合室を出る姿を見て、他のメンバー達も続々と待合室を後にした。


「じゃあ、翔ちゃん、お願いね」

「絶対連絡してよう! 待ってるから!」

「まあ、祥くんは大丈夫だと思うけれど、結果だけは連絡して」


 皆も病院に残りたいに違いない。祥の行く末を見守りたいに違いない。特に拓人、哲太は、付き合いが長いのに、祥と知り合ったばかりの、ブリドリに入ったばかりの僕に全てを任せると言うのか少なからず何か思うことがあると思う。


 彼らは、病院内でも、あまり言葉を発することをせずに、黙って状況把握に努めたのは、それぞれ自分の役割を自覚してくれていたと言うことなのだろう。


 そして、皆は口々に僕に声を掛け、そして、お婆さん、蓮花さんに会釈をして帰って行った。


「大奥様、弥勒寺様……祥さまの様子を見に行きましょうか。あまり長時間は居られませんが……」


 蓮花さんは、皆を見送るや否や、待合室のドアを開けて固定し、部屋を出るように促した。僕は蓮花さんに促されるままに廊下に出る。


 そして蓮花さんは、ショックでふらつくお婆さんの肩を抱き支えながら僕の後に続いた。


「こちらです」


 蓮花さんは病院の造りが頭に入っているかのように迷うことなく僕のことを集中治療室へと案内した。


 集中治療室は手術室と近く同じ三階にあり、「ICU」と室名札がかかったガラス張りの部屋だった。


 その部屋の中で、祥……祥が、酸素マスクをつけて横たわっているのが見えた。


「祥!!」


 思わず僕はガラス越しに呼びかける。だけれど、麻酔が効いているのか、祥は微動だにもしなかった。祥の姿を見て、ホンの少しだけホッとしたけれど、目を開けるまでは、言葉を発するまでは予断を許さない。


「やはり、眠っているようですね。手術中の麻酔注入が終わっているはずですので早ければ数十分後には目を覚ますでしょう……早ければ……」


 珍しく蓮花さんは、途中で言葉を飲み込んだ。『早ければ……』の次に続く言葉は、聞くまでもなく、それとわかるものではあったけれど、今は考えたくない。


 今は、祥のことを信じよう。


 僕らは祥が目を覚ますまで待合室に戻って待機することになった。祥の意識が回復したら、看護師さんが教えてくれる手筈になっていると言うことだ。



※※※※※


 待合室に戻ると、お婆さんはソファに腰かけて、僕に向けて祥の昔話を涙ながらにしてくれた。



 --生まれた時は未熟児であったこと。


 --初めてギターに触ったのは三歳の時であったこと。


 --両親の海外生活が長くて中々会えなかったけど決して悲しい顔はみせなかったこと


 --でも、それはお婆さんを悲しませないための祥の心遣いであったこと



 それと……


 --家では友達のことを話すことはなかったのだけれど、


『祥が僕と出会ってからは、毎日のようにお婆さんと蓮花さんに僕の自慢をしてくれていたこと』



 ちょっと待ってくれよ。

 なんだそれ……?


 ズルいよ。反則だよ。


 祥……


 祥!!


 何やっているんだよ!

 早く起きろよ!


 --アメリカでもどこでも付いて行ってやるから、早く元気になってくれよ!


 祥が元気になるのだったら、悪魔に魂を売ってもいい。どんなことだってする。


 だから……


 だから神様……



『祥を助けてください』



 お願いだよ……


 僕が頭を抱えてうずくまっていると、トントンと優しく肩を叩かれた。


「大丈夫ですよ」


 顔を上げると蓮花さんが、僕が見る限り初めてニッコリと微笑んでいた。今まで冷静沈着な様子で、微笑むことなんて決してなかったのに。僕のことを安心させるためなのか、はたまた祥の無事を確信しているのか……蓮花さんは屈託のない笑顔を見せてくれたのだ。


「蓮花さん……」


「私、高倉家には祥さまが子供の頃から使えておりますが、祥さまはこんなことで屈するお方ではございません」


「そうですよね……そうだ。祥は負けないですよね」


「ええ。もちろん」


 蓮花さんは確信を持ったように強く頷いた。この人の言葉には説得力があって、とても頼もしかった。



 --コンコン



 僕らの居る待合室のドアがノックと共に開いた。


 --カチャ


『高倉祥さんの意識が戻りました』


 マスクを付けた看護師さんは僕らに向けて事務的に報告をした。


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