第八曲 打ち上げ
『かんぱーーいっ!』
ブリドリメンバー、直美、玲子。お決まりのメンバーが揃いファミレスで打ち上げだ。ライブも大盛況に終わり、メンバー関係者一同、ジュースで乾杯。
「いやー最後は弟ちゃんに全部持っていかれちゃったよなー」
拓人が口を尖らせて僕のことを非難する。ラス曲で登場したと言う、ヒーロー的な演出もあったからか、ブリドリファンから僕の動向に注目された感は少なからずあったみたいだ。
「ミスったのが逆に良かったのかもね。あれで吹っ切れた感じだったみたいだしー」
弘子さんは、小悪魔の様に首を傾げてウィンクして微笑んだ。そんな姿を見て祥が間髪入れずに割って入る。
「白旗さんっ! 俺の弟のことを苛めないでくださいよ! 弟がミスしたときにフォローしたかったのは俺なんだから! 白旗さんズルいですよ」
「ごめんごめん。私は翔ちゃんのお姉さん的存在だから、つい勝手に身体が動いちゃったんだよ~」
拗ねる祥となだめる弘子さん。弘子さんはって、僕の姉と言うよりは祥の姉みたいだな。まあ、僕の本当の姉が弘子さんと交換される分には一向に構わないのだけれど。あの逆セクハラ攻撃を受けないでいられると思うだけで、かなり気が楽になる。
「それで……だ。今日の打ち上げは新バンド結成のお祝いを兼ねているのはお気づきか、な?」
「ええっ?! そうなの?!」
祥から出た思い付きのような言葉に、ライブ上がりの興奮が維持された状況のメンバー達は驚きを隠せない。そうだった。ブリドリとは別に、理津美をリーダーとして女子バンドの結成をすることが決まっていたのだった。
「そうそう。片瀬? バンド名決まった?」
「そんなの全然決まってないわよ! ブリドリのライブ準備で、それどころじゃなかったじゃない!」
「あはははっ! じゃあ、今決めちゃおっか! 片瀬のことだから考えてはいるんだろ?」
「あ……うーん……」
突然の祥からの突っ込みにうろたえる理津美。どうやら図星だったらしい。しっかりものの理津美のことだから、確実に下準備をしたいところだろうけれど、こんなことを聞かされて黙っている玲子達ではない。
「え?! 理っちゃん! バンド名決まったのっ! 教えてっ!」
「理っちゃんの決めたことなら、付いてくよー」
玲子と直美が身を乗り出して理津美に迫った。これでもう後には引けなくなった。と言うところか。
「うーーん。嫌だったら、また考えるから言ってね……」
「うん! 大丈夫! 嫌だったら嫌って言う!」
「嫌なんて思う訳が無いじゃないかー早く聞きたーい」
「じゃあ、言うね」
--ゴクリ
メンバー一同が息をのんで理津美に注目する。理津美は周りのメンバーを一通り見回してゆっくりと新バンド名を口にした。
『Stolz……』
「しゅとるつ……? かわいい!」
理津美の発したバンド名に玲子と直美がハイタッチしてはしゃいでいる。
「りっちゃん。ドイツ語みたいだけれど意味は何?」
さすが、弘子さんだ。単語を聞いただけで、何処の国の言語かわかってしまうなんて。いや、むしろ意味を知ったうえで聞いているのかもしれない。
「うん。ひろぽんの言う通り『Stolz』はドイツ語。日本語では『プライド』、『誇り』と言う意味を持っているの。私は誇りをもって、このバンドを育てていきたい」
「理っちゃあんカッコいい! 惚れたぜー!」
「うん! いい!」
バンド名を聞いてキャッキャ喜ぶ直美と玲子。誇り……しかもドイツ語できたか。理津美らしいと言うか、何というか……理津美に相応しいバンド名だ。僕もセンスあるバンド名だと思う。
「おっけー。じゃあ、シュトルツのみんな。ブリドリの妹バンドとして頑張ってくれ!」
「ホントっ?! でもブリドリの妹分とか、プレッシャーでしかないじゃない」
「大丈夫大丈夫。片瀬を始めとして、シュトルツはバンド名に負けないくらい誇り高きメンバーが集結しているから、俺たちも追い抜かれないように頑張らないとな」
「それ買いかぶりすぎ!」
祥の言葉を聞いて理津美が慌てて否定した。まあ、学校の校庭を埋め尽くした超人気バンドのブリドリの妹分に位置されたらプレッシャーも大きいだろう。
けれど、そのブリドリメンバーの理津美、弘子さんがシュトルツのキーボードボーカル、ドラムを担当するのだから、それなりに注目されることは間違いない。
「で、祥君にお願いなんだけれど、シュトルツのデビューさ、次のブリドリライブの前座でやらせてもらえないかな」
理津美は祥に向かって、両手を組んで上目遣いでお願いをする。ブリドリのライブ前座がデビューって、それなりに観客も入っているだろうし度胸試しとしては十分かもしれない。
と言うか、そもそも祥は次のライブをいつやるつもりなのだろう……これから僕がイチからオリジナル曲の練習をすることを考えると、流石に一ヶ月後とかじゃあ無理だし半年でもどうだろう……結構先になってしまう気がする。
祥も腕組みをして目線を上に何かを指折り数えながら考えている。
「前座と言ったら……一、二曲しかやらないイメージなくない? と言っても、デビューライブからワンマンって言うのは酷かあ……譲って対バンかなあ……うーん」
「わんまん、たいばんってなあに? おまんじゅういっこ……?」
わんまん……ワンマン饅……?
おじさんのダジャレじゃないんだから。天然の直美ならではの反応だとは思うけれど、祥の独り言を聞いて直美の頭にハテナが三つくらい浮かんでいる。まあ、僕も何をいっているのか分からないから何とも言えないけれど。こんなときに、すかさずフォローしてくれるのが理津美様々だ。
「ライブを行うときの形式……対バンは、複数のバンドが順番に演奏する形式で、ワンマンライブは、さっきのブリドリのライブの様に一組みバンドだけで行う形式のこと」
「ほうほう……なるほどなるほど」
そつない理津美の説明に直美はメモを取るジャスチャーを見せた。最近、普通に音楽用語が出てくるから、話題に取り残されそうになる。その場で受け流して、家で検索エンジンのグルグル先生で検索することも多くなった。
「ええーそれにしても対バンかあ……プレッシャーかかるなあ……次のライブ時期にもよるかな。いつを考えているの?」
「そうだなあ……片瀬、白旗さんは掛け持ちになるから、弟のように1ヶ月後と言うのは、流石に難しいのはわかってる」
「そうそう、それに祥君の曲待ちもあるしねー」
弘子さんから、嫌味っぽいツッコミが入る。もしかしたら、こう反応することによって、次のライブまでの猶予期間を少しでも長くしようとする作戦なのかもしれないな。
「おお! そうだった! なんて、一応、シュトルツ向けの三曲は出来上がっているよ。あとの曲はシュトルツのバンド名からイメージして作ろうかなと思ってる。」
「はやい! 祥君プレッシャーすごいよ。少しは手を抜いてよ!」
弘子さんの思惑は無残にも散ったようだ。祥って今日のブリドリのライブ曲も書き下ろしたんだよな。この人、いつ寝ているのだろうか。とても常人とは思えない。彼の脳内にレパートリーはどのくらいあるのだろう。
「まあ……白旗さんの卒業までの残り時間を考えると、のんびりもしていられないからね。出来ることはやっておかないと」
「ああ……」
祥の言葉に、理津美がハッとしている。そうだ。弘子さんは、今二年生。三年生になって大学受験のことを考えるとバンド活動をやっている時間は残り少ないと考えていいだろう。
「えーっと。私のことは気にしなくても良いよ。あまり練習には出られなくなるかもしれないけれど、みんなのバンド活動に支障が出ない程度には何とかするから」
「すげっ!」
弘子さんの口からサラッと出た天才発言に、皆が驚きの声を上げるが、当の本人、弘子さんは皆が何で驚いているのか分からない様子だ。当り前の様に勉強、バンド、バイトをこなすスーパー女子高生だ。
「で……だ。次のライブは、三ヶ月後!」
「ひええっ! それでも早い!!」
祥の宣言にメンバー全員から泣き声に似た悲鳴があがった。




