第六曲 アンコール
『おつかれー!』
皆から肩を叩かれ、ハイタッチされ……何とか無事に僕のデビューライブが終わった。メンバー全員で一列になり隣同士で手を繋ぎ、上にあげて、一斉にお辞儀をした。
『よかったぞー!』
『ブリドリサイコーッ!』
『おとうと君かわいーっ!』
盛り上がるオーディエンスに手を振りながら、メンバー全員ステージ袖に引き上げる。
--終わった……やっと。
僕の壮絶な一か月が幕を閉じたのだ。僕なりには一生懸命やったし、やりきった。やっと、ゆっくり出来る。緊張の毎日で本当に疲れた。
『アンコール! アンコール!』
『アンコール! アンコール!』
『アンコール! アンコール!』
会場から、アンコールの大歓声が響き渡る。まあ、祥もアンコールを想定して曲作りしているから、問題ないだろう。皆には、もう少し頑張ってほしい。
……と。
「よし。『金のルージュ』いくぞ。行けるな弟……?」
「……ちょ、ちょっと待ってよ! そんなの聞いてない! 無理っ!」
祥は、僕の顔を見て意地悪に微笑んだ。『金のルージュ』は、祥から僕に楽譜を渡してくれたうちの一曲だ。けれど、実際に僕が演奏する予定の曲目に入っていない。入っていないんだ。
待て! 待て待て待て!
この土壇場で、このお兄さんは何を言っているのだ……?
「ふっふっふー。弟がこっそり『金のルージュ』練習してるのは、お見通しさー」
祥が僕の肩に手を回して、耳元で囁く。色っぽい眼差し、男っぽい汗の匂いに包まれる。何か身を預けてしまいそうな……感じ。
って! いやいやいや! 違う違う!
しっかりしろ僕!!
「だって、皆と一回も合わせてないし、ぶっつけとか無理っ!」
「おいおい、ブリドリを舐めてもらっちゃ困るぜ? なあ……?」
祥が、メンバーに目を配ると、みんなも僕を見つめて自信満々にニッコリと微笑んだ。なんだその自信は? 怖くないのか……?
だけれど、その皆の微笑みは僕の心を癒してくれるものだった。この人たちと一緒だったら、どんな壁だって乗り越えられる。
「みんな……ずるいや」
祥は、僕の背中をポンと叩いて、『ほら、みんなだって同じ気持ちだろ』って。呟いた。祥が一番ズルいや。
『アンコール! アンコール!』
『アンコール! アンコール!』
『アンコール! アンコール!』
会場からの歓声、拍手が止まらない。これはもう覚悟を決めるしか無いみたいだ。僕はスーハーと深く深呼吸をして心臓のドキドキを鎮める努力をした。いや、むしろこの緊張感が心地良い。僕も変わったものだ。
メンバー6人、全員が手を振りながらステージ上に戻る。
--ウォー!
--キャーッ!
観客たちの歓声が、これ以上ないほどに大きく沸き上がる。
ステージの照明が落ち、一瞬にして会場が闇に包まれる……
--ドゥルルルッドゥ!
弘子さんにスポットライトが当たりスラップ音が鳴り響く。皆も陰で『金のルージュ』を練習していたのかな。これは負けていられない。
--ドゥドゥドゥドゥドゥ……
僕も弘子さんのベースに食らいつく。弘子さんは振り返って僕にニコっと微笑んだ。その微笑みは、これ以上無いってくらい僕のモチベーションを上げたんだ。
でも、祥が初心者用に楽譜を書き直してくれているとは言え、さっきの曲とは比べ物にならないほどに曲の難易度は高くなっている。家で練習している時でさえ、ノーミスで弾けるのは十回に一回と言う感じだ。
それでも、それがわかっていた上で、祥が僕にチャレンジを促すのであれば、僕としては、その誠意に応えるしかないだろう。それに、祥はハプニングを期待している節がある。全く困った男だ。
否、どんなトラブルでも何事もなかったかのようにフォローする、それが彼の魅力でもあるのか。難しいことを、誰でも出来ることかの如くサラッとやってのける。そんな凄さを彼は持っているのだ。
--ドゥーン! ドゥドドドド……
よし、今のところノーミスだ。曲も折り返し地点の2番Bメロに入った。みんなの演奏に引きずられて、僕も実力以上の演奏ができているみたいだ。
『翔ちゃん。やるじゃない』
僕の顔を見て、首を傾げてウィンクする弘子さんのクチの動きから、言葉を読み取る。みんな僕のために頑張ってくれているんだ。僕だって精一杯演奏しなきゃ気が済まない。
--ドッドッドドドド……
--ドドドドドワッ!!
っと! うわっ!! ミスった!!
あと少しだったのに!!
--ドドドドドゥーン……!
弘子さん!!
スタジオ練習の時と同じように、弘子さんが瞬時にメロディラインから僕担当のベースラインに移行してベースを弾き始める。その流れは自然で鮮やかと言うほかない。
『やーいっ! ミスったー♪』
僕のことをからかうように、笑顔で弘子さんのクチがパクパクと動いた。もちろんその間も指の動きは止まらない。憎たらしくて頼りになる先輩だ。
--ドドドド……
僕は苦笑いして、ベースラインの演奏に戻る。スタジオ練習のときに失敗してよかった。あの失敗が無ければ、今頃テンパってベースが手につかなかったことだろう。
『失敗しろ。失敗して人は成長するんだ』
祥の言葉が頭に浮かんで思わず微笑んでしまう。全くその通りだ。あの時の失敗があったからこそ、今の対処ができるのだ。
祥は、僕とはステージ上で真逆の位置に居たから良く見えなかったのだけれど、きっと彼は僕がミスしたことを感じ取っているだろう。弘子さんやメンバーを信頼している祥のことだから、僕の失敗も想定内で、弘子さんが僕のことをフォローして復帰できることを見越していたに違いない。
メンバー達のサポートのお陰で僕は完全に立ち直り、何とか無事アンコール曲『金のルージュ』を弾き終えた。
『終わった……』
湧き上がる歓声を受け、メンバー一同ステージ中央、祥を中心に横並びになる。そして、メンバー同士、両手を繋ぎ合い、腕を上げ、一斉にお辞儀をした。
「おとうとーっ!」
涙目になった祥が、僕に向けて飛び込んで、キツくキツく抱きしめた。祥は平気な顔をしていたけれど、不安だったのかな。ここにきて祥の本音、人間らしさが垣間見えたような気がして、ちょっぴり嬉しかった。
と、思ったのも束の間……
「よく頑張ったーっ! えらいぞ弟ー!!」
僕のことを抱きしめていた祥が、一旦離れて、僕の両肩をガシッと掴み……僕の左頬に『キス』をした。
--きゃあああああっ!!
会場中の祥のファンと思われる女の子から悲鳴があがる。悲鳴をあげたいのは僕のほうだ。公衆の、と言うかブリドリの人気ギタリスト祥ファンが山盛り居る会場の面前で、何をしてくれているんだ!
「ちょ、ちょっと、やめろっ!」
僕は慌てて祥のことを突き放す……『すてんっ!』……大袈裟に祥が尻もちをついてみせた。メンバー達は、祥と僕の茶番を見て『またか』と言う様子で苦笑いして眺めている。
「連れないなーおとうとー」
僕は倒れた祥に『ほらっ』と手を貸すと、祥は僕の手を両手でガッシリと掴んで立ち上がった。まったく……僕は祥のことをそんなに強く押した覚えはないぞ。
--いいぞーっ!
--カッコよかったーっ!
--ブリドリ最高っ!!
会場の歓声から、今日のライブは大成功なのかなと思わせた。
「はいはーい! 今日は弟ちゃんがミスったので、これから反省会でーす」
「ええーっ?! 勘弁してくださいよー」
拓人の冗談交じりなMCに会場は大笑い。いやいや、弘子さんのお陰で僕がミスしたのバレなかったのに、マイクを通して大っぴらにすることないじゃないか。全くひどいなあ……
僕らは、観客に対して両手で大きく振りながら、ステージを後にした。




