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第三曲 スパイラルスネーク(後編)


 スパイラルスネークのライブ会場。

 会場内が暗転し、観客たちの歓声が上がる。


 --ウォォー!

 --いいぞーっ!

 --ヒューヒュー!


 闇の中、ボーカルにスポットライトが当たる。ボーカルは、舌を出し、右手の中指を立てて観客を威嚇する。


 確か、中指たてるのって、あまり良い意味じゃないんだよな……そんなことしたら、観客が怒らないか?


 --ウォォー!


 ……むしろ喜んでる。

 なんなら、ボーカルに向けて中指を立てて返してるヤツもいるじゃないか。何なんだこの以心伝心は。とても理解できない。


 ブリドリのライブと違って、観客のガラが悪すぎる。観客がステージに乗り込みそうな勢いで前進しているのを複数の係員が横一列になって必死に押さえている。


 --ドゥルルルルルッ


 ベースにスポットライトが当たった……打戻うちもどりだっ!


 って、え?

 なんだ……?


「5弦ベースだね」


「えっ?! 5弦?! そんなのあるの?!」


 弘子さんが打戻のベースを興味深く眺める。一般的なベースの弦は4本なのだけれど、打戻が弾いているベースの弦は5本。

 5弦なんてイレギュラーなベースがあることに驚いた。とは言っても僕の場合は、4弦のベース自体、最近知ったのだけれど。


「うん。少数派だけど、5弦ベースを使っているミュージシャンはいるかな。当然、4弦より弦が多いから、それだけ音域も広がるよね」


「すげー難しそう……」


「見かけはハデだから目立つかな。まあ、慣れだよ。慣れ。きっとね」


 弘子さんは事も無さげに言うけれど、それは彼女の基準であって僕からしたらスゴいの言葉以外何も見つからない。

 だって、僕は4弦でさえ四苦八苦しているのに、5弦なんて言われたらもう発狂してしまう。


 会場中に過激な音楽が響き渡り、ボーカルはモニタースピーカーに足をのせて頭を前後に振りまくり、長髪が首の動きに合わせてバッサバッサと振り乱れている。これが噂のヘヴィメタルのヘッドバンキング……ヘドバンってヤツか。



「ほへぇー」


「直ちゃんには刺激が強かったみたいね」


「ほへぇー」


「ちょっと。大丈夫……? 出る?」



 直美は、口を『ぽかーん』とあけて呆気に取られている。彼女にとっては、ここが異世界のように感じているのかもしれない。本気で理津美が心配して直美の肩を抱いている。


 それにしても会場の一番後ろに陣取ったのは正解だったな。観客の中に紛れたら生きた心地がしなかったことだろう。まあ、それがわかっているから祥がこの場所を取ったのだと思うけれどね。


 ステージに目を向けると、スパイラルスネークのメンバー全員がヘドバンしながら演奏している。あんなことをして頭クラクラしないのかな……?

 そもそも頭を振りながら、普通に演奏してることにも驚く。


 --僕はブリドリでよかった


 そう思ってしまうような地獄絵図が会場内に描かれていた。だって無理だよあんなの! 怖いよ。演奏が全く頭に入ってこないよ。


「……な?! 弟は弟のままで居てくれって意味がわかった?!」


「わかったよ!」


 圧倒されている僕の表情を読んだのか、祥は僕の耳元に顔を近づけて叫んだ。


 ……そうなんだ。打戻と僕は求める音楽性が違うのだ。いくら彼のテクニックがあったとしても、僕はヘヴィメタでは無くて、あくまでもブリドリの音楽性でテクニックを磨きたいのだ。

 ブリドリの6人でテクニックを磨いて行きたいのだ。


 祥は、みんなに向かって叫んだ。


「じゃあ、そろそろ行こうか! もう十分わかっただろ?」


 --ブンブン!

 --ブンブン!

 --ブンブン!


 祥の問いかけにチビトリオ三人揃って深く深く何回もうなずいて同意する。彼女らにとって、このライブは苦行だったみたいだ。会場内は、ある意味、お化け屋敷みたいだったし、女の子には刺激が強すぎるよな。いや、最近ライブデビューした僕にも十分に刺激が強すぎて、祥からの終了宣言がありがたかった。


 まあ、こんなことを言っているが、テクニックが高度であることは間違いないし、ヘヴィメタが好きな人には人気が出るのも頷ける。

 テクニックはあるけれど、ただ僕には合わなかったのだ。ブリドリ、シュトルツのメンバーには合わなかっただけなのだ。


「いやー、ライブ前に絡まれた時は、どんなテクニックを見せつけられるのかと思ったけれど、あの陰キャ兄さん、まさか5弦ベースとはねーびっくりしたよー」


 弘子さんが、感心しているのか、けなしているのかわからない感想を漏らした。僕が見る限りでは難易度の高い5弦ベースを華麗に操っていたのだから、素直に感心していたのだと思っている。


「5弦ベースなんて初めて見た。凄いね。あんなん僕には出来ないよ」


「まあ……使い方次第じゃないかな。慣れれば翔ちゃんでもスグに弾けるようになるよ。むしろ、向こうの陰キャ兄さんの方が、翔ちゃんのベースに驚いていたと私は思うよ」


「えっ?! そんなこと無いでしょ?」


「あるある。ベースを初めて1ヶ月ってことを考えたらレベル高い方だと思うよ? だから、わざわざ祥くんに、自分のバンドのライブチケット渡したんでしょ? それなりに認めてないと、そんなことしないよー」


「そうなんだ?! 意外だなあ……」



 それにしても弘子さんの打戻叩きは徹底しているな。5弦ベースを使っている人が聞いたら怒ると思うし、彼女も心にもないことを言っていると言う自覚もあるのでは無いかな。5弦ベースの難易度は高いはずだし、彼が使っていなければ、もっと別の表現を使っているハズだ。


 弘子さんが他人の批難をするところを初めて見るから反応に困ってしまうな……でも、そこまで弘子さんが言ってくれるから、彼に会する僕の気持ちも少し落ち着いたのは確かだ。もしかしたら、弘子さんは僕のためを思ってフォローしてくれるのかもしれない。


「ほんとーっ! あのヤローむかつくわー! ライブ前の挑発と言い、ギャフンと言わせてやりたい!」


「そーだーそーだー! ぎゃふんだー! おー!」


 ドサクサに紛れて玲子と直美が打戻批判運動を繰り広げる。玲子の場合は、ストレートな表現で、弘子さんの緻密なフォローに比べたらもう稚拙と言うか短絡と言うか……直美はタダの天然だし……もう放っておこう。



「弟ーっ! 途中まで一緒に帰ろう」


「ん? 祥の家って逆方向だろ?」


「いいからいいから。夜道は危険だから送っていくよ、な?」


「おいおい、だったら女性陣を送っていきなよ」


「いいからいいから!」


 半ば強引に祥から手を引っ張られる。その手は力強く、とても拒否できるものでは無かった。祥の力に任せて引っ張られていく。


「ちょ、ちょっと待ってよ!」


 祥は、僕の方を振り返ることなく早足でズンズンと進んでいく。一体、急にどうしたのと言うんだ……? でも強引に連れ出されるのって少し嬉しい自分もいる。なんか心臓がドキドキいっているのが自分でもわかる。



『ねーっ! しょうちゃんずー! どこ行くのー?!』



 後ろの方から玲子の叫び声が聞こえた。


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