第五曲 ライブ開始!(後編)
「祥君のギターの弦……切れてる……」
「……嘘でしょ? 祥君、普通にギター弾いてるよ? 気のせいじゃない?」
理津美の言葉に玲子が信じられないと言う顔をした。僕も玲子と同意見だ。平然とギターを弾いている祥を見る限り、弦が切れたなんて思えない。
そんな僕たちの様子を見て、少し冷静になった理津美は解説を始めた。
「祥君が弾いているのは、譜面とは全く違うものになっているの。切れた弦を避けて演奏しているみたい」
「うそっ?! ってことは、祥は作曲しながら演奏してるってこと……?」
「まあ、そうなるわね。アドリブで弾いている状況。そして、他のメンバー、特にひろぽん……動じることなく祥君に合わせているみたい。内心はヒヤヒヤだと思うけれどね」
嘘だろ?!
さすがに弦が切れたら、それなりのリアクションするだろ? 見ている限り、祥は平然と、普通にギターを弾いている。そして、メンバー達も何事も無いように楽器を演奏している。
……ん?
祥が、こっちの方に目線を向けた。
「ほら! 祥君がスペアギターを要求してる! 玲ちゃん持って来て!」
「わかった!」
以心伝心ってヤツか。音楽に詳しい理津美が、たまたま休憩中で良かった。もし、たまたま彼女が此処にいなかったら、祥のピンチに気づけなかったに違いない。理津美の指示で玲子がは舞台袖にあるギターを掴み走ってくる。
ドルーン!
ドゥドゥドゥーン……
……ええ?!
間奏に入った途端、予定には無かった弘子さんのベースソロが始まった。スポットライトが弘子さんを照らし、会場中が彼女の演奏に釘付けになった。
祥が暗転したステージの中、僕たちの居る舞台袖に駆け寄った。
「サンクス!」
玲子からスペアギターを受け取りステージに戻っていく。弘子さんと祥の鮮やかなコンビネーションに感心……いや、むしろ感動した。もし、僕がステージに居ても、弘子さんみたいには動けなかっただろう。
……と、言うことは弘子さんも、ギターの弦が切れていたことに気づいていると言うことか。……それはそうか。明らかにギターのメロディが変わっているのだから、弘子さんほどの人が気づかない方がおかしいか。
祥が持ってきたギターを見ると、確かにギターの弦が一本ぷっつりと切れていた。こんな状態で何も表情を変えずに演奏を続けるなんて、これもライブの場数を踏んでいる祥だから成しえる技なのだろうか。
僕は自分のベースの弦を改めてチェックした。ギターの弦よりもベースの弦の方が太いから、いきなり切れることは無いだろうけれど、万一切れるなんてことがあったら脳内パニックになるに違いない。
会場は祥のトラブル、ギター交換に気づく様子も無く、会場大盛り上がりの中で弘子さんのベースソロが無事に終わったのだった。
曲が終わった後で、祥と弘子さんがハイタッチする姿は、事情を知っている僕らにとっては涙が出るほど感動的なシーンだった。
『仲間ってすごいな……』
正直、祥と弘子さんの連係プレーには嫉妬さえ感じた。いつか僕もあんな風にメンバーを……仲間をフォローすることが出来るのだろうか。
『さーて! いよいよ! いよいよ来たよ~! 真打ちの登場だあああ!』
拓人の煽り声が会場中に響き渡り、会場からも『ウォーッ』と言う歓声があがった。
そう……
ライブの最後の曲、いよいよ僕の出番がやってきてしまった……
『弟くん! カモーーンッ!』
スー……ハァ……
ドキドキドキドキ……
「翔ちゃん! ふぁいとーっ!」
「翔ちゃん! 落ち着いて!」
直美と玲子から励ましの声を受け、僕は深呼吸をしてステージに向かった。
『第3の刺客……新ベーシストの弟くん! 翔だあっ!!』
『あれ? ベースは、元女神(MEGAMI)の弘子がいるだろ?』
『ベース2本? まさかのツインベース?!』
『今日のブリドリ、サプライズが止まらないな!』
僕の姿を見て会場がざわつく。そりゃそうだよな。普通、ツインベースなんて発想自体ありえないし、しかもラス曲だけ出てくるのだからタイミング的にもおかしいだろう。
でも……でも、一番の問題は、出だしが僕のベースからってことなんだ。バンジージャンプじゃないけれど、怖くて飛び出すキッカケが掴めそうにない。なかった……そんな僕の悩みを弘子さんは一言で解決してくれた。
--翔ちゃん。出だしさ、私が指でカウント取るから、それに合わせてついてきてよ!
僕からの『ベースから始めるキッカケがわからない』と言う土壇場の弱音を弘子さんが一言で解決してくれたのだ。祥は『白旗さんは弟に甘い』って、あからさまに不満気だったけれどね。
……ステージ上、僕の斜め前にいる弘子さんは、左手を後ろに回して拳を握った。
彼女の凛とした姿勢に僕は見蕩れそうになったけれど、それどころでは無いと頭を振って自分を取り戻す。
「翔ちゃん! 大丈夫! 自信を持って!」
後ろから、理津美の励ましの声がかかる。理津美はキーボードで、僕の真後ろに居るから、不安気な僕の姿が目に入ったのだろう。うん。自信を持て。僕。
そして、一本ずつ弘子さんの指が開かれた。
ワン……
トゥ……
スリー!




