第四曲 ライブ開始!(前編)
先発メンバー……と言っても僕以外の全員だけれど、盛り上がる会場とは対照的に、平然と……何も反応することも無く黙々とセッティングを行う。これは僕が前に見た格技場ライブと同じ流れだ。
あの時は『愛想のない奴らだ』と思っていたけれど、これが彼らのスタンスなのだなと今では納得している。
会場のファンだって、それがわかって見に来ているのだろう。
今まで怖くて会場のほうが見れなかったのだけれど、恐々と会場に目を向けると……
--すごいっ!
学校のグラウンド全体に、所狭しと人が押し寄せている。うちの学校のグラウンドって、まあまあ広いぞ? これだけ人が入るってありえないだろ。
「いやー今回は校庭でライブするって告知したら、予想以上に人が集まってしまって……嬉しい悲鳴ですね」
「なるほど……」
会場を見て驚く僕の様子を見て、スタッフが興奮気味に解説してくれた。そうか、彼らは会場のことだけではなく宣伝活動までライブの結構前から手伝ってくれているのだな……感謝しかないや。
ザワザワ……
ザワザワ……
何か、会場がざわめいている。どうしたんだ?トラブルか?
『なんか、女子メン増えてる!』
『あれ、女神(MEGAMI)のHIROKOじゃない?!』
『キャー祥君、女の子と仲良くならないでー!』
あ、そうか。観客はメンバーが増えたことを知らないんだっけ。知っているのは身内の一部だけだもんな。そりゃあ、驚くか。
っと……
ドゥルン! ドゥドゥドゥドゥ……
いきなり弘子さんのベースソロが鳴り響く。しかも4フィンガー、4本指を駆使しての演奏だ。
--白旗さん、初っぱなベースソロで入りましょう。きっとみんなビックリしますよ。
こんな感じでライブ前に祥から弘子さんに提案があって、それが実現したと言うわけだ。まあ、弘子さんは別の意味でビックリしていたけれどね。『無理っ!』ってさ。
でも、何事も無かったようにベースソロを弾く弘子さんは大したものだと思う。陰で相当努力したに違いない。
会場は最初、あまりの迫力に呆気にとられていたが、すぐに大きな歓声で会場が包まれた。
『すごいぞー!』
『さいこー!』
『ひろこーーっ!』
ティーティラトゥラティラトゥラ……
ベースソロが終わり、次に理津美のキーボソロが間髪入れずに始まった。
--それで、白旗さんのソロが終わったら、次は、片瀬のキーボソロね。思いっきりアピールしてくれ。
--ソロとか無理! しかも、ひろぽんの直後なんて、もっと無理!
祥からの突然の提案に拒絶していたけれど、結局は説得されたらしい。『じゃあ、弘子さんの前にソロやる?』って、言われてグゥの音も出なかったらしい。
嫌々ながら承諾した理津美だけれど、会場の反応を見る限り、大成功ではないだろうか。
『あの娘だれ? かわいい!』
『ブリドリでキーボードとか意外! すごい!』
『俺、あの娘のファンになる!』
理津美の堂々とした演奏に会場も一気に盛り上がる。祥の作戦がバッチリはまった形だ。
そして……いよいよ拓人のボーカルが始まる。
--悲しみの音を奏でる……♪
拓人の声に会場は更にざわつく。
『え? 歌詞日本語? エモくない?!』
『英語じゃない! 日本語だ!』
『おいおい……やってくれるぜ!』
ブリドリの連続攻撃に会場は大きくどよめいた。この盛り上がり、アマチュアバンドの域を完全に超えている。この中に自分が加わると思うと心臓が口から飛び出そうになる。
そして、曲が間奏に入り、哲太のドラムソロが始まった。ツーバスドラムから響く音が深く腹に響き渡る。
ドンッ!
ダカダカダカダカ……シャーン!
『安定の哲太くん! サイコー!』
『てったーっ! いいぞー!』
まだ1曲目なのに会場の歓声はピークを迎えてしまったのではないだろうか。と思うほどに盛り上がる。
キュイーーーン! ギュワーン!
ティリティリティリティリ……
哲太のドラムソロが終わり、真打ち祥のギターが大きく鳴り響く。指の動きが見えないほどに激しく動いている。
『しょうくーん! かっこいいー!』
『しょうくーん! 愛してるーー!』
『しょうくーん! 結婚してーー!』
会場の女性ファンから悲鳴に似た声が上がる。やっぱり祥って女にモテるのだなあ……なんかわかる気がする……いや、変な意味じゃなくて。
って、僕は誰に言い訳してるんだ?
一曲目が大盛況に終わり、二曲目、三曲目に入って行く。
途中、拓人のMCが入り、新メンバーの弘子さんと理津美が紹介され、会場が更に盛り上がった。ブリドリファンから受け入れられた女子2名はホッとした様子だ。
弘子さんが『女子がブリドリに入ったなんて知ったら祥君たちのファンに殺されるんじゃないかしら』なんて、心配していたのだけれど、見た感じは大丈夫みたいだ。むしろ、すっかり女の子のハートを捉えてしまっている。
会場が大盛り上がりの中、曲が進んでいく。メンバー達も会場の雰囲気に流されて、更に盛り上がっているようだ。
拓人なんてステージ上を駆け巡って、観客席に飛び込む勢いだったけれど、さすがに祥から止められていた。祥と拓人のやり取りを見た会場は大爆笑。こう言うやり取りもブリドリの魅力なのだろう。
何曲目かの演奏が終わると理津美がステージからステージ袖に戻ってきた。次はキーボードパートが無い曲なのか。
「おつかれー」
「りっちゃあんかっこよかったー! 惚れたぜー」
「りっちゃんすごい!」
「ありがとう。ふあーっ! やっぱりブリドリって、スゴいね。緊張するー」
直美からタオルとミネラルウォーターを渡された理津美は、汗を拭き水をゴクゴクと飲んでいる。
「ぷはー! 生き返るー!」
理津美は珍しく声を大きくあげた。普段は大きな声をあげる人ではないのだけれど、会場の雰囲気がそうさせるのかな。
解放感に満ち溢れた理津美だった……が、ステージ上に視線を移した時、一瞬にして理津美の笑顔が消えた。
「りっちゃん……どうしたの?」
僕は、唖然とする理津美に声を掛けると、ゆっくりと僕の方を向いて……
『祥君のギターの弦……切れて、る……?』
--ええっ?!
僕らは理津美の言葉に驚きの声を上げた。




