第四曲 親友以上
祥が僕の手を引っ張り足早に歩いて行く。祥の方が僕よりも大分足が長いから、そのスピードについて行くにも大変で今にも転びそうだ。
「ちょ、ちょっと待ってよ! どこに行くのさ?!」
「いいから!」
珍しく祥は怒りながら振り向きもせずに、早足でスタスタと僕のことを引っ張って行く。何がどうしたと言うのだ。今日の祥は、何かおかしい。言葉少なげだし、心なしか視線も下を向きがちだ。
人気のない近くの公園に着くと、やっと祥は僕の手を離した。辺りはもう薄暗くて、ぼんやりと街灯が光っている。
「ここら辺で、いいかな……」
祥がギターをベンチに立てかけたのを見て、僕もベースを隣に立てかけた。二本並べてみると、ベースの方がギターより一回り以上大きい。わかってはいたけれど、並べて比べると、何か不思議な感じがする。
僕が感慨深げにベースを眺めていると、祥が僕のことを不満そうに呼んだ。
「弟……? 何考えてる……?」
「あ、いや、何でもないよ。大したことじゃない」
「俺と二人で居る時くらい、ちゃんと俺の方見ろよ!」
祥は僕の両肩を掴み自分の方に振り向かせた。その強引さに少し驚いたが、嬉しいと思ってしまう僕が居たことは否定できない。
「い、痛いよ……」
「ご、ごめん……」
僕は嬉しい気持ちを悟られない様に、右下を向いて祥のことを批難した。自分でも頬が赤くなっているだろうことがわかる。こんな顔、とても祥には見せられない。今が薄暗くて顔が見えない時間帯で良かった……
「で、何だよ?」
右下を向いたまま、目線を合わすことなく僕は祥に問いかけた。だって、そりゃ、今、祥の顔、見れないよ……恥ずかしすぎる……
「……何って、怒ってるのか?」
「怒ってないよ」
「じゃあ、何で俺の方見ないんだよ! こっち向けよ!」
今度はグイっと両手で僕の顔を包み込み、自分の方に向かせる。祥の真剣な目に圧倒され、思わず僕は目線を逸らした。
痛いよ、祥の気持ちが痛いよ……
「祥、一体どうしたのさ。今日の祥はおかしいよ」
「この前、スタジオで弟のことLAに誘ったけれど、あの日以来、怖くて怖くてしょうがないんだ」
「怖い……?」
祥が『怖い』だって……?
祥と言えば、怖いもの知らずで、どんどん前に突き進んでいく印象しかないのに……そんな祥が『怖い』なんて、一体どうしたのだ?
--ガシッ!
いきなり祥が鬼気迫る面持ちで僕のことを思い切り抱きしめ、ブルブルと震え始めた。
「怖い、怖いんだ。俺の前から弟が居なくなってしまうんじゃないかって。考えだしたら止まらなくなって夜も眠れないんだ」
「……え? 居なくなる? 僕が? そんなことある訳無いじゃないか」
一体、何を根拠に祥は『僕が居なくなる』なんてことを言っているのか、僕には到底理解ができなかった。あの祥が、こんなに弱気になるなんて。しかも僕が原因で……
「大丈夫だよ。僕は居なくなんてならないさ。だって今、ベース弾くのスゴい楽しいし、ベースの先生の祥が居なくなったら僕の方が困るよ」
僕は祥の背中をポンポンと叩いて、子供をあやすように言い聞かせた。祥の真剣さが、この強い抱擁に現れているようで、とても心地よく感じていた。
「本当……か? ずっと、ずっと俺の傍から離れないでいてくれよ」
「ずっと……と言われるとそれは分からないけれど、少なくとも卒業までは一緒にいるよ」
「ちぇ。つまんねーの」
祥は、やっとすこし微笑んだように感じた。だけれど、抱きしめられている僕からは、その表情を伺うことができなかった。
そして、祥は離れることを名残惜しそうにして、自分の頬を僕の頬にすり合わせた。その頬は少し濡れている感じがしたのだけれど、気のせいかな……
「だって、未来のことなんて、誰もわからないじゃないか」
「嘘でも良いから、『ずっと一緒にいる』って、言ってほしかったんだよ!」
「乙女かっ!」
「うるせっ!」
祥は少し落ち着いた様子で、意を決したように身体を放し、再び僕の両肩を掴んだ。
そして……
祥は唇を僕の唇に、そっと近づけた……
--って!
「ちょっ! ちょっと待って!」
僕は慌てて、身体を後ろに反らし両手をバツ印にして前に出し、祥の唇を押さえた。ちょっと何やってくれているんだ! 男同士でキスなんて、どう考えてもおかしいだろ。
僕の頭の中は混乱して、心臓の鼓動が止まらない。ライブでは頬にキスをしてきたけれど、今度は唇に……そりゃあドキドキもするだろ。あと1ミリのところまで祥の唇が迫ってきたのだ。驚かない方がおかしい。
「なんだ……惜しかったな」
祥は名残惜しそうに身体を放して、僕のことを恨めしそうに見つめた。いや、だって、無茶言うなよ。
僕は祥に何か言い返したかったが言葉が見つからず、何とも言えない表情になっていたようだ。そんな僕の様子を見て、祥はニッコリと微笑んで、サッと僕の額に素早くキスをした。
--チュッ!
「えっ?! えっ!」
今度は、キスされた額を両手で押さえて目を見開いた。こ、これは油断していた。まさかオデコにキスされるなんて想像していなかった。
……いや、唇にキスされそうになったときも、想像なんてしていなかったのだけれど。
「オデコにチューくらいいいだろ? 減るもんじゃないんだから」
「減ったら困るよ!」
「はははっ! 減ったら一生、俺が弟の面倒を見てやるよ」
「なんだそれ!」
僕がムッとした反応を見せると、祥は急に真面目な顔をして、再び僕のことを真っすぐな視線で見つめた。
「いやさ、正直な話、俺は弟のことを友達以上、むしろ、親友以上だと思っているんだよ」
「親友以上……? 男同士の友情に親友以上があるの?」
「あーー……うーーん……『愛友』かな」
「あいゆう? なんだそれ?」
--あははははっ
僕の戸惑う反応を見て腹を抱えて笑う祥は、とても輝いていて、そして儚げだった……愛友……『愛』と言うワードは重い感じがするけれど、でも、祥から言われる『愛』と言う言葉も不思議と嫌な感じはしない。
--ずっと一緒に居れたらいいのに
その気持ちは僕も一緒だった。高校一年生の僕には、まだ卒業後の未来のことなんて、雲の向こうの……ずっと先の話に思えて、イマイチ現実感が湧かない。けれど、そんな未来の時間も祥と一緒に刻めたら、どんなに嬉しいだろう。
「祥……?」
「ん……? なんだ?」
「祥こそ、僕の前から居なくならないでくれよな」
「!!!!」
だって、祥を見ていたら、『今にも消えてしまいそう』な感じがしたから、思わず口に出てしまった。僕だって、僕の人生を変えてくれた張本人の祥と一緒に居たい。この気持ちに嘘はない。
すると祥は潤んだ瞳で、僕のことをジッと見つめた。その瞳は今にも涙が溢れだしそうで。けれど、そんなことお構いなしに、目を逸らしたら僕が消えてしまうかのように、祥は涙を隠そうともせずに僕のことを見つめている……
--ガシッ!
せっかく僕から離れた祥が、再び僕のことをキツく抱きしめた。
「これは、弟が悪いんだからな」
「何のことか分からないな。でもキスはしないからな!」
「ちぇ……わかってるよ。今日のところは勘弁してやる。暫くこのままで……」
「ん……」
暫くの間、僕と祥は薄暗い公園の中、抱きしめ合った。




