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第一曲 祥の夢は僕の夢?


 今日はライブ後、初のスタジオだ。

 思ったよりも早くスタジオに着いてしまったのだけれど、店舗の達也さんに挨拶したところ、既に祥がスタジオ入りしていると言うことだった。


 祥も『ブリドリ』と新バンドの『シュトルツ』を取り仕切ることになって、責任感が増しているのだろうな。


「おつかれさまー」


 僕は、もはや通いなれたAスタの重い防音扉を、ゆっくりと開けた。そっと中を覗くと祥はパイプ椅子に腰かけて、一人ギターを弾いていた。


「よお! 今日は早いな」


「うん。たまたまね」


 普段の祥とは違い、心なしかテンションが下がっているように見えた。きっと曲作りと企画を一人でやっているから、殆ど寝ていないのだろう。


 祥は決断力と推進力、カリスマ性があるけれど、一人で背負い込むところがあるから倒れてしまわないか心配だ……そんな祥が突然僕を見て疑問を呈した。


「弟……の夢って何?」


「……え? なんだよいきなり」


「いいから。教えてよ」


 祥は暗い表情から一転して、僕の顔を見てニヤニヤしている。


 夢……かあ……つい最近まで惰性で過ごしていた僕にとって『夢』なんて大それたものは無かったな。そもそも今、次のライブに向けてベースの練習するだけで精一杯だ。


「夢……特にないかな。普通に食べていければ十分だよ」


「あははっ! 弟らしいね。その夢は簡単そうに思えるけれど、でも『一生、食べていける』ってことも結構大変なことだと俺は思う。一生食べていくには、何かしらを犠牲にする必要があるからね」


「犠牲……そうなんだ」


「そう。『一生食べていく』そのためには何をするか、自分の人生を何に捧げるか、自ら決めなければいけない。決断しなければならない」


 そうか……『普通に食べていく』ことも決して楽ではない。確かに。……安易なことを言ってしまった。失敗した。僕は自分の軽率な発言に深く後悔した。


「そこまで深く考えてなかったな……ところで祥の『夢』って何?」


「聞いてくれるか弟くん! もちろん俺の夢は世界を股にかけるギターリストだ!」


「なるほどね。いいんじゃない?」


「……え? 笑われると思ったけれど、普通に受け入れるんだな」


 笑われる……そうかな。ベースど素人の僕が言うのも何だけれど、祥ほどのテクニックがあれば、世界制覇も夢じゃないと思う。その情熱とカリスマ性があれば、どこに行っても通用すると思う。


「そう……? 皆、僕と同じ反応をすると思うよ」


「だと良いのだけどな。その夢の第一歩として、俺、高校卒業したら、ロス……『ロサンゼルス』に行くつもりなんだ」


「ええっ?!」


「これ話すと皆同じ反応するんだよな。拓人、哲太も同じ反応をしていたよ」


 驚く僕を見て『ハハハッ』と満足気に高笑いする祥。


 高校卒業と言ったら、あと二年ちょっとじゃないか。夢って遠い未来のことかと思っていたけれど、祥は早くも夢に向かって動き出そうとしている。祥の思考って、いつも僕の斜め上をいっているのだな……


「ブリドリはどうするの?」


「弟のことを誘っておいて何なのだけれど、ブリドリは高校で終わりにする……だから、弟にも早めに伝えておこうと思ったんだ」


「そっか……うん。わかった」


 話が話だけに、僕が止める訳にもいかないし、むしろ祥のロス行きを応援したい。素直に心から、そう思う。


 だって、無気力で、かつ、惰性で生活していた僕の人生観を一気に変えてくれたのだ。そんな彼には、命の恩人と言っても良いくらい感謝しているし、成功して欲しい。


 成長することを諦めて、ウジウジ同じところで止まっていた僕を後ろから、ぶっ飛ばす勢いで一気に前進させてくれたのが誰でもない祥なのだ。


「で……だ。弟、一緒にロサンゼルス……行かないか?」


「あ、ああ……ロサンゼルスね。って……えっ! ……一緒っ?! 僕もっ?!」


「そうそう。俺、弟と一緒にロス行きたい」


「いやいや、そんな軽く言わないでよ。観光旅行に行くんじゃないんだから……」


 突然の祥からの申し出に僕の頭は混乱する。いや、ちょっと待って。一か月前にベースを始めた僕がロサンゼルス行きだなんて、ちょっと、いや、大分考えられない。誘うんだったら、それこそ僕の他にもたくさん居るだろう。


「まあ、考えといてくれ。考える時間は、あと二年あるんだからな。でも俺は、その二年間、弟のこと誘いまくるけどな!」


「まじか……」


 ブリドリに誘われた時の祥を思うと、その強引さが容易に想像できる。勧誘しているときの鋭い彼の目はハンターのようだった。まあ、ブリドリの勧誘に関しては祥の思惑通り、僕はハント……捕獲されてしまった訳だけれど……


 でも、今回は、学生のバンドとは訳が違う。それこそ『食べていく』ためには、今までとは比べ物にならないくらい生半可ではない努力が必要だろう。



「おう! だから、ゆっくり考えてくれ。俺は、弟のことを一生共に生きていける親友以上の関係だと思ってるぜ」


「ま、まじか……」


「なにドン引きしてるんだよっ! うりうりっ!」


「痛いっ! 痛いって!」


 祥が、おどけて僕の頭を左腕で囲い込みヘッドロックをした。おどけると言うか、この場合、照れ隠しなのかな……


 それよりも、僕は、祥の『一生共に生きていける親友以上の関係』と言う言葉に、決してドン引きしていた訳では無く、むしろ嬉しかったのだ。泣きそうになるほど嬉しかったのだ。


 僕の人生の中で、親友以上なんて言ってくれるヤツが出来るとは今まで思ったことが無かった。想像もつかなかった。



「あ、そうだ。打戻うちもどりからライブチケット貰ったんだけど、行ってみる?」


「打戻……打戻和也……?」


「そうそう。弟に自分の実力を見せつけたいってさ」


「あーー……うん。行く」


 打戻和也、まだ、僕がメンバーになっていなかった頃、ブリドリのベーシストに立候補したが祥から断られて、それを今になっても根に持っている。でも、ライブに誘われたってことは、既に今はバンドに入っていると言うことか。


「ヤツは今『Spiral(スパイラル) Snake(スネーク)』のバンマスだ。もちろん言うまでもなくベーシスト。ジャンルはヘヴィメタ」


「ヘヴィメタ……ヘヴィメタル……?」


「そ。俺もライブは見たことが無いけれど、それなりに人気はあるみたいだ」


 スパイラルスネーク……蛇が木に巻き付いて威嚇する姿が目に浮かぶ……確かに打戻の目は、蛇の様にネットリしててしつこい感じだった。しかも、そのバンマス、バンドのリーダーってことか。それだけベースのテクニックが優れていると言うことだろうか。



「あー! 私も『スパスネ』のライブ行きたい!」


 ひっ、弘子さん!

 いつの間にスタジオに入ってきたんだ……?


「お……? 白旗しらはたさんちわっす。もちろんメンバー全員分のチケットはゲットしてますよ」


「さんきゅー祥くん! さっすがー!」


「あはは。ところで白旗さんは『スパスネ』って略すくらいのファンなんですか?」


「いや全然? 何となく略してみたいお年頃なのよ」


「あーなるほど」


 弘子さんがスパイラルスネークのファンでは無いらしくて少しホッとした。嫉妬する訳ではないけれど、あの打戻に好感を持っていたらと思うと嫌で嫌で鳥肌がたちそうだ。


 祥は、弘子さんの反応に、さほど興味を示さずに聞き流した。あまり深追いしたく無い様だ。


「そう言えば弟さ、『打戻の持っていないものを弟が持っている』って意味わかった?」


「いや、まったく……想像もつかない」


「まず一つは前から言っているリズム。弟のリズムは機械のように一定でメトロノームのように正確だ。他のメンバーは弟のリズムに合わせて演奏している。ドラムの哲太でさえも、ね」


「そ、そうなの?!」


「まあ、たまに指が引っかかったりしてミスるけれど、それは今後の課題ってことで」


「あ……はい」


 誉めといて落とすパターンのヤツか。素直に喜べないなあ……まあ、祥と仲良くなった今となっては、彼からベタ褒めされる方が、気持ち悪いけれどね。


「そして、もう一つが、周囲を魅了させる能力……これは天性としか言いようがない。弟の周りに居る人たちは、キミのためなら、きっと何でもするだろう……ですよね。白旗さん?」


「あー……そうだね。翔ちゃんが居なかったら、きっと私ここに居ないよ。ブリドリに入ってない」


「ですよね。片瀬、石川、川名だって、それは同じだと思う。君が居たから、今のブリドリ、シュトルツが成り立っていると言っても過言ではないんだ」


 僕自身、そんな自覚は無いけれど、そこまで祥が言ってくれるのは素直に嬉しい。けれど、その期待を裏切らないように頑張らなきゃ!


「誉めすぎだろ。でもありがとう! あの時は秘密って言っていたのに何で今更……?」


「ああ、スパイラルスネークのライブを見て、プレッシャーを感じて欲しくなかったからさ。弟には弟の味があるってことを踏まえてみて欲しいんだよ」


「そっか……」


 僕は祥の暖かい配慮を胸に刻み、ベースのチューニングに入った。


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