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第二曲 スパイラルスネーク(前編)


 ブリドリ、シュトルツのメンバーが揃って、打戻うちもどり和也かずやが属するバンド『スパイラルスネーク』のライブ会場へ向かう。


 僕が知っているライブ会場と言ったら、学校内……格技場、グラウンドだったのだけれど、スパイラルスネークのライブ会場は『ライブハウス』と言われるところらしい。


「お! ここだここだ」


「うわあ……何かちょっと怖いかも……」


 ライブハウスの前に到着すると『藤沢Z』の黒い立て看板が置いてあり出演バンドに『Spiral(スパイラル) Snake(スネーク)』が白文字で書いてある。その隣に地下の会場へと続く階段があった。その階段の行く先は、とても暗く『スパイラルスネーク』の怪しいイメージをかもし出しているかのようだった。


『ようこそー。ブリドリのみなさん』


 背後から声がして振り向くと、そこには打戻和也と、バンドのメンバー三人が立っていた。黒いレザージャケットにパンツ、いかにもヘヴィーメタルを演奏している風の衣装だ。


 そのうちの一人、やせ型で短髪のヘビ顔男が、僕らの近くまでやってきて手を後ろに組んでウロウロと歩き出す。


「ふんふん……お前らがブリドリにょろかー……女も居て楽しそうにょろなあ……」


「おーい! あまりからかうなよーっ?! お坊ちゃま、お嬢ちゃまが怯えてるぜ」


 打戻が僕たちを小バカにしたようにニヤニヤしながらヘビ顔男を制した。


「わかってるにょろよーん。こんなお遊びバンドに、和也は入りたかったにょろかー?」


「いや前は、もう少しマシだったんだけどな。入らなくて正解だったぜ」



 --あはははははっ!



 スパイラルスネークのメンバーが僕らを笑い飛ばす。もちろん和也もバカにしたように腹を抱えて笑っている。


「てめえっ!」


「やめろ拓人っ!」


「はなせっ! はなせっ! こいつら許せねえ!」


 和也に殴りかかろうとする拓人を止めに入る哲太。背後から哲太に押さえつけられた拓人は、ブンブンと腕を振り回し暴れまくるが到底哲太の力には敵わなかった。


「まあまあ、落ち着いてくださいよ。ライブ見たら、俺たちの実力がキミ達より格段に上と言うことが、きっとわかりますから。それでは後程。行くぞっ!」


 打戻はメンバーを引き連れて笑い声と共に会場に入っていった。

あそこまで僕たちのことを愚弄すると言うことは、余程自信があるのだろう。


「なーんか嫌な感じー」


「まあ……お手並み拝見だね」


 頬を膨らませて両腕を組みムッとしている直美の頭をポンポンと叩いてなだめる弘子さん。弘子さんの振る舞いは見ていてとても微笑ましくて、打戻達からの仕打ちで荒んでいた心が少し癒されるようだった。

 弘子さんは、もうすっかりメンバーの中で面倒見の良いお姉さん的存在になっているのだな。



 ーー



 ライブ会場に入ると、昼間でも真夜中のように薄暗く、観客は大勢入っているのだが、嵐の前の静けさと言う表現がぴったりなほどに辺りは静まり返っている。その代わり殺気立っていて、悪い意味で緊張感のある独特の世界観が漂っていた。


 観客席……、椅子は置いてないから席じゃないか。オールスタンディングで立って見る形式のようだ。僕達は会場の一番後ろに陣取った。


「キャパは……百五十ってところかあー?」


「まあ妥当な線だな。それより観客のガラ悪いな」


「だな。哲太が百五十人いるみたいだぜえ」



「おいこらっ! 俺をあんなのと一緒にするな」



 祥と拓人の会話に哲太がツッコミを入れる。確かにモヒカン、金髪や、タトゥーを入れたヤツも居る。男女割合は、男が大多数を占めていて、と言うか男だけかな……殺伐さつばつとした空気を醸し出している。女性が多いブリドリの客層とは偉い違いだ。


「こあいよーあの人のジャケットにトゲトゲついてるー」

「な、なんか私たちって場違いじゃない……?」

「ライブ会場と言うより暴走族の集会みたいね」


 チビトリオから様々な感想が漏れる。女子からしてみたら、一秒でも早く逃げ出したい気持ちに違いない。むしろ僕の方が逃げ出したいくらいだ。


「ほら弟! 俺の後ろに隠れてないで、前に出て来いよ」


「い、いいよ。僕はここからみるよ」


「まあ、俺の背中にしがみついている弟も可愛いからいいんだけどな。なんなら、抱きしめといてやるよ。ほれほれ」


「や、やめろー!」


 祥は、僕の背中に回って固く堅く抱きしめた。祥からは、いつもの甘い甘い匂いがする。何の匂いだろう……彼独特の匂いに優しく包み込まれて、拒絶の言葉とは裏腹に、そっと身を預ける僕がいた。


 祥からすると、僕の行動が想定外だったようで、少し驚いた表情を見せた後、フッと目を細めて穏やかに微笑んだ。そして、気持ちを込め、改めてギュッと強く僕のことを抱きしめ、周りに聞こえないように耳元で囁いた。


「弟は、弟のままでいいんだ」


「……え?」


「俺は、そのままの弟が、弟の音が好きなんだよ。だから……」


「だから……?」


 珍しく祥が言葉を濁した。僕は身体を固く抱きしめられている状態で首を捻って祥の表情を読み取ろうとしたけれど、祥の右手で僕の頭上を押さえつけられて、顔を正面に戻されてしまった。


 暫く沈黙が続いた後に、ぽつりと祥がつぶやいた。


「だから……卒業したら俺と一緒に……暮らさないか……?」


「ええっ?! それって、プロポーズッ?!」


 思わず大きな声を出してしまった。だって、おかしいだろ。おかしいよ!


「翔ちゃん! プロポーズって言った?! 詳しく! 詳しく!」



 僕の声を敏感に察知した玲子が祥から僕をグワっと引き剥がした。まったく、小さい割にはバカヂカラだな……



「ああっ……」



 祥は、離れた僕を見つめて、力なくつぶやいた。祥らしくも無い。一体、どうしたのだろう……? 打戻と会った時も、おとなしかったし何かあったのかな。


 それにしても卒業してから一緒に暮らそうなんて、この前スタジオでロサンゼルスに誘われたけれど、向こうで共同生活しようってことなのかもしれない。男同士だし、まさか結婚とかは考えてないよな……まあ、考えられても困るけれど。



「翔ちゃん! 無視しないでよっ!」



 顎に右手を当てて考えている僕に対して玲子が追い打ちをかけた。ああ、祥からの衝撃の発言で、玲子の存在をすっかり忘れてたな。


「あ、ああ……何でもないよ。好きな芸能人が結婚した時のことについて話してただけ」


「ホントに?! 紛らわしい!」


 玲子は半信半疑だったけれど、それ以上は何も聞いてこようとはしなかった。それは、直後にナイスタイミングで弘子さんのフォローがあったからだ。



「玲ちゃん、落ち着いて。ほら、もう始まるみたいだよ」



 弘子さんの言葉と共に会場が暗転した。


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